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「おはよう、リュカ。今日は雲一つない良く晴れた日だな。絶好のパレード日よりで予定通り行われそうだ。俺たちの作戦も、予定通り決行だ」
朝起きてすぐリビングに行くと、もうそこにはウィリアム様の姿があった。
今日のことで目が早く覚めてしまったのかもしれない。
かくいう私も、起きようとしていた時間よりも早く目が覚めてしまった。
パレードはお昼過ぎから行われる。
今はまだ、時間は十分にある。
“おはよう、ウィル。君も早いね。よく眠れた?”
「ああ、やっぱり俺は野宿はあまり得意ではないな。昨日は久しぶりにゆっくり眠ることが出来た。体調も万全だ!」
“ふふ、頼もしいね”
今日、これから私たちがしようとしていることはこんな風に笑ってなどいられないことだけれど、暗い雰囲気になる方がよくない。
明るいところに目を向けて、士気を高めることも大切だ。
ウィリアム様はそんなことを何気なくやってしまうようなところがあった。
そういうのも才能なんだろうな。
私もウィリアム様につられて気を引き締めてそんなことを思っていると、ガチャリと玄関の方から扉の開く音が聞こえた。
誰かが出掛けていたのだろうか。
それとも、不審者が侵入してきたのか。
“ちょっと見てくるね”
どちらにしても確認しようと思い、私はウィリアム様に一言そう言うと玄関へと向かった。
すると、そこには紙袋を抱えたキースがいて、ちょうど扉の鍵をしめているところだった。
見知っていた人物の姿に私は警戒して張っていた気を緩めた。
“おかえり、キース。出掛けてたんだね。誘ってくれれば良かったのに”
出迎える形となった私はキースに、おかえり、と声を掛けた。
それは自然な流れだったと思う。
それなのに、私の声を聞いてぱっと振り返ったキースは何故か少し驚いたような顔をしていた。
そして、私の姿を見て一瞬固まった後、笑顔を浮かべた。
「ただいま。早く目が覚めたから、皆が起きる前にと思って朝食を買いに行っていたんだ。市場は朝早くから賑やかだったよ。落ち着いたらここら辺の良い店を紹介するから、今度は皆で一緒に行こうか」
そう提案したキースはいつもの調子だった。
一瞬、キースはいつもと違うような表情を見せた気がしたけど、気のせいだったのかな?
でも、私も幼い頃はこの国で暮らしていたけれど、街に出掛けたりすることはなかったからそれはとても魅力的だ。
“うん、約束だよ。連れて行ってね”
私はキースに笑顔で返事をした。
そんな日が来ることを願って。
***
私たちはパレードが始まる3時間ほど前には移動を始めた。
あまり人が少なくて目立ってしまうのも良くないし、人が多すぎても移動しにくい。
この時間帯が最適だろうと思って出発したんだけど、街には思っていたよりも多くの人がすでに集まっていた。
「わあ、噂は耳にしていたけれどこの国の第二王子の人気は相当なものだね。こんなに人が集まったところは見たことがないくらいだ」
「ええ、この時間でこの人だかりだと道に入りきらない人も出てくるでしょう。私も正直、ここまでとは予想していませんでした」
「一般市民には被害が及ばないようにも気を付けるのはなかなかに大変そうだな……」
私たちがやろうとしていることは、大混乱を招くようなことだろう。
その場にいる関係のない人達まで巻き込むことになる。
それでも、少しでもその人たちに危害を加えないようにしたい。
悪魔と接触することはそれだけでも相当に難しいことなのに、私も他の3人もみんなそのことまで考えていた。
そんな人達だから、皆お互いを信用し合える。
人混みに押されつつも、何とか目的の場所にたどり着くと、私たちは誰にも見られないように注意して小道に入り、魔法で姿を消した。
この魔法はお互いには姿が見えるがその他の人には見えないという、かなり高度な魔法だ。
ウィリアム様がその魔法を使えるということで、皆にかけてもらった。
本当に頼もしい。
もう準備は整った。後は待機場所に着くだけだ。
「じゃあ、またあとでな」
ウィリアム様はそうとだけ言うと、そのまま音もなく屋根に飛び乗った。
これからの出来事は何が起こるか分からない。
不安な気持ちは皆の中にあるだろう。
それでも、そんな風に何気なく気負わずにいつもみたいに声を掛けるのは、この先も日常が続いていくと信じているから、信じたいから。
私も同じ気持ちだ。
私も軽く手を上げるような挨拶をして、道を挟んで反対側の屋根に飛び乗った。
その時、激しく動いたためか、上着のポケットの中で何かがこすれる音がしたような気がした。
何か入れていたっけ?
そう思い、ポケットの上から触って確認してみて気が付いた。
あ、これはヒースの部屋にあった魔法道具の蝶だ。
あの時、キースが訪ねてきて色々あったから間違えてそのままポケットに入れて持ってきてしまったみたいだ。
どうしよう。きっと大切な物だろうに勝手にこんな何が起こるか分からない場所に持ってきてしまうなんて。
絶対に元の場所に戻さなきゃいけない。
でも、勝手に持ち出してしまったのは悪いことだけれども、その蝶がヒースの代わりになって守ってくれる御守りみたいに思えた。
それに、私が無事に帰らなければいけない理由がまた一つ増えたってこともあるんだな。
私はさらに気が引き締まる思いがした。
私がそんなことを考えている間に、キースは私が上ったのと同じ屋根に、ジェラールはウィリアム様の方に飛び乗っていた。
ここまでは作戦通りだ。
第二王子がここに来たと同時にウィリアム様とジェラールが姿を現し、そこに気を取られている間に私たちが反対側の屋根から襲いかかる。
あとは、その時が来るのを待つだけだ。
ふと、隣を見るとキースも丁度私の方を見ていたようで目がばっちりと合った。
何故かキースは私の事をまじまじと見ていて、どんな表情をすればいいのか戸惑っていると、先にキースがふっと表情を緩めて私の背中に触れた。
『はは、緊張してるの?こういう時こそ、平常心が大切だよ』
“うん。それは分かってるんだけど、どうしてもね……こっちを見てたけど何かあった?”
声を出して気づかれてはいけないと思ったのか、ドラゴンに乗っているときにしたのと同じ方法でキースは私に話しかけてきた。
確かにこれなら身体に触れていなければならないけど、簡単に意思疎通ができる。
何か最終確認したいことがあったのかと思って尋ねると、キースは首を振った。
『いや、ただ君のことを見ていただけだよ。君がそばにいてくれることが、こんなにも俺を勇気づけてくれるんだなと思ってね』
“え?”
『今日の朝、買い物をして家に帰ってきたとき、おかえりって声をかけてくれただろう?もうあの家に帰っても、そう声をかけてくれる人は誰もいないってそう思ってた。だからそのことがとても嬉しかったんだ。ありがとう。今までそばにいてくれて』
そう言うと、キースは私の頭を優しく撫でた。
その手の温もりに私の緊張が少し和らぐ。
でも、キースのその言い方がどこか寂しく感じた。
『この戦い……絶対に勝とう』
私が感じた違和感をキースに尋ねる前に、キースは最後にそう呟くと私から手を離した。
もうこちらは見ずに、第二王子が来るだろう道の先だけを見据えていた。
私はキースの気迫のこもったその顔を、少し怖く感じていた。




