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 ◇◇◇




『ぎぎぎ………がががああ………!!』


 そんな地に響くようなうめき声がだんだんと小さくなり消えた。

 辺りには静寂が訪れる。

 そして、三日三晩続いた勇者と悪魔との戦いは終結した。

 悪魔を石に封印したことによって。

 これで悪魔に乗っ取られた世界を取り戻せる。

 世界には再び平和が訪れることだろう。


 満身創痍の身体で、今にも気を失いそうな頭で、勇者と呼ばれた男は無理矢理にそう考えた。

 これは本当の終結ではなく、むしろはじまりであることを、心の奥では分かりながら。




 とある洞窟の奥深く、人が、動物でさえも立ち入らないような暗闇の中に悪魔が封印された石は置かれている。

 滅多なことではこの封印は解かれることはない。

 だが、絶対ということも保証はされない。

 一時しのぎでしかない今の状況を分かりつつも、自分には力不足だということも身をもって知っている。

 自分にはどうすることも出来ない。


 願わくば、少しでも長くこの世界に平和が続きますように。

 そして、未来に希望の光が現れますように。


 勇者と呼ばれた男、後のエクソシス王国初代国王となる男は無力な己を嘆きながら、神にそう祈った。

 そして、石に背を向けると洞窟を後にした。




 ………それから、長い年月が流れた。

 平和の意味を考えることすらなくなったほどに平和な日々が続き、あの戦いのことも忘れ去られた頃、時が止まったように静かだった洞窟に小さな音が響いた。


 ピキ………


 勇者の祈りすら忘れ去られた頃、とある洞窟の奥深くに置かれた異質な石に小さなひびが入った。

 その音は、石の崩壊の予兆だけでなく、平和の崩壊の予兆でもあることを知るものは誰もいなかった。




 ◇◇◇




 私はコンドラッドの家の扉を目の前にして立ち止まっていた。

 どれくらいそうしていただろうか。

 ドアノブに手を掛け、後はひねって回すだけなのにそんな簡単なことが出来ずにいた。


 私はつい先ほど、この扉から何も考えずに飛び出してしまった。

 もうここに帰ってくることは出来ないと、その時はそう思っていた。

 今でも本当に戻って良いのだろうか……と、そんな葛藤が心の中にあって、一歩を踏み出すことが出来ないのだけれども……。


 目の前には、たった数センチメートルの壁しかないのだけれど、私にはそれが大きな障害に感じる。

 自分から乗り越えることなんて、道を切り開くことなんてできないような気がした。

 今の私がこのまま扉から後ろに逃げ帰るなんてことは、ちょっとしたきっかけですぐにでもしてしまうだろう。


 でも、私の後ろにはそんな私が逃げ出さないように大きな存在があった。

 決して私の事を急かすことはせずそれでも逃げることは許してくれないような、そんな厳しくも優しい存在が背中に手を添えてくれていた。


 私は目を閉じて今まで目を背け向き合わずにいたことを、ゆっくりと考えてみた。


 家を飛び出し自分を偽って生きてきたこの10年間は全部私の勘違いから始まった。

 本当だったらそんなことは起こらずに、そのままウィリアム様の婚約者として結ばれる未来もあったのかもしれない。

 でも、私にとってこの10年間は決して無駄なものでも無意味なものでもなかった。

 辛いときもあったけれど、それと同じくらい楽しいと思えるときもあった。

 それはきっと、エルザの存在が大きい。

 エルザとガブリエルと出会えたことは私にとって、とても幸運なことだった。


 このまま騙していたことがバレてしまったからといって姿を消してしまうのは、エルザに対してこんなにも不誠実なことはないだろう。

 せめてエルザに申し訳ないという謝罪の気持ちと、何よりも今までの感謝の気持ちを伝えたい。

 受け入れてもらえなかったとしても、私が伝えたいと思った。


 それでも、なかなか最後の一歩が踏み出せない私に、ウィリアム様は小さい子を諭すように私に優しく語りかけた。


「……リュカ。皆に姿を偽っていたことを申し訳ないと思う気持ちと、そのことが皆に分かってしまって再び会うことが怖いという気持ちがお前の中にあるのだと思う。だが、皆と過ごした日々の中でも、お前の中にあったのは後ろめたさだけではなかっただろう?どんな姿であれ、ちゃんとお前自身で過ごしていた。大丈夫だ。皆、受け入れてくれる」


 私は、ウィリアム様の言葉に頷いた。

 そしてその言葉に押されるように、扉を開いて家に入り、ヒースが眠る部屋へと進め足を踏み入れた。


 私が部屋に戻った瞬間、皆の視線が私に集まる。

 それでも、誰も私に問いただすようなことはせずに、私が自分から話し出すのを待ってくれているようであった。

 ……本当に、皆は優しすぎる。

 だけど、私はそんな優しさに甘えてでも今のこの気持ちを伝えたかった。


 “……みんな、今まで姿を偽っていて、騙していて本当にごめんなさい。許して貰えるなんて思っていないし、こんな言葉だけじゃ伝えきれないけれど……今まで、本当にありがとう!外見も本当の名前も偽っていたけど、皆が大好きだっていうことだけは、嘘のない気持ちだから!”


 頭を下げ、心からの本当の想いを伝えたいと意識に乗せて叫んだ。

 この気持ちは皆に、伝わっただろうか?

 皆の顔を見るのが怖い。

 頭を下げたまま上げようとしない私を、後ろにいたウィリアム様が呆れながら私の肩を軽く叩き顔を上げるよう促した。


 顔を上げたそこには、優しそうに微笑んで私を見ている皆がいた。


「ほら、心配することなんて何もなかっただろう?お前のことが大好きなのも皆、同じだ」


 ウィリアム様が私にそう言って笑いかけていると、エルザが私に向かって勢いよく抱きついてきた。


「リュカ!もう!勝手にいなくなって、もう戻ってこないのかと思って、心配したじゃない!昔がどうであれ、リュカはリュカじゃない。そんなことで嫌いになったりするわけがないでしょう。私たちは家族なんだから」


 そう言って抱きつくエルザの肩は少し震えていた。

 エルザはいつだって、私の事を心配して気に掛けてくれていた。

 そんなエルザを私は心配性なとても心優しい人なんだな、なんて思っていた。

 だけど、エルザは私の事を家族だと思ってくれていた。

 もしかしたら、これが家族に対する愛なのかもしれない。

 私の中にも、他の人達に思うのとは違ったエルザを思う気持ちがある。

 気が付かないうちに血は繋がっていなくても、それよりも濃い家族の絆が出来ていたなんて。

 私はいつも他の家族をうらやましい気持ちで眺めていた。

 私には家族と思い合う気持ちなんて、一生触れることはないと思っていた。

 でも、それはもうここにあった。


 私もエルザの背中に腕を回した。

 そして、自らの力でぎゅっと抱きしめた。

 その二人の腕の中の小さな空間は、とてつもなく心地よく温かい場所だった。




 ***




「実を言うとね、私たち、リュカが女の子だってことは気が付いていたのよ。さすがに、“奇跡の乙女”だってことは知らなかったけどね」


 私が落ち着いたところで、エルザがそんなことをあっけらかんと口にした。

 そのことを聞いた私は、恥ずかしさのあまり再びこの部屋を飛び出していきそうになった。

 それはみんなに止められてしまったけど。


 だってそうだとしたら、みんなが私が女性だと知っている中で男性のふりをしていたってことで、それはタネが分かってしまっている手品を気づかずにどうどうとしているようなもので……

 私は今までの自分の姿を思い出して、身悶えたい気持ちになった。


 自分ではうまく隠している気になっていたけれど、長く一緒に過ごしていたエルザにはバレバレだったんだ。

 それでも、私が自分から言うまでは待っていてくれようとしたエルザには、私は今まで本当に救われて助けられてきたんだなあ。

 本当に、エルザには感謝してもしきれない。





 “……もう、大丈夫。本当に迷惑をかけて、ごめんなさい。ヒース、話の続きを聞かせて貰える?”


 ヒースが私たちに話さなければいけないと言ったことは、一刻を争うようなことなんだろう。

 本来ならばこんなことをしている時間はなかったはずだ。

 それでも、私が帰ってくると信じて待っていてくれた。

 本当にみんな優しすぎる。

 私が飛び出していった間に目を覚ましたキースにはこれまでの話をしたらしい。

 私の事はウィリアム様が必ず連れ戻してくると思っていたから、それ以外の出来ることをしていたのだという。

 その後、ヒースにも私の声(・・・)が聞こえるようにあの魔法道具を渡したという。

 皆にはまだ気持ちを伝え切れていないけれど、それはゆっくりと時間をかけて伝えていこう。

 今は、全ての原因ともいえる、悪魔のことについて知らなければならない。


 皆の視線がヒースに集まる。

 ヒースは申し訳なさそうに眉を下げると、再び口を開いた。


「急かすようでごめんね。続きを話させてもらうよ」




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