1-4
その日彼らには途中からの記憶がない。
ことの発端はたいしたものではなかった。
「シュペル、久しぶりだな!」
「ふっ。ダリアこそ久しぶりだ」
そんな挨拶から始まる。
「(シュペルの魔力……以前に会った時より上がってるな)」
「(ダリアから感じるフェンリルの威圧が増している。こりゃあ特訓でもしたか?)」
「なぁ…」
「なぁ…」
声がかぶってしまった。
二人は沈黙し目で言いたいことを伝える。
「腕相撲だ」
「そうだな」
2人は開いているテーブルに移動すると、互いに向き合い腕を組む。
「あ、ちょっとそこの人!審判を頼む!」
「え?俺?まぁいいけど。よーい……」
「(身体強化)」
「ドン!」
「うお!?」
試合が始まった瞬間、いきなりダリアの手が押される。
身体強化の魔法効果でシュペルの筋力が上がっているのだ。
「ふん! ぬおおお!」
「うぐ……。」
【押されているぞ】
「(わかってる。シンクロ率上げるぞ)」
【なら魔力を上げろ】
今度はダリアが押し返し始めた。
フェンリルの服は魔力を流すことにより着用者に簡易的な身体強化を与え、シンクロ率が高まる。
「(くそ……。ダリアなかなかやるな…ならば! ダブルスペル……二重強化!)」
「くっ! やるな!」
「お前こそ!」
「(フェンリル! 力を貸せ!)」
『では魔力をもっとよこせ。シンクロ率を上げるぞ。』
お互い倒されそうになるが寸前で復帰する。
だが、二人ともすでにフルブーストだ。
更に魔力を上げようとした途端、抗えない力で頭を持たれ気絶したのであった。
ここまでが本人たちの出来事だ。
数時間後……。
場所は操舵室に移る。
魔物は減ったとは言え、いまだ魔物はいるのだ。
その時ソナーに反応があった。
「船長! ソナーに感あり! 10メートル級の魔物が迫ってきます!」
このフェリーにも対魔物用の装備はあるが極近距離でしか発動できない。
もちろん戦争に行くわけでもないので魚雷なども積んでいない。
故に。
「対潜水魔物撃退命令! 警告を鳴らせ、船舶魔法使いを展開させろ!」
船員はケースを開けると黄色いボタンを押した。
フェリーに警告音が鳴り響く。
『魔物が迫っています。乗客の皆様は各自部屋に戻り、緊急事態に備えてください。繰り返します……。』
「はぁ。この2人をノックアウトしたと思ったら魔物か。確かに映っているな。」
「数はどれほどでしょうか?」
「私のスキャンデータだと7体。重なっていた場合はわからない。」
「まぁ、大陸横断用のフェリーですし、船舶魔法使いにまかせると良いかと。」
「それもそうだな。じゃぁ……トランプでもしてようか?」
のんびりマキナの部屋でトランプを始める二人。
船上では魔法使いたちが展開を始めている。
海の上からでは効率よく倒すことができない。
ファイアボールなら水で消え、ウィンドカッターなら水で。
唯一有効なのが雷属性である。
光属性もあるが、性質的に屈折してしまう為あまり対水中では使われない。
魔法使いたちは皆耳に無線を付けており、大体の位置がわかる為その方向へ魔法を息切れしないように放っていた。
距離が近くなるにつれて、鯨並みの大きさの魔物が海にはねた。
魔法使いたちの撃つ雷属性が非常に不愉快で効いているのだ。
「……サンダージャベリン!」
「フオオオオオオオオオォォォォ……」
直撃を受けた魔物は死ななかったものの気絶まで持っていけた。
だが思ったよりも数が多い。
一方マキナたちは……。
「ぐぬぬぬぬ!」
「10勝いただきましたわ。」
「(な、なぜ勝てない! 私の演算結果では勝てるはずなのに! カードは新品……何故なの……。)」
「(ふふふ。マキナさんたらジョーカーをちらっと上に出していたらそれを毎回引いていくのが敗因ですわ)」
そして負けず嫌いのマキナはもう一戦申し込んでいた。
「(今度こそ勝つ!)」
“……”
現在マキナギアはステルス中なのだが、違う演算結果を出していた。
そのパターンでは10連勝である。
ようはマキナが所々抜けていることなのだ。
マキナギアは別に演算を任せられていないため、マキナには伝えていない。
静かに見守っているだけだった。
『起きろ。戯けが!』
「(……おう。敵は何体だ?)」
『10……今一匹死んだな。9だ』
「行くとするか」
「船長! 魔力充填完了しました! ライトニングウェーブ行けます!」
「行け」
黄色いボタンの横にあった赤いボタンを押すと計器がすべてダウンしてしまった。
「そんな! 魔力が0に!? マギクリスタルエンジンは稼働して……!」
「どうした?」
「エーテルジェネレータの緊急停止信号です! 何かトラブルが有ったとしか。」
「機関室! どうなっている!」
船長は受話器を取ると機関室に繋いだ。
しかし機関室からの応答は無かったのである。
「どうなっているんだ……?」
ピシリ、ピシリと歩く度船体が凍り付き、冷気が漂ってくる。
「どうなって!……! そこの君近づいたら!」
「ここは任せろ。行くぞフェンリル。シンクロ率……70パーセント!」
大きく飛ぶと、そのまま海に向かって落ちていく。
誰もが恰好のえさになると予想した時、水面に触れるか触れていない瞬間に海面が凍り付き、足場を形成したのだ。
突然の大きな魔力に魔物も群がってくる。
「凍てつけ。絶対零度の槍」
刹那、足元の氷から海中を凍らせながら魔物を貫き凍結させて行く。
まるで命そのものを凍らせて行くようだ。
それをよけていた個体が海面を飛び出し、食らいつこうとしてきた。
「遅い。氷結破砕の拳」
足場を凍らせながら、相手の腹下に回り込むと一撃を加える。
それは10メートルも有ろうかと言う魔物を打ち上げ文字通り氷結粉砕した。
『こんなものだろう』
「(そうだな)」
ダリアは大気さえも凍結させフェリーに戻っていく。
凍っていた足場はダリアが離れた瞬間から急速に海水に戻っていく。
これは魔法を行使した時に現れやすい現象だ。
魔法とは魔術と違い、世界の理を捻じ曲げ奇跡を起こす現象である。
捻じ曲げる分世界に修正されるのも早い
魔術は世界の理に乗っ取って発動する人工的な奇跡だ。。
それゆえに痕跡が残りやすい。
「よっと。ふぅ。やってやったぜええええええええええい!」
鼻歌交じりで帰っていくダリアの姿をただ見ているだけの魔法使いたちだった。
「あら? 照明が消えましたわ」
「そうだね。ほらこれで明るくなったでしょ」
マキナは突然消灯した明かりの代わりに光魔法のライトを発動した。
もちろん詠唱や魔法名無しでだ。
「そうですね。続きしましょうか」
「ババ抜きは飽きたからブラックジャックしようか」
「いいですよ。」
「では勝負!」
“……”
~20分後~
「0勝20敗0引き分け……」
「エルランディアさんってもしかして運ない?」
「ぐぬぬぬ……」
“……(あの時スタンドしていたら勝っていた回数が多数)”
「あーも! と、言うか何時になったらこの船動くの!」
「それは私にもわかりかねます」
「こういうのはこうして……! ……こうだ!」
「え? ちょっとエルランディアさん?」
マキナは自室の配線を剝くと、そこに魔力を流し込んだ。
電気とは違い魔力はそのままマギクリスタルエンジンに流れ込み再起動を果たす。
部屋の照明が元に戻り船の駆動音も聞こえ始めたのだった。
「船長、エーテルジェネレータは停止したままですが、魔力が供給されて機器が再起動しました!」
「この海域から緊急離脱、船舶魔法使いを機関室に向かわせろ」
「魔法使い達に通達、至急機関室へと向かってください」
「聞いたか? 機関室だってよ」
「なにかトラブルでも有ったのか?」
「とりあえず、行きましょう」
魔法使いたちが機関室へと向かう。
ハッチを開け機関室のドアを開けると、膝下まで水が流れ込んできたのだ。
「な、なんだ!?」
「海水!?」
海水が通路に流れ込んできたのと同時に死体が流れてきた。
死体は船員の様だが、体のアチラコチラに穴が空いている。
「これは……! 魔物よ!シールドを展開して!」
「わが魔力よ! 我を守る盾となれ! シールド」
円級型のシールドが展開されると同時に何かがシールドに張り付いた。
「魔物だな! シールド張ってるなら雷魔法で一網打尽だ! 雷よ! 我が敵に落ちよ! ライトニング!」
魔法により、海水を伝って部屋全体に電気が走り、感電した魔物が浮かんできた。
エーテルジェネレータは電気には作用されないが、この魔物により破壊されており再起動は難しそうだ。
「機関室から艦橋へ、機関室の船員は死亡、魔物が船体を壊して侵入してきたものと推測します」
「わかった。ご苦労だった。船体の穴を塞ぐために修理要員を送る。修理が終わるまで護衛してくれ」
「わかりました」
魔法使い達の仕事はまだまだ終わらない。