90.魔術研究者の想い
街の人々は寝静まり丑三つ時も近い頃、僕はエルザと二人夜の闇の中を歩いていた。
こんな風に気軽に出歩けるのは僕たち二人だけだ。
それは魔力保有量が少ないから。
悪魔は魔力感知に長けている。
そのため、キース達みたいな魔力量の多い人達は存在を悪魔に勘づかれてしまう可能性があった。
キースの家には結界が張ってあるので魔力が漏れ出るようなことはないから心配いらないのだが、そこから出るとなると人通りのほとんどない夜の街ではその魔力が目立ってしまう。
そのため、簡単に動ける僕らが準備をするために先に出発した。
今回ばかりはこんな体質が好都合だった。
だが、僕は物心ついたときから自分の魔力の低さを恨まない日はなかった。
魔力があればできたこと、魔力が低いせいでなくしたものが数え切れないほどあった。
こんな自分が惨めで情けなくて許せなかった。
………ほんの最近までは。
本当についこの間、そんな自分のことを少しは許してあげても良いんじゃないか、なんてそんな風に思えるようになった。
それは、今僕の隣にいる少女、荒野に咲く一輪の花みたいな存在のおかげだ。
僕と同じような状況、いや僕なんかよりも弱く儚い存在であるのに、僕よりもずっと強くたくましく光り輝くように、今を生きている彼女の存在が。
***
僕は魔術師の両親の元に生まれた。
生まれたときから魔術漬けの日々だった。
そんな僕が魔術を好きになるのは必然だったのか、すぐにのめり込むように学んでいった。
この国では10歳以下の魔法の使用が認められていない。
だけど僕はその歳になる前に、知識としてではあるが魔術の基本は学び終え、それどころか大半の大人は知らないような高度な魔術式まで頭に入っていた。
周囲の人達には神童だ、期待の魔術師だなんて囁かれていた。
しかし、運命というものは残酷だった。
そんな日々は突然に終わりを告げる。
僕は10歳になってすぐに魔力測定を行った。
そこで告げられたのは、僕の魔力量は一般人レベル、魔術師としては最底辺のような量しかないということだった。
魔術師になることを真っ直ぐに考えてきた僕にとってそのことは、人生に絶望するような状況だ。
だが、それでも僕は魔術師になることを諦めはしなかった。
僕は国で一番の魔法学校に通い、首席を修めた。
王宮魔術師として、王都に就職も決まった。
努力は人一倍どころか二倍、三倍以上してきた。
出来ることを全てやった結果だ。
僕は夢を叶えることができたのだった。
………だが、神は平等ではないようだった。
いくら努力したところでどうにもならないことはあるのだと、嘲笑っているようにすら思えた。
僕はどうやっても魔力量の多い人間には敵わなかった。
僕にはすぐに最前線から退くように命令が下り王宮魔術団からは除名され、魔術研究者へと降格させられた。
まあ、その役職は結果的には僕の天職のような仕事だったんだけど。
それでも当時は地に落とされたような相当なショックを受けた。
なんでろくに努力もしないような奴らが魔力を持っているというだけで、自分より認められるのか、と。
奴らを、自分の体質を呪わずにはいられなかった。
そんな風にふてくされてる時期にキースと出会い、魔法道具を一緒に作っていく中で人生にやりがいを見いだせていったのは懐かしい話だ。
だからキースには直接は言ったことはないが、彼には感謝しているし、彼のことは大切に思っていた。
大切な一番の友達として。
キースと出会ったことで、魔力がなくても充実した日々を送っていた。
体質のことも考えなくなっていた。
でも、悪魔なんて存在が現れたせいでキースとの楽しく平穏だった日々は突然に終わった。
ヒースは奪われ、キースは呪いを受けた。
そして、キースは僕に頼ることなく忽然と姿を消した。
あいつは優しいから自分のことよりも僕のことを考えて離れていった。
僕の魔力が少なかったから。
一度は考えなくなっていた。
だけど、やっぱりこの身体は憎い、惨めだ、大嫌いだ。
そんなやるせなさを埋めるために、僕はキースがいなくなった後も独自に研究を続けた。
それがキースのためになるかは分からない。
それはむしろ自分のためだった。
何もできない、力のない自分を覆い隠すように、紛らわすように。
そんな風に長い時間を過ごしていた。
キースが連絡をくれた時は、驚きよりもまず嬉しさが勝っていた。
そんな気持ちを隠すために、照れ隠しでついキースには小言を言ってしまったのだけど。
それでもまだ、僕にもっと力があったなら、キースを助けられたんじゃないかと思ってしまっていた。
キースが王都を出て行ってから、彼は僕なんかには想像もつかないくらいに苦しい日々を過ごしていたのだろう。
僕が力を持っていれば解決したことだったんじゃないか、なんて思っていた。
自分の存在が恨めしかった。
パレード襲撃の時の作戦でも、僕はダンジョンに待機すると言ってまた前線から外れた。
ダンジョンを転移させるのに慣れているからなんて言っても、それ以上に僕が前線にいったところで足手まといにしかならないから。
それが分かっていたから、自分からそう提案した。
結局、僕の提案通りになって僕はエルザと共にダンジョンへと向かうことになった。
「みんな大丈夫かしら。一緒に行けなくて心配だわ。こっちも頑張らないとね」
ダンジョンへの歩き道、エルザが不安そうにそんなことを口にした。
隣を歩く少女のそんな呟きを聞いた僕は、思わずその言葉に言い返していた。
「僕や君があの場にいたとしても何も出来ることはないよ。一緒に行ったとしても何も意味はない。足手まといになるだけ。だから、前線から外れた。力のない僕らはこんなことしか出来ないのさ」
僕は自分が最前線へ行ったとしても何も出来ることがないと分かっていたから、逃げるようにダンジョンへと行く方法を提案した。
それなのに、僕よりも力のないエルザが前線にいれないことを残念そうにしているものだから、苛立ってそんなことを言ってしまった。
僕にはしたくても出来ないことを、思いたくても思えないようなことを思っていたから。
だけど、言ってしまってからしまった、と思って口を抑えた。
一回り以上年下の彼女にとんでもなく大人気ないことを言ってしまった。
どうにか弁明しようと焦りながら口を開こうとしたが、その前にエルザはそんな僕に向かってほほえみを向けた。
「ええ、確かに私には皆と同じように戦える力はないわ。あの場に行っても足手まといになるかも知れないことは分かってる。でも、何も出来ないわけじゃない。一緒にいるっていうそのこと自体が力になってるって思うから。一人じゃ出来ないことも誰かと一緒なら出来ることもあるでしょう。私は力じゃ無理だけど、心の支えにはなれると思うからそばにいたいの。あなただって、ずっとキースの心の支えになっていたじゃない」
エルザはそう言って目を伏せて笑った。
心の支え………
そんな風に考えたことなんてなかった。
自分に魔力なければ、力がなければ、誰にもなにもしてあげられないとそう思っていた。
だけど……
「僕もキースの心の支えになれていたのかな………」
無意識にも彼のことを思い浮かべて、そんなことを呟いていた。
「なれていたに決まっているじゃない!キースが長い間ずっと諦めずにいられたのは、きっとコンドラッドのおかげよ!あなたの存在がどれだけキースの力になっていたことか。そんな風に相手の気持ちに疎いのは、キースもコンドラッドもお互い様ね」
そういって今度は僕の目を真っ直ぐに見て笑った。
エルザの当たり前だとでも言うような態度に、僕は憑きものが落ちた様な感覚がした。
彼女がそんな風に笑ってくれるから、僕も、こんな僕でもキースの力になれていたのかもしれない、そう思えた。
***
王城の近くまで来た僕たちは人気のない路地に入ると、魔法陣の描かれた大きな布を取り出した。
今まで使っていた転移魔法陣と同じ要領で離れたところにある物を転移させることが出来る魔法式だ。
魔法を発動させると、陣の中心に馬車よりも一回り大きいような乗り物が現れる。
僕たちはそれに乗り込んだ。
馬はいないが魔法で車輪を動かして進むことが出来る優れものだ。
最上級の防御魔法が掛けられているので、壊れることはないだろうし中にいれば安全だ。
前方に付いた筒の先からは大砲や攻撃魔法を放つことができる戦闘用の魔法道具である。
もちろん僕が作った。
「私、必要だったかしら……」
せっせと準備を進める僕の隣に座っていたエルザがそんなことを呟いた。
確かに、魔法道具の操作は全部僕がするから、エルザがすることはなにもない。
だけど、できることはある。
それを言ったのは君じゃないか、と思いながら僕はエルザに笑いかけた。
「僕の心の支えになってくれてるよ。僕には君が必要だ。僕のそばにいてほしいんだ」
「そんな風に面と向かって言われると、なんだかとっても照れるわ。でも、分かったわ。そういうことなら、この戦いの間、私はずっとあなたのそばにいるから」
エルザも僕に笑い返すと、そう言って前を見据えた。
一緒に戦ってくれる。そんな意志を示していた。
「この戦いが終わっても、君にはそばにいてほしいんだけどなあ……」
前を向く凜とした横顔のエルザに聞こえないくらいの小さい声で、僕はそんなことを呟いていた。
まあとりあえず、今はここを乗り切らなければ。
まずは一発、盛大なのをぶちかます。
僕は魔法発動のスイッチとなる小さな魔法陣に手をかざした。
そして、僕もエルザと同じ方向、前を、未来を見据えた。




