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59.第三王子の想い人(3)

 


 そんなことがあってからしばらくして、久しぶりに国王であり多忙な父上とゆっくりと話す機会があった。

 忙しくなってから父上とはほとんど一緒にはいられないけれど、もうだだをこねるような歳ではなかったし、それに最近はあいつがいるからさみしいと思うようなことも少なくなっていた。

 だが、憧れである父上と話が出来ることは嬉しいことだった。


「そうだ、ウィリアム。お前にもそろそろ気になる相手が出てきたんじゃないのか?」


 剣術の事を話していた父上が急に話題を変えてそんなことを言ってきた。

 突然のことで、俺はあいつの顔が浮かび取り繕うことも出来ずに動揺していたように思う。 そんな俺の態度を見た聡明な父上に俺が何を考えたかバレないはずもなく、そして何故か納得するような顔をした。


「そうかそうか。そういうことだったんだな。お前にもそんな風に思える相手がやっと出来たのか。良いことだ。だったら、あのことをお前にも教えないといかんなあ」


 俺の頭をたくましく大きな手で撫でると嬉しそうにそう言った。

 そして、王家の人々に伝わるあの話を俺に聞かせてくれたのだった。




 青空が広がる天気が良い日、俺は今日も教師の授業をサボり剣の稽古をやりに外に行くこともなく図書室へと向かった。


「おはようございます」


「ああ、おはよう」


 俺の姿を認めるとあいつはいつも優しい声音で挨拶をしてくれる。

 最初の方は俺に対して随分と緊張していた様だったが、俺が図書室に通い何度も合っているうちに大分打ち解けてきたようにみえる。

 いつも大きな物音にすら気がつかないくらいに熱中して本を読んでいるというのに、俺が図書室に入ってきたときには必ずその笑顔を向けてくれる。

 本にすら嫉妬していた俺は、今度はあいつの意識を俺の方が奪えていると本にすら優越感を抱いているのだから相当に重傷だと自覚している。


 挨拶を返した俺は適当な本とある図鑑をとっていつもの席に座った。

 そして何気なさを装ってその図鑑を開いて眺めると、俺はあいつにふと思いついたように質問した。


「お前、こっちとこっちの宝玉ならどっちの方が良いと思うか?」


「青い宝玉は空や海のような清々しさと広大さを思い浮かべさせられ、赤い宝玉は炎や太陽の暖かさと情熱を感じられますね」


 俺が指さした青い宝玉と赤い宝玉の印刷を真剣そうに見てあいつはそう答えた。

 最近、俺たちはただ一緒に読書するだけでなく、読んだ本の感想を言い合ったり、意見を聞いたりしている。

 それが、1人で本を読むだけでは味わえない楽しさだろう。

 だが、今回はそういう体を装いつつもそれが目的ではなかった。

 本を読んでいて気になったら尋ねたのではなく、あいつが何が好きかを尋ねるために本を開いたのだった。

 あいつに贈るペンダントの宝玉を決めるために。


 王家の人々は皆、大切な人物、伴侶となる人物にとあるものを贈っていた。それが、宝玉のペンダントだ。

 そして、それは歴代の国王達も例に漏れず、王妃となる人物に贈っていたという。父上も母上に若い頃に贈ったのだと言っていた。

 そして、その宝玉は一般的なものではなく特別に作られたものだ。贈る人物の魔力を魔石として宝玉の中に組み込んだ作りをしており、この世に二つとない宝玉となる。

 それだけ、贈る人物の事を思っているという証明にもなるのだ。

 そのことは王家に関わる人々の間では暗黙の了解となっているが、無用なトラブルを避けるため公には知らされていない。

 俺も母上が時々宝玉のついたペンダントをしているのは見たことがあったが、父上に聞いてその時初めてそのことを知ったのだった。


 そして俺は父上にその話を聞いてすぐにペンダントの作製に取りかかった。ペンダントの宝玉は好きに選べるという。

 どうせだったらあいつの好きなものを贈りたいと思うのは当然だろう。

 まあ自分でも少々苦しい不自然な質問だったとは思うが、あいつはいつもの意見交換だと思ってくれたようだ。


「それで、どっちが良いんだ?」


「どちらもとても素敵ですが、私は赤い宝玉の方が魅力的に感じます」


「そうか、赤か。参考にする」


 赤。赤か。赤い宝玉のペンダントだな。


 俺は忘れないように頭の中で何度も繰り返し、それに加えてしっかりと手帳にメモをした。

 そして、はやる気持ちをなんとか押さえ平常心に見えるように再び本に目を落とした。

 心中は穏やかではなかったが、気がつかれない様にあいつの好きな宝玉をプレゼントして驚かせたいと思い、普段通りに読書にいそしむこととした。

 まあ、内容は全く頭の中には入ってこなかったんだが。




 数日後、やっと宝玉のペンダントが完成した。

 この宝玉には俺の魔力が組み込まれているのと同時に、贈った相手を記憶し、その人物のためだけに輝き続けるという機能を持っている。まるで、独占欲の塊みたいだな。

 俺はそんなことを思いながら、小さな箱に入れたそれをポケットに忍ばせ、いつになく緊張した気持ちで図書室へと向かったのだった。




 いつもの席に座った俺は平常心を保とうと本を読んでいるのだが、こんな気持ちではやはり全く頭に入ってこない。

 それどころか、本を意味もなく開いたり閉じたりするという落ち着きのない行動をしてしまっていた。

 いつ渡そうかとタイミングを計るためにあいつのことを見ると、不意に顔を上げたあいつと目が合い、思わず逸らしてしまった。

 自分でも不審に思われるような行動しかしていないことは分かっていた。


「ふーーーーーーーーー」


 俺は大きく息をはき、ようやく覚悟を決めた。

 これ以上考えたところで時間の無駄だ。

 今こそが、最善のタイミングだ。


「これをお前にやる」


 俺は短い言葉と共にあいつにポケットに入っていた小さな箱を取り出し、ずいっというように手渡した。


 ………違う!こうじゃない!


 こんな風に渡すつもりではなかった。

 もっとちゃんと用意していた言葉があったというのに。

 あいつと話すときはいつも変に緊張してしまい、思っていることと違うことが口から出てしまったり、高圧的な言い方になってしまうときがある。

 こんな時にまでそんな俺の悪い癖が出てしまうなんて。

 本当はこの俺の中にある気持ちを伝えるのと一緒に渡そうと思っていたのに。

 突然俺から箱を渡されたことに戸惑うあいつにとにかく開けてくれと視線で促した。


「……わあ、きれい」


 そんな最悪な渡し方だったというのに、箱を開けその中身を見たあいつは満面の笑みを浮かべた。

 そして、ペンダントを手に取り自分の首へとつけてくれた。


「……っっ!!」


 その瞬間、俺の胸にあいつの優しい温もりが伝わってきたような感覚がした。

 まるで心と心がつながっているようなそんな心地良い感覚が。

 俺は思わず自分の胸を押さえた。


「ウィリアム様!!大丈夫ですか?どこかお身体の調子が悪かったんですか?」


「あ、体調が悪いわけではなくて……いや、調子が悪いと言うことは確かだな」


 奇妙な行動ばかり取る俺に、あいつはついに心配が勝ったようだった。

 体調が悪いわけでも何かの病気であるわけでもない。

 だが、お前という病にいつも調子を崩されっぱなしだなどと、詩人めいた恥ずかしいことを考えてしまっていた。

 本当に俺はあいつに心まで満たされてしまっているんだな。

 まあ、口ではそんなことどころか普通に気持ちを伝える事も出来ないのだけれど。


「心配することはない。大丈夫だ。だが、今日は用事があるから先に帰らせてもらう」


 俺がそんなことを考えている間に、とうとう不安げに俯きだしたあいつをこれ以上心配させてはいけないと思い、今日のところはこれで帰ることにした。

 またここに来れば会えるのだからゆっくり伝えていけば良い。

 あいつの肩をぽんと叩くと俺は扉へと向かっていった。

 そして図書館から出る直前、いつものように振り返り「またな」と手を振ったのだった。


 しかし、その“また”の約束は果たされる日が来ることはなく、その日が俺があいつに会った最後の日となった。




 ***




 “ウィル、本当に大丈夫?僕も持つから無理しないでね”


 隣を歩くリュカが心配そうに俺に声をかけてきた。

 つい昔のことを思い出してしまっていた俺は気がそぞろになっていたようだ。


「あ……いや、大丈夫だ。少し考え事をしていただけだから」


 今更、過去のことをどうこうと考えたところで意味はない。

 時折、さみしそうな笑顔を見せていたあいつを放っておいてはいけなかったと、今になって後悔してももう遅い。

 だが、どうしてもあの時こうしていれば未来は違っていたのかもしれないと考えずにはいられない。

 辛い記憶となっていた昔のあいつのことをこんなにも鮮明に思い出したのは何故だろうか。

 リュカに俺が気持ちを伝え続けている理由を聞かれたということもあるが……


 ああ、そうか。似ていたんだ。

 あいつのさみしそうな笑顔とリュカが見せる笑顔が。

 どこかへいなくなってしまう予兆のようなその表情を見て、心の中の記憶が訴えかけていたのかもしれない。

 決して手を離してはいけないと。


 過去は変えることは出来ないけれど、未来はこれから作っていくことが出来る。

 だから、俺はもう後悔しないように今、出来ることは全てやりきることにした。

 自分の気持ちをすぐに伝えることにした。

 そうやってあれから過ごしてきた。




「ジェラールも軽々と持っているだろう。俺もこれくらい男として持てなければならないからな」


 本気で心配し始めたリュカを安心させるためにも俺は気を引き締める意味でもそう言った。

 男らしくない弱々しいところなんて見せたくないからな。

 しかし、そんな俺の言葉にリュカはきょとんとした意外な顔をしていた。


 “別にジェラールが1人で持ってるからってウィルも同じように持てなくても良いんじゃないかな?人には得手不得手ってものがあるんだし。ウィルは強力な魔法の力を持ってるんだから十分すごいよ。だから、ここからは僕が持つのを変わるから、そばに行ってエルザを守ってきなよ!”


 リュカはそう言うと俺の手から袋を奪い、ジェラールの近くへと歩いて行った。

 俺がエルザと2人になれるように気を遣ってくれたのだろう。

 だが、俺はリュカの言った言葉に気を取られていて、袋を運ぶ役目を変わられたことに為すがままになって呆然と立ち尽くしてしまっていた。


 人には得手不得手がある。


 いつの日か、あいつも似たような事を言っていた。

 俺の心が救われたその言葉を。


 俺は無意識にも昔のあいつの姿をエルザではなく、リュカに重ねていた。




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