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81.少年と悪魔(1)

ヒース視点

 



 道行く人々とすれ違うたびに声を掛けると笑顔で返してくれる。

 僕のことを愛想の良い子供だと思っているんだろう。

 僕も本来であれば人懐っこい方だし、あいさつも誰にでもする。

 でも、あいつ・・・は内心では嫌らしい笑みを浮かべながら人の心に取り入る機会を狙ってそんな行動をしている。


 騙されないで!!


 そう大声で叫んでも、僕の声は誰にも届くことはない。

 もう、こんなことから目を背けたい。

 そう思っても、僕は自分で目を閉じることさえ出来なかった。


『いい加減諦めろよ。お前には何もできねえんだからよ』


『……うるさい。諦めるのはお前の方だ。すぐに僕の身体から出ていかせるからな!』


 それでも、僕はそんな弱気をこいつ(・・・)に見せることだけはしなかった。

 僕の声は誰にも届かないと言ったけれど、この悪魔にだけは聞こえる。

 僕の身体の中に意識としてのただの“存在”となった僕に、同じく“存在”となった悪魔が話しかけてくる。

 悪魔の方も外の人達には猫をかぶっているせいか、本性のままの自分で僕と話がしたいようであった。

 恐らく、それが僕の意識を残している理由だろう。

 こんな会話は何度したか分からない。

 悪魔が呆れたようにため息をついた。


『あーあ、うっせえな。お前みたいに意識を残しておける奴なんて珍しくて面白いと思ったが、ただ口うるせえだけだな。元々お前の中にあった魔力が高いから眠らずに現れるんだろうが、俺が力を取り戻したらすぐに消してやる』


『へえ、話し相手が欲しいから僕を残しているのかと思ってたけど、お前、案外力がないんだ。それなら、僕がお前を出て行かせるのも時間の問題だな』


 僕はそう強がってみたものの、悪魔に対抗できる気なんてさらさらなかった。

 きっとこの悪魔の言う通り、僕の方が消されてしまうんだろう。

 だけど、やっぱりすぐには諦めたくはなかった。


『はっ。なかなかおもしれえな。どこまで諦めずにそう言っていられるか、見物だな』


 そう言うと、悪魔の“存在”は消え、外のことに集中しにいったようだった。

 悪魔は僕の身体のこの見た目から子供好きの大人を獲物とし、魔力を吸い取ったり、催眠魔法をかけてあたかも昔からの知り合いだったかのように思わせ食べ物や寝るところを確保していた。

 そんな風に優しくしてくれた人達にもそこを去るときには魔力を限界まで吸い取り、時には殺してしまう時まであった。

 また、悪魔は魔法で作った種のようなものを人間に植え付けて、その種から魔力を得ているようでもあった。


 そんなことを繰り返して2年ほど経ったある日、悪魔は何を思ったのか王都へと戻った。

 嫌な予感しかしない。

 そして、王宮の前まで行くと立ち止まり、出入りする人達を眺めだした。


『おい。お前、こんなところで何をしようとしているんだ』


『ああ。そろそろただ魔力を集めるのにも飽きてきたことだし、ちょっと面白いことを思いついたからな』


 悪魔は上機嫌に僕にそう返したが、重要なことは何も言わなかった。

 僕のことを警戒しているのか、言うまでもないと思ったのか。

 それでも、僕にも悪魔のしようとしていることは見ていれば分かることだった。

 悪魔は王宮を出入りしている仕立屋に暗示を掛け、自分をその人の息子だと思い込ませ、王宮での仕事に同伴した。

 悪魔はいとも簡単に王宮内へと侵入することに成功したのだった。

 そして、同じように王宮内の人々に暗示を掛けながら、何不自由なく生活できる環境を整えていった。


 悪魔がしていることは今までとそう変わらないようにみえた。

 場所が王宮になっただけだ。

 何を企んでいるのか見当が付かない。

 しかし悪魔は同じようなことをしながらも、今までとは違ってあまり人目に付かないようにひっそりと王宮内で過ごすようにしていた。

 僕にはそのことが、嵐の前の静けさというようでとても恐ろしかった。

 国の幹部に手を出そうとでもしているんだろうか。

 そう思っていたが、悪魔が最初に手を出したのは何の変哲もない家庭教師の一人だった。


「こんにちは、今日もお仕事お疲れさまです。勉強を教えるのって大変ですよね」


「やあ、こんにちは。君はここの子かな?まあ、楽なことではないけど、人に教えるっていうのはやりがいのある仕事だよ。分からないって言っている子には分かるまで丁寧に教えて、それで分かって貰えたら嬉しいよね」


 そう言うと、その人は満足そうな笑顔を浮かべた。

 確か、この家庭教師はまだ幼い王子を担当していたはずだ。

 子供好きのようで、話しかけたに警戒することもなく楽しそうに話してくれた。

 そのことに悪魔が内心で、薄気味悪くにやりと笑ったことが分かった。


「本当にそう(・・)思ってる?」


「え?どういうことだい?」


「分からない子には分かるようになるまで教えるなんて無駄なこと何じゃないの?分かる子はすぐに分かるんだから。分からないのはいけない子・・・・・なんだよ」


「いけない子………」


 そう生気を失ったような声で呟いた家庭教師からは、先ほどまで見せていた笑顔は消え、表情をなくしていた。

 その顔を見た僕は落胆した。

 また魔法にかかってしまった、と。

 悪魔はいつもこうやって会話の中に巧みに暗示魔法を組み込み、相手が気が付かないうちに催眠にかける。

 そんな風に自分が掛けられたことに全く気が付かないような魔法のかけ方は、深く浸透して抜けにくい。

 悪魔が前に言っていたが、使用する魔力も少なくてすむらしい。


 だが、いつもだったら魔力を得るとか生活出来るようにするためとか、自分のためになるようなことにしかこの魔法は使わない。

 魔力の無駄遣いを嫌う悪魔が、今回は自分に全く関係がないように思えるこんなことをした。

 何のために、家庭教師の考えを変えるような案じを掛けたのだと言うのだろうか。


『こんなことして何の意味があるんだ?お前の方が無駄なことをしているじゃないか』


『ふん、お前にはまだ分からねえかもな。まあ、見てな。面白いことが起こるぜ』


 悪魔が気まぐれでたまたま近くにいた教師にちょっかいをかけただけかも、なんて思ったけど悪魔のこの言葉からするとそうではないようだ。

 悪魔は明確な意図を持って家庭教師に魔法をかけたんだ。


 僕には悪魔が何のことを言っているのか全く分からなかったが、しばらくすると王宮内で思ってもみなかった変化が現れたのだった。

 真面目で活発的だった王子が授業をサボり、時折、沈んだような表情を見せることが多くなった。

 そして、誰にでも優しかったその王子が威張り散らし、大声を上げる姿をたびたび目にするようになったのだった。


『お前、一体何をしたんだ!?』


『はははは!やっと気が付いたか。人間なんて、特にまだ人格の安定していない子供なんて壊れやすいものなんだよ。自信を失わせて劣等感を植え付ければ、心に余裕がなくなる。こいつはもう一押しで心に闇ができるだろうよ。俺はそこにつけ込むのさ』


『悪魔め………』


 睨み付ける僕の言葉を聞いた悪魔はさらに笑った。


 悪い心を持つと悪魔につけ込まれるよ。

 小さい頃から悪いことをするたびに何度も言われていた、よく聞く言葉だった。

 その時は幼いながらに悪魔なんて本当はいないんだろうけど、悪い心を持っちゃいけないんだな、なんて思っていたけれど。

 でも、本当に悪魔が存在していたなんて。

 しかも、悪魔の方から人間に悪い心を作ろうとしていたなんて。

 悪魔は想像以上に下劣なものなのだと、恐怖を感じた。




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