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 しばらくして、遠くの方から大歓声が聞こえてきた。

 パレードが始まったのだろう。

 だんだんと軽快な音楽と喜びに溢れた人々の声が近づいて来る。

 もうすぐだ、と思い私は剣の柄をぎゅっと握った。

 隣のキースもいくらばかりか身を固くしたのが感じられた。

 そんなとき、ふと、キースがこちらを向いた。

 そして、口の動きだけで「だ・い・じょ・う・ぶ」と伝えてきた。

 きっと、私の表情は硬くなっていたんだろう。

 でも、それは私にだけでなく、自分自身にも言い聞かせているようにも思えた。

 私は頷くと固くなった表情を緩めようと口元をほぐし、彼にも自分にも言い聞かせるように、同じように、大丈夫だよ、と伝えた。




 わあああ!!


 ついにすぐそこで大歓声が上がった。

 第二王子が目に見えるところまで近づいて来たのだ。

 そしてそこに、ヒースの姿をした悪魔がいることも確認できた。

 私とキースは顔を合わせて頷き、道の反対側の屋根にいるウィリアム様とジェラールにも合図を送った。

 今回の作戦はパレードに悪魔が参加していることが前提だ。

 その可能性は高いと踏んでいたものの、絶対というわけではなく、もしこの場に悪魔が来ていなければ作戦は決行できなかった。

 とりあえず、第一条件を突破したことに安心するも気を抜くことは出来ない。

 むしろここからが本番だと、さらに気を引き締める。


 タイミングは第二王子の乗った馬車が私たちの真下に来た時。

 ウィリアム様が透過の魔法を解き、第二王子の前に姿を現した一瞬後にキースが飛び出す。

 その瞬間が、一秒一秒と近づいてきていた………


「クラレンス!!王位はこの俺、ウィリアム・エドモンドのものだ!お前などにその座を渡すものか!!」


 ウィリアム様が群衆の前に現れ、辺りに響き渡る威厳のある声で、そう叫んだ。

 あれほど大きかった歓声も音楽もやみ一瞬の静寂の中、ウィリアム様に周囲の視線は集中する。

 第二王子の護衛についていた兵士達は、ウィリアム様に一斉に剣を向けた。


 今だ。

 そう思った瞬間にキースは屋根から飛び降り、私もキースの背中を守るように地上に降り立った。

 悪魔もこの一瞬の間はウィリアム様に気を取られていたようで、キースは悪魔と間合いを詰めることができた。

 そして、キースは転移するために必要な魔方陣と媒介となるダンジョンの石を悪魔に接触させることに成功した。

 私はキースの方に近づいて行こうとする兵士を食い止めながら、キースの様子を横目で確認していた。

 これで後は、私たちも安全な場所に転移すれば全てが終わる。

 ……そのはずだった。


「……この時をずっと待っていた。ついに、お前を殺せるときが来た。これで全部終わりだ」


 キースは腰から剣を抜くと、ヒースの心臓めがけて深く突き刺した。

 そのキースの行動に、私は驚き、そして胸が痛くなった。

 今回の作戦は悪魔を魔界へと転移させること、それが目的であるが、それをより確実にする方法として、入れ物(・・・)であるヒースを破壊するという方法もあった。

 しかし、それは必ずしも必要なことではなく、それにキースにとってあまりにも辛すぎることなので作戦には含まれていなかった。

 それでも、キースは相当の覚悟を決めその辛い選択をしたようだった。

 ヒースの身体から剣をつたって赤い血が流れる。

 刺された直後、悪魔は苦痛に満ちた表情をしていた。

 しかし、その後すぐに剣を握るキースの腕を掴み、その顔に醜悪な笑みが広がっていくのを目にした。


 ………何かがおかしい。

 悪魔のその顔も気になるが、キースの様子もおかしい。

 キースは何かに取り憑かれたように、悪魔を睨み続けてその場から動こうとしなかったのだ。


「キース!!何をしている!早くそこから離れろ!!」


 ウィリアム様が叫んだ。

 悪魔と接触したままでは、キースも一緒に魔界へと転移させられてしまう。

 私はキースの元へと向かっていく兵士を食い止めながら、キースを見るために何とか振り返った。


 その顔には、色濃く憎悪の表情が浮かんでいた。

 そして、そんな心の内を体現するように悪魔がキースに触れた部分から、飲み込まれるようにどす黒く染まっていっていた。

 そんな中、悪魔は気味悪く、にたりと笑う。

 まるでこのことを待ち望んでいたかのように。


 失敗だ。

 この作戦はもううまくはいかない。

 そしてこのままではキースも失うことになってしまう。

 そんな根拠もない予感が何故か私の中にはっきりと浮かんできた。

 キースがヒースの部屋で決心したのは、ヒースを失ってでも、どんなことをしてでも悪魔を殺すことだったのかもしれない。

 そんな深い憎悪の念が悪魔につけ込まれる原因になってしまった。

 全部私の勝手な憶測だけど、違和感を覚えていたキースの様子からそうじゃないかという気がした。

 一番近くにいた私が何故気づかなかったのだろうかと、私が気か付かなければならなかったと後悔してももう遅い。

 キースは見たこともないほどに恐ろしく、闇に落ちたような顔をしている。

 何もかも忘れてただ目の前のものを殺すことだけしか考えていないような憎しみに満ちた顔を。


 ―――思い出して

 目の前にいるのはあなたの弟でもあった存在なんだから

 あなたは一人なんかじゃなくて、すぐそばには私たちもいるんだから

 いつものあなたを取り戻して―――


 私はそう願った。

 ただ復讐に囚われているだけなんて恐ろしいし、悲しすぎる。

 そして、私はその願いが届けというように、ポケットの中にあった蝶の魔法道具をキースと悪魔に向けて一直線に投げた。

 ヒースとの思い出を少しでも思い出して欲しいと思って。


 私の手から空に向けて飛び立った蝶は光に透ける美しい羽根をはばたかせる。

 魔法はちゃんと発動したようだ。

 ひらひらと優雅に、だけど決して迷うことなくキースの元へと向かって行く。

 その蝶の足に、何か赤く光るものがあった。

 あれは赤い宝玉のペンダントだ。

 ポケットに入れていたそれが蝶の足に絡まり、一緒に投げてしまったようだ。

 そしてそのまま蝶は飛び続けると、キースを掴むヒースの腕にとまった。


「はははははは!!落ちろ、落ちろ。そのまま闇の底へと落ちてしまえ!!………ん?何だ、この虫は?」


 完全に正気を失ったキースを前に、悪魔は凶悪な笑い声を上げた。

 だが、そんな笑い声を遮るように現れた蝶を、悪魔は怪訝そうに振り払おうとした。



 ―――その時、信じられないほどにまばゆい赤い光が発生した。

 それは丁度、蝶が留まった悪魔の腕の辺りだった。


「な……なんだこれは!?ぐああああああ……!!!」


 目が眩む光の中、悪魔の叫び声だけが響いた。

 苦痛に満ちたその絶叫の中で何が起こっているのか私たちには分からなかった。

 ただ、私たちには心に温かく染みいるようなこの光が、悪魔のことだけを苦しめいるのだと感じていた。


 かろうじて目を開けると、その先でキースが動く姿が見えた。

 キースは魔方陣を組み直し、悪魔から素早く離れていた。


 だが、魔法が発動するよりも、悪魔が動く方が先だった。

 ヒースの身体から黒いもやがかかった物体が飛び出し、ウィリアム様の方へと向かっていった。


「ま、待て!ウィル、気をつけるんだ!」


 キースが焦ったように忠告の声をあげる。

 ヒースの身体を捨てた悪魔は新しい入れ物を求めて、ウィリアム様達の身体を乗っ取りかねない。

 私たちの間に緊張が走る。


「……は?」


 しかし、悪魔が一直線に向かった先は第二王子のクラレンス様の元だった。

 黒いもやがクラレンス様の背中の心臓がある辺りから入り込み、身体を乗っ取っていく様が分かった。


「これ以上はもう無理です!撤退しましょう!」


 私たちの方よりも大勢の兵に囲まれながらも、何とか均衡を保っていた状況のジェラールが叫んだ。

 彼も作戦の失敗を察したらしい。

 私は目の前にいる兵士を魔法で足止めすると、キースに駆け寄り用意していた撤退用の転移魔方陣が書かれた布を広げて二人を覆った。

 円の中に入りさえすれば、上でも下でも向きは関係がない。

 完全に布が被さる間際、ウィリアム様たちも魔方陣を使っているのが見えた。

 とりあえずは、この状況からみんな逃げることが出来そうだ。


 私は転移魔法の独特な浮遊感の中、これからのことを考えていた。

 作戦は失敗に終わった。

 悪魔はこの世界に生き残ってしまった。


 でも、何も得られなかった訳じゃない。

 未来が絶望だけなんてことはない。

 私たちは希望を手に入れた。





 ……とくん……とくん


 隣で眠る小さい身体の心臓の鼓動を感じていた。

 その小さくとも強い拍動に、私は希望を見いだしていた。




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