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「待たせてごめんね。自己紹介もまだだった。でも、こんなところで立ち話もなんだし、さあ入った入った」
一段落付くと、その青年は私たちに向き直り家の中へと招き入れた。
家の外見は植物に覆われていて廃墟のようにも見えていたが、中は意外と綺麗で普通な作りになっていた。カモフラージュの一種なのかもしれない。まあ、棚には魔法道具屋にありそうな見たこともない不思議なものが所狭しと並べられていたけれど、それ以外は。
この人もキースの友人であるくらいだから、魔法道具に詳しいのかもしれない。
私たちが中に入り、1人暮らししているだろう家に何故かあった人数分の椅子にそれぞれが座り、いつの間に入れてきたのかその青年がお茶を配ったところで話が始まった。
「もうキースから聞いているかもしれないけど、改めて自己紹介させてもらうね。僕はコンドラッド・ノーサム。キースとは昔からの腐れ縁でね。まあ、元同僚とも言えなくないかな」
「コンドラッドは魔法の研究者だったんだ。前にも話したけど、俺の命の恩人でもある。コンドラッドほど魔法研究に熱心な奴は見たことがない。こいつの知識と魔法の術式については信頼を置いているんだ。どうせコンドラッドのことだから今は悪魔の研究をしているんだろうと思って、彼を訪ねることにしたんだ」
「僕が悪魔の研究をしているってよく分かったね。僕は気になったことはとことん調べないと気が済まないたちなんだ。まあ、悪魔のことについて調べていたのは単に興味が湧いただけというわけでもないんだけどね」
そう言ってノーサムさんはキースに優しそうな視線を向けていた。
きっと、キースのことを救いたいと自分に出来ることをしようと思って悪魔の研究を始めたんだろう。
キースはそれに気がついているのかいないのか。
いつも自分一人で何とかしようとしているけれど、キースのことを思っている人はちゃんといた。
“ノーサムさんは悪魔についてどこまでのことが研究できたんですか?”
私はそんな視線に気がつき、ノーサムさんに好感をもった。だから思わずいつも皆に話すみたいに話しかけてしまった。
でも、尋ねてから気づく。キースの魔法道具を持っていなければ私の声は聞こえないんだった。
当然、私の言葉にノーサムさんは返すことなく視線を向けた私に視線を返して私の事をじっと見ていた。
「ちょっと、コンドラッド。聞こえているんだろう?俺がさっき渡した魔法道具はリュカの言葉を聞こえるようにする機能もあるんだから。何を黙っているんだ?」
「す……すごいじゃないか!君の声が頭の中に聞こえてくるよ。なるほど。これはキースが連絡するときに使ってきた魔法道具を応用したものなんだね。あれは音になった信号を組み替えて魔力にして飛ばす仕組みだったけど、これは音になる前に君の脳から出された信号を音として読み取り、そのまま魔法道具を介して他の人に伝えているんだね。この理論はもっと他のことにも応用出来るかもしれないな。例えば、動物の考えていることが分かったり。待てよ。それだけじゃなくて、脳の信号を擬似的に作れば意思に関係なく身体を動かすことも出来るようになるんじゃないか。それに………」
「おい、コンドラッド。今はそれくらいにして、本題に入ってくれないか」
私の心配はキースの気遣いのおかげで不要だったみたいだ。
黙って私の事を見ていたノーサムさんは一度口を開いたかと思うと、目を輝かせて私の言葉に反応してそんな風に休む間もなく話し始めた。
でも、それは私に話しているわけではなくて一人で口に出しながら考えているようだった。
終わりそうにない独り言を私たちはあっけにとられて見ていたが、その様子を見ていたキースが呆れたように口を挟んだ。
何か懐かしそうに友人を見るキースからかつてもこんなことがあったんだなと感じさせられる。
コンドラッドはキースの注意にはっとしたように口を噤むと、咳払いを一つして盛大に逸れた話題を戻した。
「こほん、ごめんごめん。どうにも魔法道具には昔から目がなくって。キースと親しくなったのも魔法道具があったからだしね。そうだ、僕のことはコンドラッドでいいよ。敬称もいらない。せっかくのキースの友人とは距離を縮めたいからさ。それで、悪魔のことについてか。そうだね、実はほとんど分かっていないんだ」
「え………?」
コンドラッドはあっけらかんとそう言った。
その言葉に私たち一同は固まった。
遠路はるばるこんな山道をかけて訪ねて来たというのに、何の情報も得られないのか。
キースが最後の望みというように考えていただろうに。
私たちは目に見えて落胆していたことだろう。
そんな私たちの様子を見ていたコンドラッドが慌てたように言葉を付け加えた。
「おっと、言葉が悪かったね。ほとんど分からないっていう事は、逆にあることを導き出す手がかりにもなっているんだよ。僕はキースがいなくなってから12年、通常の業務の間にあらゆる文献や古文書、遺跡を研究してきたんだ。多分、悪魔のことについて一番精通している人間だと思うよ。そんな僕でも、悪魔が何なのか確固たる正体は掴めなかったんだ。だけど、このことでひとつだけはっきりしたことがある」
一度言葉を切り、真剣な表情をしたコンドラッドの口から信じられない様な事実が語られた。
「エクソシス王国の王宮には悪魔が潜んでいるということがね」




