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 私とウィリアム様、ジェラール、キースの4人は歩き続け、特に大きな問題もなく数日で国境付近にたどり着くことが出来た。

 だが、ここからが問題だ。

 エクソシス王国ではパレード間近であるため、入国も厳しくなっていることだろう今、怪しまれずに国境を越えることは簡単なことではない。

 また、ウィリアム様が母国へと帰ってきたことにも気づかれてはならないということもある。

 それなのに、こういうことに一番敏感そうなジェラールは特に緊張しているようには見えなかった。

 国境部のエクソシス王国への入り口が見えてきたとき、私はジェラールのそんな余裕な態度にたまらずにどうするのかと聞こうと思った。

 すると、そんな私の様子を察したのか、ジェラールがこちらを向きにっこりと笑いかけた。


「そんなに心配することはありませんよ。こちらにはこれ(・・)がありますので」


 そう言ってジェラールは懐から細く丸めて紐で縛られた1枚の用紙を取り出した。

 紐をほどいて開いたその用紙は金の縁取りが施されており、とても高級そうに見えた。

 実際にそこらにある紙とは比べものにならないくらいに高価なものなのだろうが、その用紙はそれだけではなく、よく見てみると高度な魔法が組み込まれているようだった。

 そして、そこに書かれた文書の最後にはエクソシス王国前国王のオスカー・エドモンド様の署名があった。


「この用紙は国王の勅命によって使命を授かった者などに渡され、この国において様々な権利を得ることが出来るものです。それこそ、国王と同等の権限を持つことも出来るようになります。お分かりのように魔法紙の証書でして授かった者が持っていなければ効果を発揮しませんので、疑われる心配もありません。恐らく、まだ正式にはクラレンス様の国王就任の儀式は行われていないので、この証書の権利は失っていないと思います。これは通行証も兼ねていますから入国には問題ないでしょう」


 それでも、万が一と言うこともありますので、とジェラールは続けたが、そうであるならばそんなに心配することはないだろう。

 そういった魔法紙の証書の存在は知っていたけれど、実際に目にするのは初めてだった。

 確か、国所有の公共のものでも、許可があれば国王専用のものや、特別なときにしか使えないものでもなんでも使用することが出来るということだった。

 とはいっても、ジェラールだけならともかく、ウィリアム様と私、そして見るからに怪しいキースまでいるとなると少し不安もある。

 気を抜かずにいかなくては。


 私がそんなことを思っていると、今まで私とキースと一緒になってジェラールの話を聞いていたウィリアム様が、魔法紙を見ながら顔をしかめていた。

 そして、不満が聴いて取れるような声でジェラールに問いかけたのだった。


「おい、ジェラール。俺はお前がそんなものを持っていたなんて聞いてないぞ。目的を果たすまで俺もお前も国には戻れないと言っていなかったか?」


「いえ、帰れないと言ったのはウィリアム様だけのことです。私は何度か国に帰り、オスカー様にご報告をしていたことですし。これがオスカー様のご命令でしたので。私はあくまでも国から放り出されたウィリアム様のお供をさせていただくという立場でございました」


「お前……」


 ウィリアム様の訝しげな問いかけに対して、ジェラールはあっさりとそう白状した。

 そんなジェラールの態度は少しも悪いと思っていないようで、逆にそれがどうしたとでも言うようであった。

 ウィリアム様は不満たっぷりな目でジェラールを睨んでいたが、彼はその視線を涼しげに流していた。

 ただ単に従者の鏡だといった態度を示すのではなく、こんな風に取り繕わないところも見せるようになったジェラールも、きっと私たちに心を開いてきてくれているんだろうなあ。

 そんな様子を見て、私とキースは顔を合わせて笑った。



 ***



「いやあ、その魔法紙の力は凄いねえ。こうもあっさりエクソシス王国に入れるとは」


 キースが感心したように、まじまじとその魔法紙を見つめ、今さっき通ってきたばかりの大きな門を見上げた。


 私たちは本当に何の問題もなく、エクソシス王国に入国することが出来たのだった。

 国境の門に近づいてくる私たちに警戒していた門番たちに例の魔法紙を渡すと、探るような目から敬意を示すような態度に変わったような気がした。

 そして、魔法紙を何かの魔法道具にかざすと、特にこれといった検査をすることもなく通行を許可された。

 堂々としていれば良いというジェラールの言葉通り、ただ胸を張って歩いていたら、いつの間にかエクソシス王国に足を踏み入れていたのだった。


 エクソシス王国に入ったということはそれだけ決戦も近くなっているということだ。

 でも、私にとってエクソシス王国に来たということはそれだけではなかった。

 私にとっては10年ぶりとなる母国に戻ってきたということにもなるのだから。


 でも、母国に足を踏み入れたからといって私に思っていたような感情がわき出てくることはなかった。

 ここにはもう2度と来たくはなかったとか、やっとこの場所に帰って来られたとかそんなことは全く思わなかった。

 それこそ、いつもみたいに新しい街に皆と一緒に来たときと同じような気持ちでいた。


 ああ、そうか。

 私にとって何よりも大切なのはどこにいるかじゃなくて、誰といるかなんだ。

 私の周りには信頼できる仲間がいる。

 こんな仲間がいれば何処へだっていける気がした。


「リュカ?どうかしたのか?」


 立ち止まっていた私に、ウィリアム様が心配して話しかけてきたみたいだった。

 大丈夫。不安なことは何もない。


 “ううん、何でもないよ。行こうか!”


 私はさらに一歩を踏み出した。


 ジェラールに連れて来られてやって来たのは、何やら大きな小屋のような建物だった。

 厩舎のような造りではあるようだけれども、それにしてはサイズが大きいし、その中からは馬とは似つかない鳴き声が聞こえる。

 これはもしかして………


「さて、パレードの当日までもう時間もないことですし、移動にはここのドラゴンたちを使いましょう。地上を行けば3日掛かるところを、空での移動では1日で行くことが出来ますから」


 まるで、馬車に乗ることを提案するかのようにそう言ったジェラールがドラゴン舎の中に入って行くと、私たちはその後に続いた。

 そして、その小屋の中には大きく勇ましい姿の2頭のドラゴンがいた。

 鋭い爪とキリリとした目、艶やかにきらめく鱗をまとったその姿は控えめに言ってもとてもかっこよかった。

 本の中や遠目からは目にしたことはあったけれど、こんなにも間近で見たことは初めてだった。

 私はあまりの迫力に言葉を失い、ただただ彼らを見つめていた。


 そんなドラゴンを見て、ウィリアム様が喜ばないはずはなかった。


「うおおおお!これがドラゴンか!こんなに近くで見たのは初めてだ。これに乗っていくのか!よし、すぐに出発するぞ!」


 うん。ウィリアム様ならそう言うと思ってた。

 でも、そんな気持ちにも共感できるほど私もドラゴンを見て目を輝かせていたと思う。

 そんないつもの調子のウィリアム様をキースはまた面白そうに見ているんだろうなと様子を伺ってみると、そんなことはなかった。

 キースもいつもより生気の宿ったような目をして、どこか興奮しているようにも見えた。


「ドラゴンか………子供の頃から一度は乗ってみたいと思っていたんだよね。乗り方は馬とそれほど変わらないともいうし、使えるんだったら使わない手はないと思うよ。ねえ、ちょっとさわってみてもいいかい?」


 冷静に状況を判断しているようでいて、少し心あらずといったような感じでドラゴンに手を伸ばしたキースはその鱗に触れると嬉しそうな顔をした。

 私はそんな表情をしたキースを意外に思った。

 キースでもこんな風に子供っぽくドラゴンに憧れていたのかと思うと、どんなに優秀で人間離れした力を持っていたとしても私たちと何も変わらないんだということ実感できる。


 さて、誰も反論はないようだし、ドラゴンで移動することに決定かな。

 ドラゴンは2頭しかいないみたいだから、2人1組で乗る感じになるのかな。

 頑丈そうな身体のドラゴンには2人乗っても何も問題はなさそうだ。

 じゃあ、組み合わせはどうしようか。


 ジェラールとキースの組み合わせは……ないとして、ジェラールと私、キースとウィリアム様の組み合わせもあんまりなさそうだな。

 となると、私とキース、ウィリアム様とジェラールの組み合わせが妥当だろう。


 “じゃあキース、一緒に乗ってくれる?僕、もちろんドラゴンは初めてだし

 馬にも乗ったことがないからキースに頼ることになっちゃうんだけどいいかな?”


「「えっ!?」」


 私が愛おしそうにドラゴンを撫でるキースにそう声をかけると、何故かジェラールとウィリアム様が焦ったように声をあげた。

 馬に乗ったことがないと言った私の言葉に驚いたのかな?

 私は馬車は何度か引いたことはあるものの、直接馬にまたがったことはなかった。

 平民だったら男性でも馬に乗ったことのない人なんて珍しくはないだろう。

 貴族である2人には考えられないようなことだったのかな?

 それとも、今後の作戦で馬を使おうと思っていたとかだったら足手まといになっちゃうってことかな……


「大丈夫。2人は君の言ったことがちょっと意外だっただけだろうから。俺を選んでくれてありがとう。俺に任せておいてよ。………それにしても、ウィルだけでなくジェラールまでリュカと乗りたがるとは驚いたな」


 キースは私の頼り切った態度にも笑顔を向けてそう言ってくれた。

 口元に手を当てて最後に何か呟いていた言葉は聞こえなかったけど、きっと何か考え事をしていたんだろうな。

 キースの声が聞こえたのかウィリアム様とジェラールはピクリと反応していたようにも見えたけど、何も言い返したりはしていないから気のせいだったのかもしれない。

 私がそんな風に疑問を浮かべていると、ドラゴンがグオオオオと雄々しい咆哮をあげた。

 その力強い声にその思いは全部吹き飛ばされた。


 ぐずぐずなんてしてられない。

 さあ、出発しよう!




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