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67.第三王子の自覚

ウィリアム視点

 



 さぁぁと風が吹くと、木々が揺れ葉がこすれ合いさわやかな音を立てた。

 木々の隙間から差し込む木漏れ日も、それに合わせて揺れる。

 そんな形がはっきりとしない、だけれども綺麗な光が俺とエルザをまばらに照らしていた。


「それで、話って何かしら?」


 風の音のみが聞こえていたこの場所で、エルザが先に口を開いた。

 エルザと二人、この場所にいるのは、俺が話があるとエルザを連れてきたからだった。

 コンドラッドの家から少し離れたこの森の中で、俺はもう一度エルザに気持ちをはっきりと伝えようと思っていた。


 先日のジェラールの提案により、俺たちは近いうちに催されるエクソシス王国新国王即位のパレードを襲撃することに決まった。

 今はそのための綿密な計画と準備を行っているところだ。

 だが、俺にはそれと同じくらいにやらなければならない大切な事がある。

 今まで、何度もエルザにプロポーズをして何度も断られてきたが、正体を明かした今、もう一度伝えるべきだと思った。

 結果がどうであれ気持ちに区切りを付けてから、これから起きる出来事に望むべきだと思った。

 俺は覚悟を決め、真っ直ぐにエルザを見つめ、今までで一番と言うほどに誠実に言葉を伝えた。


「今まで理由があったとはいえ正体を隠していて、すまなかった。だから、何の偽りもないウィリアム・エドモンドの姿でもう一度だけ言わせてくれ。エルザ、俺にはお前が必要だ。俺の妻になってはくれないか?」


「………ありがとう」


 少しの沈黙の後、エルザがやわらかい笑みを浮かべながらそう答えた。

 何度目かはもう分からないほどに繰り返してきた俺の申し出が、やっと受け入れてもらえたということだろうか。

 しかし、俺が何か言葉を紡ぐ前にエルザが再び口を開いたのだった。


「だけど、お断りするわ。そんな顔したあなたに言われても全然嬉しくないもの。ウィル、あなた本当に私の事好き?目を閉じてみて。それで、瞼の裏側に浮かんでくる相手は誰かしら?」


 そんな顔とは、俺は一体どんな顔をしていたというのだろう。

 エルザに色々と聞きたいことが浮かんできたが、俺は何をするよりもまず彼女の言葉に素直に従い目を瞑った。


 最初に浮かんできたのは幼い少女、エリザベートの姿だった。

 俺の忘れられないただ一人の人だ。

 そして、彼女の姿がぼんやりと変化して次に浮かんできたのは………リュカの姿だった。

 遠慮がちに笑う、ずっとそばにいて守りたくなるようなその顔が。


「……ほら。本当に好きなのは誰か、もう自分でも分かったんじゃないの?」


 エルザがこうなることは分かっていたと言うように、俺に声をかけた。


 ……ああ、そうだ。

 いつのころからだろうか。

 エルザのことよりも、リュカの事で頭がいっぱいになるようになったのは。

 リュカのことを知るたび、リュカの心に触れるたび、その優しくも強い意志を宿した心に惹かれ、そのどこか寂しげな不安定な心の内を見守って支えていきたいと思うようになったのは。

 一度そう考えてしまえば、もうその思考を止めることなど出来なかった。

 性別など関係のないところで、俺はリュカにとても強く惹かれている。


 俺はリュカのことが好きだ。

 そう自覚した。


「……ああ、分かった。俺はリュカのことが好きだ」


 そう口にすると、今まで以上にその気持ちが自分の中に浸透していく感覚があった。

 もともと心の奥に秘められていたものが、だんだんと体中に広がっていくような気がした。

 すとんと憑きものが落ちたように、心が軽く、それでいて熱くなっていた。


 だが、一国の王子としてそれは許されないということも分かっていた。

 しかも、即位した第二王子を襲撃し、もしかすると自分が王位に即位する可能性があるというこの状況で。

 そんなことを考え、俺は自然と暗い面持ちになっていたのだろう。

 そんな俺の様子を見たエルザはふふっと優しく笑った。


「やっと、自覚したわね。もどかしいったらないわ。もう、そんな顔しないでったら。安心して。あの子は、リュカは女の子よ。ああ見えて、とっても可愛いんだから」


「は……?リュカが女……?それは本当か?」


「ええ」


 真っ直ぐと俺のことを見守るような瞳で微笑むエルザは、嘘をついているようには全く見えなかった。

 リュカが男ではなく女……

 それが本当ならば、問題は何もない。

 俺は世界に光が差し込んだような気持ちになった。


 だが、目の前にいるエルザを見て、はっとする。

 俺は今までエルザに何という酷いことをしてきたのだろうかと。

 俺自身は無自覚であったとはいえ、本心とは異なる言葉をエルザに何度も伝え、それを彼女自身に見抜かれていた。

 俺は彼女に適当な言葉をかけていたということではないか………


「エルザ……今まで悪かった。謝って済むようなことではないとは思うが……」

「え?何のことかしら?全然気にしてないわよ」


 罪悪感に打ちひしがれ、謝ることしか出来ない。

 だが、エルザはそんな俺を少しも責めることはなく、そんなことを言ってくれる。

 彼女の優しさに胸が締め付けられるような思いだった。


「………ごめん」

「だから、いいって言ってるのに………もう!だったら、私に悪いと思うなら、早くあなたの気持ちを本人に伝えてきなさい!それがあなたのできる最大限の事よ!」


 さあ、行った行った!と、エルザは俺の背中をバシンと叩いた。

 その小さな手のどこにそんな力があるのだろうと思うほど、力強く俺のことを押し出した。

 いや、物理的な力ではないのかもしれない。

 それが、そんな力強い彼女の気持ちが、俺が一歩を踏み出す力になる。


「………ありがとう」


 俺は心からそうエルザに感謝した。

 そして、振り返ることなく、俺はリュカのもとへと走り出す。

 この気持ちとともに。




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