箱。
俺は箱に腰かけて、ふうっと深呼吸した。
山頂まであと少し、周りは見渡す限りの木、木、木。青々と茂った葉っぱが風に吹かれてさらさらと音を立てる。空は青く、雲もまばらで端的に言って、いい天気だ。
太陽はまだまだこれから昇って行くところ。時間は朝の9時くらいだろうか。
首にかけた麻布で顎に伝う汗を拭ってから、両手を両ひざに置いてうつむいた。
「はぁー、疲れた。」
目線の先には汚れた革製の靴。この汚れは俺の山登りだけのものじゃない。質屋で買った中古品だ。
所々黒やら茶色やら、赤っぽい汚れもついてる。履き心地は悪くないが、底がちょっと薄くて大きめ小石を踏むとさすがに痛い。
腰元の水筒を手に取って、水を一口飲む。冷たい水が喉を通るのが分かる。水筒を腰のホルダーにかけなおし、自分が座っている箱を撫でた。
「これなあ・・・」
材質はよく分からないが、肌ざわりはセメントブロックみたいだ。中に何か入れられるわけではないので、正確には箱ではないが、この謎のブロックのことを俺は箱と呼んでる。
立ち上がって、箱を消して、山頂目指して歩きだす。
魔法と言えば何を思い浮かべるだろうか。赤く燃える炎を自在に操って相手を圧倒する炎の魔法。
傷をいやしたり、時には凍てつかせたり、応用範囲の広そうな水の魔法。体を浮かせたり、足を速くしたり、強くなれば雷も操れる風の魔法・・・とか。だいたい思いつくのはそんなかっちょいい魔法だろう。
時には時間を巻き戻したり、魔獣を召喚したり、そんな魔法もあるかもしれない。
たとえ戦闘には使えない微妙な魔法だったとしても、何かしら生活の役には立つはずだ。
「何かしらの役には・・・。」
人が何度も行き来し、自然と形成された山道を俺も同じように辿って歩く。少し先の木と木の間に目をやり、箱を生成した。先ほどと同じ白くて、セメントブロックみたいな箱だ。直方体で、浮いている。
この箱は誰にも動かすことはできず、傷をつけることもできない。俺にできるのは箱を生み出すことと、消すことだけだ。今のところは。
いや、これからもずっとこのままかも・・・。いやいや、多分きっと二個以上同時出せるようになって、動かして敵をぺちゃんこに挟んだり、高速で回転して穴を掘ったり・・・なんの役に立つかは知らないけど。
それに、伸びたり縮んだり薄くなったりすればもっともっと応用範囲が広がって・・・これは炎や水なんかよりもすごい魔法になりそうだ・・・!
「ただ、まあ・・・」今のところは、箱を作るだけだ。