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「皆、起きて!状況が変わったんだ。大変なことになってしまったよ!!」
次の日、コンドラッドが凄まじい勢いで階段を駆け下りてきたかと思うと、全部の部屋の扉を開けて叫んだ。
そんなコンドラッドの様子にただならぬ雰囲気を感じた私たちは急いで居間へと集まった。
まだ日も昇り始めたばかりだというのに、皆をたたき起こすなんて何があったんだろう。
コンドラッドの顔には、焦りの影が浮かんでいた。
「とりあえず、これを見て欲しいんだ」
そう言うと、コンドラッドは机の上に何か紙を広げた。
どうやら、新聞のようだ。
その新聞の一面に大きく書かれている見出しを見て、私たちは言葉を失った。
『国王陛下 崩御』
それは、エクソシス王国で発行されている新聞だった。
そのことはエクソシス王国の国王が亡くなったことを意味している。
読み進めていくと、前々から患っていた病の悪化による死だと書かれていたが、その内容も怪しい。
悪魔が王宮内に潜んでいるという事実を知っている私たちから見れば、悪魔に何らかの原因があるのではないかと疑うのは当然のことだった。
とにかくどうであれ、エクソシス王国国王の死によって、国の、世界の状況が大きく動くことに間違いはなかった。
「………こんなに早く動くとはね。こうなったら、こちらも早急に手を打たないといけないな。……って、ウィル、ジェラール、どうかしたかい?顔色が真っ青だよ」
キースが苦々しく紙面を睨み付けながら呟くと、顔を上げて私たちにそう訴えかけた。
その時、キースは二人の尋常ではない様子に気がついたのだろう。
キースの言葉に、私たちの視線は二人に集まった。
二人ともこの前とは比較にならないくらい目に見えて動揺していた。
顔色に加え、肩もわずかに震えていた。
「………いえ、少し驚いてしまっただけです。すみません。どうぞ続けて下さい」
ジェラールは平静を装うようにいつもの優雅な笑みを見せ、そう否定した。
先ほどの様子を微塵も感じさせないほどに。
そんな言葉で私たちが納得するはずもなかったが、それを強いるように。
しかし、ウィルはジェラールとは反対に暗い面持ちのまま目を瞑り息を吐くと、静かに口を開いた。
「………皆、ずっと言っていなかったことがあるんだ。言わなければならなかったことは分かっていだんだが、過ごす日々が楽しすぎてな。遅くなってはしまったんだが、どうか聞いてくれないか?」
いつになく真剣な声と表情で彼は一人一人に語りかけるようにそう問いかけた。
そんな彼の真摯な様子に、私たちは迷うことなく頷く。
しかし、ジェラールだけは焦ったようにウィルを止めに入った。
「ウィル!?何を言っているんですか!?やめなさい。動揺しているのは分かりますが、言うべきではありません。よく考えなさい」
「ジェラール。俺はもうずっと考えてきた。考えて考え抜いた上で俺自身で決めた。お前に相談する間もなく話すことになってしまったのはすまないと思っているが…………いいだろう?」
ウィルはジェラールの目を正面から捕らえ、諭すように言った。
いつもの彼らとはまるで反対のようだった。
ウィルのそんな真っ直ぐな瞳にたじろいだジェラールは、観念したように一つ息を吐いた。
「……分かりました。あなたが決めたことに従います。それに、そもそもこんな状況になるまで皆さんのもとから離れられなかった私にも責任がありますから。言わなかったところで、どうせ危険な事には変わりありませんから」
「ああ、そうだな。お前にはいつも迷惑ばかりかけていて悪いな………じゃあ皆、聞いてくれるか?」
そう言うとウィルは、左手の親指にはまっていた指輪を引き抜いた。
そんなおもむろな行動を疑問に思う間もなく、瞬きをした一瞬後のウィルの姿に驚きを隠せなかった。
赤い髪に赤い瞳、その意思を宿した力強い瞳は、幼少期の彼の姿、ウィリアム様の姿と変わっていなかった。
今まで、何故気がつかなかったのだろう。
そもそも、ウィルはどんな容姿をしていたんだっけ?
「……その姿は、エクソシス王国の第三王子ウィリアム・エドモンド様ですか?」
唖然とする一同の中、真っ先に口を開いたのがコンドラッドだった。
最近まで王宮にいたコンドラッドは彼の姿を見たことがあったのだろう。
コンドラッドは目を見開いて、驚きの色を浮かべていた。でも、それも当然だろう。こんな身近なところに一国の王子がいるなんて普通は思わない。
コンドラッドの言葉にさらに皆が驚いていた。
……やっぱりそうだったんだ。
私の中ではそんな気持ちが広がっていた。
そして、その他に面倒な感情は持っていなかった。
それは自分の中の彼への想いにきちんと折り合いをつけていたから。
だから、ウィルがウィリアム様だと分かっても、思っていたよりも動揺することはなかった。
もし、昔の自分のままだったら、正体を明かした彼と関わることもできずに逃げ出していただろう。
だけど今の私には、その事実を伝えられても大丈夫だった。
彼を彼として受け入れられたから。
「ああ、俺はウィリアム・エドモンドだ。コンドラッドの言う通り、エクソシス王国の第三王子だ。だが、かしこまることはない。俺はそのために正体を示したわけではないのだから。以前と同じようにウィルと呼んでくれ」
そう言って少し困ったように笑ったウィリアム様に、エルザがほっと肩の力を抜いた。
王宮に仕えていたキースとコンドラッドはともかく、貴族やましてや王家の人々にすらほとんど関わりの無いエルザはがちがちに緊張していた。
だから、ウィリアム様がそう言ってくれたことでやっと緊張が解けたようだった。
「まあ、君がどんな立場だってウィルはウィルだからね。いろんな姿を見てきたわけだし。今更、かしこまれないよー」
キースがそんな風ににやにやと笑いながらウィリアム様の肩に手を置いた。
確かに、キースはウィリアム様を散々からかってきてたしね。
ウィリアム様は自分で言った言葉ではあるものの、またからかうようなキースの態度に少しうんざりしたようにキースの手を払う。
そんないつも通りの二人のやり取りで、緊迫しそうだった場の雰囲気が和らいだのだった。




