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「これが僕の中に悪魔が取り憑いていた時に知り得たことです。そして、悪魔に支配された第二王子が国王に即位してしまうことも問題なんです」


 ヒースがパレードの日までにあったことを一通り話すと、深く息を吐いた。

 こんなこと一人で抱え込むには大きすぎる問題だ。

 私たちに話したことで少しは気が軽くなったのかもしれない。

 そうだったら良いなと私は思っていた。

 ヒースの話を食い入るように聞き、考え込むような表情をしていたキースは顔を上げると口を開いた。


「ということは、悪魔が完全に復活する前かつ、第二王子が国王に即位する前になんとかしないといけないということだね。即位の時期はある程度は予想できるけど、復活の方はなんともいえないな……」


「そのことなんだけど、悪魔はもうほとんど復活の準備は終えているみたいなんだ。だから、ある条件が満たされる日にすぐにでも復活を遂げると思う。それは次の満月の夜に。悪魔は月の光によってその力が増強される。その時こそが、復活の日となると思うんだ」


 月の光……

 そういえば、満月の日に悪魔が人々に埋め込んだタネが天に昇っていくなんて話を聞いたことがある。

 月の光が一番強い満月は悪魔に最も大きな力を与えるのだろう。

 思えば、私たちが始めて悪魔と対峙した時も満月だった。

 でも、そうだとしたらその逆も言えるんじゃ……


 “ねえ、ヒース。その反対に、新月の時は悪魔の力が弱まったりはしないの?”


「そう!僕はそのことが言いたかった!あなたの予想通り、新月の夜は悪魔の力が弱まる。月の光がないことに加えて、新月自体も悪魔に影響を与えるらしい。だから、攻め込むにはその時しかないと思うんだ」


 私の疑問に、ヒースは意気込んでそう答えた。

 パレードへの襲撃が失敗してから私たちは次の作戦を考えようとはしていなかった。

 もう確実に第二王子が現れる時なんてなかなかないことは分かっていた。

 次は私たちが王城に向かわなくては行けないことも分かっていた。

 でも、誰も言わなかった“攻め込む”というその言葉がヒースの口から初めて出てきた。


 私たちは誰ともなしに顔を見合わせる。

 みんなの顔は希望を見いだし、こう語っていた。

 これなら本当になんとかなるかも知れない、と。


「なるほど。そういうことなら、決行の日は決まったね。次の新月の夜……それでも、準備は何とか間に合うと思う。計画を詰めたい。ヒース、もっと色々と教えてもらってもいいかい?」


「もちろんだよ!僕も出来ることは全部したいから」


 コンドラッドは身を乗り出すようにヒースに詰め寄る。

 コンドラッドは今までほとんど情報のない中、悪魔の研究をしてきた。

 だから、情報の宝庫であるヒースを目の前にして研究魂が疼くのかもしれない。

 こんな状況だというのに少しわくわくしたように興奮していた。

 でも、ヒースの方もそんなコンドラッドに引くことなく同じ勢いでそれに応えた。

 多分、ずっと誰にも言えなかったことが伝えられて嬉しいんだと思う。


 とりあえず、専門的な話になるだろうからとキースとコンドラッドを置いて、私たちはヒースの部屋から出ることにした。

 キースも付いてることだし、コンドラッドが我を忘れてヒースを質問攻めにするのは止めてくれるだろう。




 ……なんだか、長い一日だったなあ。

 ヒースの目が覚めたこと。

 私がずっと恐れていた自分の本当の正体を知られるということが起こってしまったこと。

 それなのにあっさりと許されてしまって、それが私が思っていたよりもずっと簡単な問題だったこと。

 悪魔との対決の日が決まったこと。


 色々なことが動き始めた。

 私の中で停滞していた時間も。

 ゆっくりとだけど前に進み出すことが出来ているような気がした。

 それもこれも、みんなのおかげだ。

 でも、一番に感謝したいのはずっと私のそばにいてくれた人。

 私のあの時からなかなか進むことの出来ない停滞した時間の中で、それでも私がその時間すらも終わらせないようにそばで支え続けてくれていた人。


 “ありがとう、エルザ………ずっと、僕のことを支えていて”


 その小さくも、私にとってはとても大きくて頼もしい背中に向かって、そう声をかけた。

 私の声(・・・)を聞いて振り返ったエルザは、何故か泣きそうな笑顔をしていた。


「私の方こそありがとう……」


 そう言って、私に抱きついた。


「リュカ。私ね、お母さんが亡くなってからお父さんと二人で旅をして楽しかったんだけど、夜になるとどうしても寂しくて泣いてしまうことがあったの。なんだか心細くて。お父さんがいるのに変よね。でも、あなたが来てからそんなこと思わなくなった。そんなこと思う暇も寂しいなんて思う暇もないくらい毎日が楽しかったの。だから、私の方こそあなたに支えられていたのよ」


 “ほんとに……?”


「ええ、ほんとに決まってるじゃない。だから……私はあなたにいなくなって欲しくなかったから何も出来なかったの。無理に聞き出してあなたが私たちの元を去ってしまうかと思うと怖くて。男の子のふりをするあなたに踏み込むことが出来なかった。本当に、ごめんなさいね……」


 そういったエルザの声は震えていた。

 いつも笑顔で明るいエルザがあんな表情をしていたことに私は驚いていた。

 エルザがずっとそんな風に考えていたことにも。


 私、だけじゃないんだ……

 みんな不安な気持ちを抱えている。

 誰かが自分から離れていくんじゃないかという気持ちを。


 私は自分が好かれることなんてありえない、とそんな風に考えていた。

 だから、私から人が離れて行ってしまう時のことばかり考えていた。

 私自身のことをそんな風に想ってくれている人達がいることに気が付いていなかった。


 実際、あの頃の私がエルザ達に事情を問い詰められたりなんてしていたら、逃げ出してしまっていたと思う。

 残されたエルザ達がどう思うかなんて考えもせずに。

 だから、そっと見守ってそばにいてくれたエルザ達には感謝してもしきれない。


 ごめんね……

 そんな言葉を出そうとした。

 でも、今言うべきはそんな言葉じゃない。

 私が一番伝えたい言葉はそれじゃない。

 私はエルザに向き直って、笑った。


 “エルザ………大好きだよ!!”


 これが私の今の気持ち、今までの気持ち、これからの気持ち。

 この気持ちをエルザに伝えたかった。

 私の言葉を聞いたエルザは曇っていた表情から一転、花が咲いたような笑顔を向けて笑ってくれた。


「私もよ!リュカ、あなたのことが大好きよ!」


 これからは、もっとエルザと本当の家族になれる。

 そう思えた。




「あ、そうだわ。これ、あなたに返しておかなくちゃ」


 “それって……”


 思い出したようにエルザが取り出したのはあの赤い宝玉のペンダントだった。

 何処かへいってしまったと思っていたので、思いがけないものだった。


「ヒースが持ってたらしいんだけど……聞いたわよ。これ、特別なものなんでしょ。こんな大切なもの人にあげたりしたら駄目じゃない!しっかり持っておくのよ」


 そう言うと、エルザは私の首にペンダントを掛けた。

 赤い輝きがきらりと光る。


「うん、よく似合ってるじゃない」


 私のその姿を見て満足そうに頷くと、エルザは自分の部屋へと戻っていった。

 胸に少し硬い石があたる。

 その感触がとても懐かしかった。

 そして、胸がぽかぽかと暖かくなるような感じがする。


 あなたが持っていても良いんだよ

 石がそう言ってくれているような気がした。




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