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今日の街角も雨の匂い:5 星が降ってくるから夜中まで起きていよう

人間を変えるのは病気だ

僕らはあらゆるところで病気と出会い

自分を作り上げていく

いいことばかりでもない

社会のなかには害虫のような病人もいて

本人にその自覚がないというのが面倒なところ

駆逐しようにもなかなかうまくいかない

病気が肉体に存在しているなんて夢見ているからだ

昔から「病は気から」なんて言うけれど

きっと病気っていうのは感情が罹るものなんだ

久霧里さんを想像するとまったくその通りだし

色目上司の睡美名さんだってそう解釈できる

恋の病ってやつ

恋愛にはいろんな形があるなんて言うけれど

そんなの納得がいかない

睡美名さんの場合は恋のような状態の病

僕のことを好きだなんて思っているのは

ちょっと仕事ができて気を遣えて顔がいいからだ

そういえば睡美名さんとまともな話をしたことあったかな

仕事の書類を挟んでお互いの目を見ている

昼も夜も

蛍光灯の明かりの下で飽きることなく

彼女はつまり

自分の上司や社会ではなくて

僕というたった一人の部下に認めてもらいたいのだ

それを恋だと思って執着しているのが病の症状

そんな彼女の気持ちをうまく利用しているとすれば

やっぱり僕は汚い人間だ

でもなんだかそれにもずいぶん慣れてきたから

そろそろまっとうな人間を目指すことができそうだ


 ◇


ことごとく流星群を逃してきた僕はこれでも

小学生の時には星が大好きだった

太陽系の惑星から黄道十二宮まで

まるで僕の存在がそこにあるような気さえしていた

高校生の時に流星群を見逃した次の日

覚えていたら香奈理子を誘いたかったと思って

緊張しながら話を振った

「もし地上まで落ちてくるとしたら

 雨みたいに素敵だと思う」

と言われたので

僕はてっきり興味がないのだと勘違いした

次の流星群の時

どうして僕は香奈理子の誘いを断ったのだろう

なんて自問するのは疑問からではなくて事実確認

久霧里さんががくがくと全身を震わせながら

「星は嫌

 いやああああああ」

と全力で拒否をするものだから

僕は彼女の隣にいようと思ったのだ

睡美名さんは流星群が好きなんじゃなくて

僕と一緒に見るのが好きなだけ

だけど僕がいつまで経っても煮え切らないから

彼女の恋愛は彼女自身を狂わせていく

みんなロマンティックな気持ちに浸って流星群なんて見ているけれど

あれは凶器だ

ちゃんと受け止めて味わえるのは香奈理子くらいだろう

だから久霧里さんははじめから逃げていた

睡美名さんは無邪気だ

何も知らないからきっと

自分がどんどん病気を悪化させていることにも気付いていない

どれどれ

たまには彼女をちゃんと見てみよう

ひとつふたつみっつ……

流星の欠片がいくつもいくつも突き刺さった状態で

今日も彼女は僕の前に座ってにこにこしている


 ◇


いつ見るのか

はとても重要なことだ

高校生の時に香奈理子と流星群を見られていたら

今頃彼女と離れていたかもしれない

何か特別な行事のように流星群を見たいわけじゃない

繰り返す毎日のなかの

それでも少しずつ違う部分のひとつとして

香奈理子と流星群を見に行きたい

それを人生のなかの記念日のようには

きっと僕も彼女も思わないだろう

この世界に彼女しかいないような気分になってはいけない

久霧里さんのことも睡美名さんのことも

すぐに思い出すことができて

すぐに香奈理子に二人の話をすることができるような

そんな関係性を僕は望んでいる

つまり

誰とでもセックスができる関係性

その中心に香奈理子がいて

僕はいまだに

彼女と抱き合ったこともなければキスもしていない

それが

流星群を見るということだと思う


 ◇


災害の後に怪談の噂が広がるのは

これもやっぱり病気のひとつだと思う

加えてそこに流星群が重なると

普段は星占いなんて信じない人たちも

今日くらいはいいかなという具合に神秘的な考え方を受け入れる

僕らの町に広がった噂は

地面から星に向かって魂が飛んでいくというもの

流星群がピークを迎える深夜十一時に高台へ登ると

空からは星が

町からは魂が

お互いに交差するように光を投げかけ合うという

それを特別だと思ったわけじゃない

魂があるとすれば

それはいつだって昇っているはずだ

だから僕が香奈理子を誘ったのは

以前彼女からの誘いを断ってしまったことへの埋め合わせ

「星が見たいの?

 魂が見たいの?」

と訊かれて

やっぱり見透かされたことに気が付く

そして僕は

彼女への気持ちをどこか自分の知らないところで偽っていたと

長い溜息のなかで反省した

香奈理子と一緒にいたいだけ

という言葉が言えるはずもなく

でもそんなことくらいとっくに彼女は分かっているから

「くだらないこと言ってごめん」

と言って帰ることにした

そういえば最近

雨が降らない

とりあえず睡美名さんを誘って高台へ登った

「数え切れないくらい見えるといいね」

なんて彼女は言ったけれど

一時間で見えたのはよっつ

魂なんてひとつも見えるはずがなく

夜の空気になんだか耐えられなくなって

僕らは無言で帰ることにした


 ◇


どうして香奈理子は紅茶を飲むのだろう

どうして僕はコーヒーを飲むのかと訊かれても困る

日本人の多くが何も疑問を持たずにコーヒーを飲むように

「何にしますか」

と訊かれて反射的に「コーヒー」と答えているだけだ

だから

どうして香奈理子が紅茶なのか気になる

ところが

「どうして昨日は違う人と行ったの?」

と逆に訊かれてしまった

ここは歩道に面したカフェテラス

昼時でお客さんの数も多い

この場で続けていい話題だろうか

だけれどそんなことを気にする必要っていうのが

僕の人生においてあるだろうか

「睡美名さんと同じことを

 僕も香奈理子にしてしまったからだよ」

それに

彼女に返す言葉はこれだけでいい

それで香奈理子は全てを理解してくれるし

ここから僕を責め立てたりもしない

「どうして香奈理子は紅茶を飲むの?」

「あなたがコーヒーばかり飲むからよ」

意味が分からない

雨と同じ色だからとか

そんな答えを期待していた僕がどれだけ間抜けだったか

そして香奈理子は突然立ち上がり

「今日のお会計はよろしく」と

ろくに僕の顔も見ずにどこかへ行ってしまった

彼女も病気か?

そういえば

星が落ちる音ってどう表せばいいんだろう


 ◇


睡美名さんは上機嫌

「星綺麗だったね」

仕事なんてそっちのけでにこにこしている

そういえばさっき上司に怒られていたな

でも戻ってきた時に「てへっ」という顔をしてそれでおしまい

彼女はただ恋に盲目の純粋なお姫様かと思っていたけれど

ちょっとだけよこしまなところもあってかわいいかもしれない

「流星群ってはじめてでして」

と思わず言ってしまった

睡美名さんはもうほとんど泣きそうな顔で

たぶん今

彼女の世界には僕しかいないはず

でも

睡美名さん

できれば少し仕事も休んでゆっくりしたほうがいいですよ

あなたの体には今

無数の星が突き刺さっていて

目には見えない血がどろどろと流れています

今どんな気持ちですか

僕のことを好きだって

ちゃんと目を開けてから言ってくださいね


 ◇


人の病気を治そうと思うなんて思い上がりだ

でもどうしてなのか

僕は睡美名さんによくなってほしいと思い

自分がそうしてあげたいと思った

「星が落ちるとどんな音がするのかな」

と香奈理子に訊くと

「雨よりも激しい音がするでしょ

 私はもうちょっとおとなしいほうが好み」

と返された

「ところで

 睡美名さんはどうすればよくなるかな」

「あなたが優しくしなければいいのよ」

香奈理子がちょっと冷たい

もしかして嫉妬ですか

なんて

まだ僕には言えない

そもそも僕らの関係のなかで嫉妬というものがあるなんて

今まで考えたこともなかったような

例えば香奈理子が知らない男と抱き合っていたら

僕はどう思うだろう

あれ

ちょっと嫌かも

ともかく夕飯は何にしよう

久霧里さんに食事を届けなくなってからずいぶんと経った気がする

元気にしてるかな

でも今日は香奈理子と食べよう

僕は彼女の腕を掴む

「どこかに食べに行こう」と言うと

香奈理子はうつむいて

なんだか

今までに見たことのない表情をした

悲しそう?

「最近

 ぜんぜん雨が降らない」

そう言う香奈理子はちょっとだけ涙目で

僕は

何も言えなかった

ただ彼女の瞳をじっと見つめているうちに

星が落ちる音が聴こえた

ぐさ

ぐさぐさ

ぐさぐさぐさ

そうか

僕も病気だった

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