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キースの提案を全員一致で受け入れたのは当たり前のことだ。キースが何年もかけて悪魔を倒すための準備をしてきていたことが全く通用しなかったのを目の前で見てしまっていたので、これからどうしていくのか心配だったがキースを、私たちを助けてくれる人物がいることに安心した。他力本願なことは決して良いこととは言えないが、キースを取ってみればそれは良い方向に変わってきたといえるだろう。
キースのこれまでの行動や、何年も1人で悪魔と対戦しようとしていたことから見ても、キースは他人を信用して他人の力を借りようとしたことがなかったように思える。そんなキースが人を頼るということをし始めたのだから。キースはそのことを直接言いはしないが申し訳ないと思っているのだろうが、私たちとしてはキースに頼って貰えたことを嬉しく思っている。きっと、これからキースと共に会いに行く人物もキースが自分を頼って会いに来ることを嬉しいと思うに違いない。
キースはその人物と連絡を取るのには少し時間がかかると言っていた。その間に私たちはそれぞれ出発の準備をすることにした。
「リュカ、ちょっといいかな」
一時解散ということでそれぞれが準備を勧めようとその場を離れようとしたとき、キースが私を呼び止めた。
“キース、どうしたの?手伝えることがあるなら何でもするよ”
「ありがとう、頼りにしてるよ。それじゃあ早速なんだけど、この魔法道具も使ってみて欲しいんだ。この魔法道具の前段階で作ってた試作品なんだけど、これは声として伝えたい言葉を発するときに脳から出る指令を感じ取って音に変換できる。でも、うまく指令の変換が出来なくて会話をするレベルにはいかなかった失敗作だ。だから、音にするのは諦めて言葉を直接伝えるような魔法道具にしたんだよね。失敗作ではあるんだけどもしかしたら、他のことに使えるんじゃないかと思ってね」
キースはこの魔法道具といいながら、自身の耳に付いたピアス型の魔法道具を触った。その魔法道具でさえ見たことも無いような凄い技術で作られているというのにさらに高度な魔法道具を作ろうとしていたとはもはや私の予測はつかない。果たして今度はどんなことをしてくれると言うのだろうか。
「細かい原理の説明とかはまた今度にして結論から言うと、もしかしたらこの魔法道具で君が魔法を使えるようになるんじゃないかと思うんだ」
“え?今までも、魔法道具でだったら魔法を使うことは出来てたけど?”
「うーんと、そうじゃなくて、君は声が出せないから魔法の発動条件である言霊をつくれなくて魔法が使えないだろう。だから、この魔法道具が言霊の代わりとして音を発してくれるから魔法が発動するかもしれないと俺は考えた。どうせ君の事だから、簡単な魔法の術式くらいは覚えてるんでしょ?」
そういってキースが渡してきたのはチョーカー型の魔法道具だった。脳から声帯へと伝わった指令を受信するためにのどに当たるようになっていると渡すときにキースは言った。キースは魔法が使えると断定はしていないが、その表情には確信の色が見える。キースは魔法を使えない私が術式を知っていると普通に思ってるみたいだけど、私のことがどう見えているんだろう。まあ、簡単な術式だけでなくて複雑な術式や高度な術式なんかも婚約者候補時代に図書室で読みあさっていたから知ってるんだけどね。
魔法なんて使う機会が無かったし、1人で発動させてみる勇気も無かったから一度も魔法道具以外で発動させたことは無い。正直、今、魔法を使えるか試してみることも少し怖い。
でも、これからのことを考えると、魔法が使えるようになるに越したことはない。私は魔法を使う気も無かったのに無駄とまで言える魔法の術式の知識が頭の中に入っているし、人よりも豊富な魔力も持っているので、言霊さえ発生出来れば皆の役に立てるのではないだろうか。
それに今は1人では無い。キースがいるし、それにエルザだってウィルだってジェラールだっている。そう考えると途端に勇気が湧いてきた。私はそのチョーカーを首に巻いた。
“じゃあ、やってみるね”
「うん。お願い。……不安になることはないよ。いざとなれば俺もいるし、君ならきっと大丈夫だ」
恥ずかしいことにキースには私が魔法を使うことに怖じ気づいているのがバレていたみたいだ。でも、キースのその言葉に不安は少し和らいだ。私は覚悟を決めて手のひらを上に向けて両手を合わせ前に出した。
ウォーター
実際には声は出ないけれど声を出そうとするようにそう呟いた。まずは簡単な水を何も無いところに発生させる魔法を使ってみようと思った。
するとそれと同時にチョーカーからポーンというような優しい音が鳴った。そしてゆっくりと私の手の中に水がたまっていった。
生活の中で魔法に触れないことは無い。でも、まるで初めて魔法を見たかのような感動が私の中にわいてきた。自分で魔法を使うのってこんな感覚だったんだ。使いもしないのにあんなに魔法の術式を覚えていたのは、自分でも無意識のうちに魔法に憧れを持っていたからなのかもしれない。一生魔法を使えるようになることなんてないと思っていたから、キースには本当に感謝しなければならない。
そんなことを考えながらキースにお礼を言おうとしたが、私は固まった。私の手からわき出る水が止まらないのだ。どうにかしないと部屋が水浸しになってしまう。私は目に見えて焦っていたと思う。すると、目の前でそれを見ていたキースがくすりと笑い私に近づいて来た。
そして、私の指先に口をつけ、その水を手ずから飲んだのだった。
私は突然の出来事のあまりの衝撃に、水が手にたまっていることも忘れて勢いよく腕を引っ込めた。
「良かった、成功だ。なかなかに上質な水じゃないか。ごちそうさま」
“な、なにしてるの、キース!もし危険なものだったらどうするの!”
「君が意味もなくそんなものを作ろうとしないことは知っているさ。それよりも水、止まったんだから良かったじゃないか。魔法の発動を止めるときは自分の魔力の供給を止めるように意識するといいよ」
キースにそう言われて、魔法の発動が止まっていることに気がついた。辺りが水で濡れているということもないのでキースが無効化魔法でなんとかしたのかもしれない。いたずらっぽく笑いながらもやることはしっかりとやっているキースに何も言い返せない。
出会ってすぐの頃からキースはスキンシップが多かったのでこんな行動をとるのは彼にとって何でもないことなのだろうけど、指先に口づけられたことに少しどきりとした。
そんな気持ちを誤魔化すのも含めて私は怒ったふりをして、今度はちゃんと魔力の量を調節して水を発生させキースにかけたのだった。
まあ、キースは楽しそうに笑いながらいとも簡単に防いでしまったんだけどね。
あの後、その他の初歩魔法や少し高度な魔法も発動させてみて、魔法に大分慣れた。練習に付き合ってくれたキースにも本当に感謝だ。例の人物と連絡を取らなければというキースと別れ、私は自分たちの部屋に戻った。出発の準備といっても、もともと旅立とうとしていたので薬の材料などはほとんど揃っている。後はキースの治療に少し使った分を補充すれば良さそうだ。
鞄を開いて道具や薬草を確認していると、チチチ……と鳴き声をならしながら窓枠に1羽の小鳥がとまった。茶色のその小鳥はこの街ではよく見かける種類だ。せっかく来たのだから何か小鳥のえさになるものをあげようかなと捜しながら、私はある誘惑的なことを思いついてしまった。なまじ出来ることが増えると欲が出てしまうものだ。特殊な魔法として動物と意識を同期させて、その個体の視覚や聴覚などの感覚を感じ取ることが出来る魔法がある。私はそれを試してみたいと思った。鳥が大空に羽ばたくような感覚を味わってみたいというのは、多くの人が一度は思うことだろう。
シンクロナイズ
私は小鳥に手をかざし、そう唱えた。目を閉じると目の前に私自身の姿が映る。その小鳥が見ている風景だろう。何とも不思議な感覚だが同期は成功だ。そして小鳥は部屋の中から外へと身体の向きを変えると飛び立ったのだった。
身体を突き抜ける風が気持ちいい。時折、落下するような感覚にびくりとしていたが慣れると安全なことが分かったので純粋に飛行を楽しめてきた。生まれ変わったら鳥になりたいという人がいるけど、こんな風に自由に空を飛べるようになるんだったら私もそれに同感だな。しばらく飛行していると、小鳥は下降し宿の裏にある木の幹へと止まり羽を休めたのだった。十分楽しめたし今回はこれくらいにしておこうかな。そう思い魔法を解除しようとしたとき、木下から人の話し声が聞こえてきた。聞いたことのある声だと思っていると、小鳥もそれに気がついたのかそちらに視線を向けた。やはりそこにいたのは私が知っている人物のウィルとジェラールだった。
「最近、エルザさんとの関係の進展はどうなんですか?」
「どうもこうも色々あってなかなか進められているわけないだろう」
どうやら恋愛相談をしているみたいだ。そういえば出会った頃は見かけるたびにエルザに相当なアプローチをしていたというのに最近はそこまででもないような気がする。自然な関係になったともいえるけど、ウィルはもう少し頑張らないとあのエルザは落とせないだろうな。私もジェラールに協力すると言った手前、エルザの関心がウィルに向くようになんとかしないといけないかも。
そんなことを考えながら2人の会話を聞いていたのだが、何やらただの恋愛相談とはいえないような雰囲気であることに気がついた。色恋の浮ついた雰囲気などはそこには何処にもなく2人とも深刻な表情をしていたのだ。
「……そんなことが言い訳になると思っているんですか?今回の旅で絶対に受け入れて貰えるようにして下さい」
「分かっている。だが、本当にエルザは俺と一緒になったとして幸せなんだろうか?」
「は?あなたは今更何を言っているんですか?彼女はあなたに必要な人なんですよ。必ずあなたと一緒にならなければいけない。あなたが幸せにするんです。自分の重要な立場を忘れているんじゃないでしょうね、ウィル……いえ、ウィリアム王子。エクソシス王国の第三王子としての自覚を、使命をしっかりと認識し直しなさい!」
………え?
今、ジェラールはなんと言ったの?
耳を疑うような言葉に私は無意識のうちに同期を解除しており、誰もいない部屋の中に1人佇んでいた。きっと聞き間違いだ。そうに違いない。だってそんなことあり得ないから。
あのウィルが私がエリザベートを捨てるきっかけとなった元婚約者のウィリアム王子だなんて。
そんなことは………信じない。




