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「おお!!これがダンジョンか!思ったよりも小さいがなかなかのものじゃないか!」


「ウィル、だから浮かれるのはやめなさいと散々言っているではないですか。はぁ……」


 目の前にそびえ立つ見上げるほどの大きな塔にウィルは目を輝かせながらそう叫んだ。

 その様子をジェラールはいつものように注意するが半場諦めたようにため息をついた。

 この光景は何度も見たような気がするけど、これからも見ることになりそうだななどと思った。

 ウィルはあれでいてやるときはきちんとやる人だから心配しなくても大丈夫だろう。


「この緑のダンジョンは中程度のダンジョンだからね。世界最大のダンジョンはこの3倍以上あると思うよ。でも、ここは植物系のダンジョンで珍しい魔物に会えるかもしれないから楽しみにしておくと良いよ」


「……まったく、キースさんあなたまで。遊びに来たのではないんですよ?」


「あら、ジェラール。そんなことをこの2人に言ってもどうせ無駄なことはわかっているでしょう?いちいち気にしてたら身が持たないわよ」


「私も言ってもあまり効果が無いことは分かっているのですが性分ですのでついつい気にしてしまうんですよ。この2人が落ち着いてくれるのが先か私の身が堪えるのが先か。死活問題ですね」


 そんな風に言うジェラールも以前よりも雰囲気が柔らかくなったようにも感じる。

 この2人に気がつかないうちに毒されているようにみえる。ジェラールの肩の力が完全に抜けるのも時間の問題かもしれない。


「でも、結局ウィルはリュカの声が今も聞こえないままなのは残念よね。今までずっと声が聞こえずに過ごしていたから普通に戦えるとは思うけど。一度出来たことが出来なくなることって、最初から出来なかったことよりも不便に感じるものなのね」


「うーん、ウィルとリュカの波長を何とか合わせられるか調節してみたんだけどね。無理矢理合わせることも出来なくもないんだけど、身体に負担がかかるかもしれないからやめておいたんだ。例え声が聞こえなくったって僕たちはけっこう連携できていると思うし。まあ、そのうちまた聞こえるようになるさ」


 エルザは戦闘経験はあまりない。ガブリエルと共に3人で旅をしていたときもほとんど私とガブリエルが魔獣や盗賊と戦っていたからだ。

 エルザは自衛のための戦闘力くらいしかない。女性として生活していく上では旅をしていると言っても街に滞在する期間のほうが長いのであまり戦闘力を必要としないのだ。

 だから、ダンジョンに入ることを怖いと思っているのかもしれない。

 でも、ダンジョンを見上げながら不安げにそう呟いたエルザにキースは軽く答えた。

 適当にも聞こえるその返しは私のためについてくれた少しの嘘だ。

 キースに嘘をつかせてしまっていることを申し訳ないと思いながらも、私はその優しさに甘えている。

 この魔法道具は私の伝えたいという気持ちを発動条件とした魔法式を組み込んでいるのだがそれを変えることも出来る。ただ単に、音としての言葉を聞こえさせることも出来る。

 だが、それは根本的な問題の解決にならない。だから私はその方法を選ばずにまだウィルに声を伝えられないままだった。


 私はペンを取り出し紙に文字を綴った。


 “もし怖いんだったらエルザは待っていても大丈夫だよ。僕たちで行ってくるから”


「そんなことないわ!私も一緒に行くに決まってるでしょ。足手まといにだけはならないようにするって言ってるじゃない」


 “足でまといだなんて。誰もそんなこと思ってないよ。ウィルなんてエルザがいるともっと強くなれるって言ってたしね”


 またエルザのウィルに対する意識が上がるようにさりげなくフォローを入れた。私に出来るのはこれくらいしかないから。

 それと、今はキースの魔法道具は使用せずに筆談で会話をしている。ウィルが1人だけ聞こえないのに話すこと何て出来ない。

 今まで長い間そうしてきたんだから何の問題もない。キースにはせっかく作ってくれた魔法道具を使わないなんて申し訳なく思うけど。


「ふーん、そうなのかしら……。そんなことよりも、時間がもったいないから早く入りましょうよ」


 私を見つめるエルザの目に一瞬悲しみの色が浮かび揺れた気がした。

 でも、気のせいだったのかもしれない。

 瞬きした後のエルザの目にはいつもと同じ明るい未来を見るような澄んだ目をしていたから。




 ダンジョンはさすが緑と呼ばれているだけあって建物の中でも植物が青々と茂っていた。

 見たこともないような花や貴重でなかなか見つからない薬草が至る所に自生していた。

 いつもだったらそんな植物たちを余すことなく採集するんだけど、今回はしようとはしなかった。

 私とウィルが先頭を歩き、その後ろにエルザを挟むようにしてジェラールとキースがいる。

 危険なダンジョンの中で先導する私が隊列を崩すような行動をするわけにはいかない。

 それに、ハービュランタから出てきたばかりなので必要な薬草は十分に足りているということもある。


「リュカ、今回は薬草をとらなくてもいいのか?俺には植物のことはよく分からないが、キースがこのダンジョンには珍しいものがあるといっていただろう?」


 隣を歩くウィルが話しかけてきた。前回の旅では自生している薬草を採りつつ進んでいたから私がそういった薬草を集めていることを知っていたから疑問に思ったのかもしれない。今回は取らなくていいという意味を込めて頷いた。


「もし遠慮しているなら問題は無いぞ。ダンジョンも入ってまだ深くはないし、何よりも俺たちがいるではないか。心配しなくていいだろう!」


 ウィルが自信に満ちた表情で言う。確かにウィルもいるし、それだけではなくキースやジェラールだっている。私が単独行動をしたところで危険はそれほど無いのかもしれない。

 でも、本当は私が薬草の採集をしようと思わなかった理由はそれだけではなかった。

 それは私にそんな気も起きないほどに気持ちに余裕がなかったからだ。

 どうしたらウィルに声を伝えられるようになるんだろう。

 周りには気がつかれないように普段と同じように振る舞いながらも、この数日間、ずっとそのことばかりを考えていた。


 “ありがとう。でも、大丈夫だよ。ハーブュランタに行ってきたばかりだからストックは足りているんだ。あまり荷物を増やしすぎるのも良くないからね”


 私は静かに首を振りながら、そう紙に綴った。

 本当はいつ危険な状況になるか分からない状況の中で筆談なんて事をするのは良くないんだけど、頑なに断りすぎて皆を信用していないと誤解されたくはなかったから。

 私はウィルに紙を渡しながら周囲にさらに警戒した。


「……そうか」


 そう呟くように返事をしたウィルはどこかさみしそうだったが、私はその時の彼の表情を見てはいなかった。




 しばらく進んでいると隣を歩くウィルが立ち止まり前方を警戒した。魔物の気配だ。それほど強い魔力は感じられないが油断は禁物だ。

 そして私たちの前に現れた魔物は3体。さすが植物系のダンジョンだけあって、その魔物は腕が枝になっていたり、頭に花が咲いていたりと見たこともないような魔物だった。

 先手必勝というように魔物が攻撃してくる前にこちらから攻撃する。知らない魔物はどんな魔法を使ってくるのか分からないので攻撃をさせない方がいい。ウィルが先に一体目に剣で攻撃を入れる。やはり戦闘力はあまり高くないのだろう。攻撃をしてくる気配もなく動かなくなる。その様子を横目で確認しながら私は2体目を攻撃した。3体目にはキースが向かっていく。

 私は魔物の急所であろう部分を一突きにし霧散させた。後はキースの対峙する魔物だけだ。

 この分なら安心だろうと思った矢先、わずかではあるがウィルの方から何かの魔法が発動するような気配がした。

 殺気ではないその気配は魔力に敏感な私や魔法道具に従事したキースでなければ気がつかない程度のものだろう。

 でも、戦闘中のキースは気がついていない。

 伝えられるのは私だけだ。


 危ない!!


 そう叫びたかった。

 心の中ではそう叫んだ。

 でも、その声はウィルには伝わらない。

 こんなにも声が出てほしいと思ったことはない。

 それでも、私はどうやっても出すことが出来ない。


 ――――――トンッ


 だから私は何も言わずにウィルを魔法の発動範囲から突き出した。

 そのせいで自分がそれに入ってしまっても。


 本格的に発動を始めた魔法の中で、自分がどんなことになるか分からない状況であったけれども後悔は全くなかった。

 ウィルを助けられたことにただ安堵して目を閉じたのだった。





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