9
深夜、もうすぐで満月だというのに月は雲でその姿を隠し辺りは闇に包まれている。
それに紛れるように町を後にする一つの影があった。
私は、その前に立ち塞がる。
「…………」
「……ん?リュカか。あー、誰にもバレないで行けると思ったんだけどな。お前には、気づかれちまったか。」
その人物はガブリエルであった。
いつも使っている大きなカバンを背負い、腰には剣を刺している。
旅への出発の装いだ。
宿に当面は生活できるほどの金貨が置いてあったので私達を置いて旅に出ようとしていることは明白だった。
私は何か胸騒ぎを感じて目が覚め、机に置かれた金貨のこととガブリエルの荷物が無くなっていることに気付き部屋を飛び出しここまで彼を追ってきたのだった。
「(…….なぜ?置いていってしまうの?……)」
そう聞きたかった。
しかし、闇は私の伝達手段を奪ってしまう。
何も出来ないままでいると、ガブリエルは私の心を読んだように話し始めた。
「なんで置いていくんだって思ってるだろ。お前、勘違いしてるな。別に俺はお前らが嫌になったからとかそういうわけじゃないんだぞ。」
この人はいつだってそうだった。
私が聞きたいこと、言いたいことを何もしなくても分かってくれる。
ガブリエルは文字がほとんど読めなかった。
エルザが私から文字を習っている時にも、「男は心で語るもんだ!」と言って一緒に覚えようとはしなかった。
まあ、口の利けない私が文字を教えるのは相当に骨の折れることだったが。
「お前らももう、17に18だろ?そろそろ、親離れ、子離れしないとまずいと思ってな。というか、遅すぎるくらいだ。悪いな。お前らとの旅があんまりにも楽しくてな。だが、今日の決闘を見て踏ん切りがついた。俺がいなくても、もう大丈夫だろ。なんたって…」
そうだ。
ガブリエルはいつだってエルザと私のことを考えてくれていた。
疑うなんて恥ずかしい。
それにこの人は、私が欲しかった言葉をくれる。
「なんたって、2人とも俺の自慢の子供達だからな!」
その時、雲の切れ間から月が姿を現し彼を照らした。
その顔は、出会った時のような、いやそれ以上の笑顔をしていた。
人を安心させるようなこの笑顔に何度救われたことか。
ガブリエルは私の頭をその大きな手でくしゃっとひと撫でするとそのまま去っていった。
ついぞ、言葉を発することの出来ないこの口からは言うことがなかったが、いつか、いつの日か彼をお父さんと呼んでみたい。
そんなことを思いながら、過ぎ去っていく彼の大きな背中が小さくなっていくのを見つめていた。