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その日教会は大騒ぎになっていた。
教会のロビーに5人が突然転移してきたのだ。
マキナ、メアリー、アリサは動かず、辛うじて動けたダリアが職員に説明をする。
「異世界の侵略者が……マキナをやった。メアリーが何をしても起きない……相手は歴史改変を使う侵略者だ……おそらく、マキナのシステムモジュールがそれを防げる……後は、たの……んだ」
ダリアも倒れ、職員達は大急ぎで医務室へ運ぶ。
マキナはメンテナンスルームへと運び込まれ、教会、政府屈指の技術者がマキナを調べていく。
もちろんすべてわかるはずもなく、大雑把な結果しか出せなかった。
骨格が歪んでいること、それを修正する自動修復機能が働いていないこと、魔導炉が破損していること。
辛うじてDEMモジュールと空間転移モジュールを取り出せた技術者達は教会のシールド発生装置に2つのモジュールを接続した。
すると勝手にシステムが動き出しシールドが再構築されたのだ。
「このシールドはなんだ?」
「まて今調べている……これは、おそらく歴史改変シールドだ」
「これでここは安全なのか?」
「いや、例の侵略者が攻めてくるかもしれない。業者を呼んで地下施設を作ろう。マキナ様の魔導炉が停止しているから皮膚もダメになる。それ専用の設備も要るだろう」
「そうだな。すぐに手配する」
医務室では魔力を消費し尽くした4人が酸素吸入器に繋がれ、体内魔素再変換魔導機械に入れられていた。
この魔導機械は消費され魔素になった魔力を魔力に再変換するのを助ける装置だ。
非常に高価な魔導機械であり、限られた施設にしか置かれていないレア物の魔導機械である。
体内魔素再変換魔導機械に入れられて1時間ほどでメアリーが目を開いた。
メアリーの上司が魔導機械越しに声を掛ける。
「メアリー! お前ってやつは! こっちは心配してたんだぞ」
「ハァ……ハァ……ハゲ上司、マキナ様は……?」
「ハ……それは良いか。マキナ様は機能が停止している。魔導炉が壊れたのだ」
「そん……な。」
メアリーは涙を流しながらもう一度眠りにつく。
その後、各家から親族全員が呼び出され会議室に集まった。
息子、娘が帰ってきたと言われ、なぜか親族全員で来るように言われて会議室は満員である。
「どうも皆様、アインス家当主クインク・アインスです。妻のリリアナ・アインスです」
「皆様よろしくおねがいします」
「私はエルフの里族長、アリシア。フィールドだよ。夫は去年死んださね」
「最後に私はエンディ・エルフォード。こちらは妻のサリス・エルフォードです」
「よ、よろしくおねがいします!」
皆が挨拶をし終えると黙っていた教会の職員が口を開いた。
誰しもそれは我が子が武者修行から帰ってきたと言う話しだと思っていた。
しかし告げられた言葉は彼らにとって残酷なものだった。
「……大変申し訳ありません。お子様方をお守りすることが出来ませんでした」
「そ、それはどういうことですか?」
リリアナが返答する。
職員も大量の汗をかきつつも話を進める。
「ゴルステア大陸にて戦闘があり、その際に相手の魔法を打ち消すためダリア様、シュペル様が限界を超えた魔法を行使。アリサ様は当教会ロビーにまで長距離転移を成され3人共魔力が生命維持に必要なラインを下回っています」
「そ、そんな!」
「大陸をはさんだ長距離転移だと! いくらなんでも無茶苦茶すぎる!」
「そうだ、マキナ様は何を……」
その発言に皆が黙り込んだ。
職員の返答に期待しているのだ。
「マキナ様は……敵機体との戦闘で損傷。核とも言える魔導炉が壊れ機能停止状態です……。この記録はマキナ様の外部ポートからなんとか取り出せた戦闘ログの情報になります」
そう言うと部屋の明かりを消し、プロジェクターが資料を映し出した。
技術職員はデータをわかりやすく説明していき、マキナが停止する寸前まで最大出力かつ全身全霊を持って対処していたことを説明した。
これには反論するものは居らず、クインクだけが声を出した。
「娘、3人共の魔力蘇生可能性は幾つなんだ?」
「さ、3割です……」
皆が落ち込む中、アリシアが声を出した。
「何しょぼくれてるんだい! 家のバカとエルフォードさんのダリア君もそれほど強大な魔法から首都を守ったということじゃないか! アリサさんだってここまで皆を運んでくれて誇ることだと思うね!」
アリシアは声を張っていたが、涙を流していた。
しかし、自分たちの息子がやったことを讃え、蘇生率3割を乗り越えようとしていた。
それを見た職員は涙を流し、土下座をしていた。
「誠に申し訳ありませんでした! 本日皆様を呼んだ理由がもう1つあります」
「何? これ以上のなにかがあるのか?」
「ダリア様の助言が有りました。敵は歴史を改変する魔術を使うようです。なのでこのまま皆様を教会の外に出してしまった場合、お子様方の記憶を操作されてしまう恐れが会ったのです」
「うちの子がそんな事を言ったのか……。筋トレしか脳が無いと思っていたがそういう面も有ったのだな」
しばらく無言が続き、職員も土下座している中扉がノックされた。
土下座から立ち直った職員は扉を開ける。
そこには車椅子に乗り、酸素吸入器を着けたメアリーだった。
「……まずは謝罪を。私も付いていながらお子様方を守れず申し訳ありませんでした。私は人より頑丈なのでこうして……この場に来れましたが、人である御三方は今も意識不明です」
「あなたは確か……メアリーさんでしたか」
「はい」
「気になったことが1つ。先程”人”と強調された件についてお聞かせ願いだろうか?」
メアリーは少し黙り込んで質問してきたクインクに目線を合わせた。
すると、自然と涙が流れ出してきた。
「あ、ああ、だめ。これはだめです。そんな、私は既に堕ちた筈なのに」
「一体何を?」
「私の名前はメアリー・ベン・ニーア。真名はバンシー。あなた達が言う魔物です」
「貴男、バンシーって確か妖精では?」
リリアナの声がメアリーの耳に入った。
確かにメアリーは以前妖精であったが、魔物に堕ちたのである。
「リリアナ、私はよく知らない。バンシーの事を教えてくれ」
「え、えぇ。バンシーは泣き女ともいわれていて死を……」
「なんだ? 黙らないで言ってくれ」
「人の死が迫ると現れて泣くと。貴男を見て泣いたということは……」
ここまで言われればクインクでも分かった。
眼の前に車椅子に座り酸素吸入器を着けているバンシー。
そして自分を見て泣いていること。
「ま、まさか……!」
その時医師がノックもせず飛び込んできた。
「アリサさんのご両親はいらっしゃいますか!?」
「私達だ!」
「急いで医務室へ!」
そう言うとアインス家は医師に付いて走っていった。
それを見ていたメアリーはまだ泣いていた。
医務室に到着したアインス家は体内魔素再変換魔導機械に入れられたアリサを見た。
魔導機械からはバイタルの低下を示す警告音が鳴り響いていた。
「アリサ! しっかりしなさい!」
「死なないで! お願い!」
その声が届いたのか薄っすら目が開いた。
自分を呼ぶ声が曇って聞こえている。
そして体内魔素再変換魔導機械に添えられている手に自分の手を重ねるように腕を上げた。
魔導機械越しに手を重ね満足したかのように笑顔を浮かべると、魔導機械が無機質にバイタルが停止したことを示す音を出した。
「19時32分。残念ですが……」
その日1つの命が輪廻の輪に戻っていった。




