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 全て話し終わったキースは私の返事を見るとそれに答える前に糸が切れたように眠りについてしまった。

 いくら傷が塞がっているとはいえ病み上がりも良いところに、あのような話をさせてしまったのはキースに大きな負担になっていたのだろう。

 今は静かに休ませてあげることが最優先だ。

 私たちはキースを一人部屋に残し、その日はそれぞれの部屋へと帰っていった。


 しかし翌朝、私が傷口の様子を見ようとキースが寝ている部屋を訪ねるとそこには誰もいなかった。

 荷物も何もかもなくなっているその場所を見て、ちょっと散歩に出掛けたなどという悠長な状況でないことは確かだった。

 嫌な予感がする。

 階段を駆け下り、宿の外に出て見回して見るもすでにキースの姿はなかった。


「え?そのお兄さんなら、他の人たちによろしくと言って明け方に出て行かれましたよ。迷惑料とかいってお代も多くいただいてしまいました。怪我、治って良かったですね」


 たまたまそこで庭の掃除をしていた宿屋の娘に尋ねるとそんななんともない返事が返ってきた。

 自然に違和感なく、キースは私たちの元から去って行ったのだ。

 キースの怪我は傍目から見ても重傷だと言うことが分かるようなものだったが、治癒魔法を使えば治せないものでもない。

 この子はキースの特殊な体質を知らないので、普通に歩いているキースを見てそう思ったのだろう。

 しかし、実際はそうではない。

 キースの傷は血が止まっているとはいえ絶対安静が必要で、いつ傷口が開くか分からない。

 ましてや歩くなど、自殺行為だ。


 いや、彼は自殺行為ではなく自殺そのものをしようとしているのではないか。

 昨日の様子から見るに、そんな気がしてならなかった。

 慌ててそのことを、エルザとウィル、ジェラールにも伝えると全員が顔を曇らせる。

 キースが街の森へと続く門の方向に歩いて行くのを見たという宿屋の娘の言葉を頼りに急いで門に向かうと、門番がキースのことを目撃していた。


「ああ、そいつならここを通ったぞ。どこか開けた場所はないかって聞かれたから、あっちの丘の方に行ったと思うぜ」


 私たちはその門番の指さす方向に向かって走る。

 でも、こんなに順調なことがあって良いのだろうか。

 私たちから姿を消すためにキースがいなくなったのだとしたら、彼なら簡単には見つからないように何か対策をするのではないだろうか。

 キースにそんなことを気に出来ないほどに余裕がなかったのか、それとも他の理由か。

 だが今は他に手がかりが何もないので、進むことしか出来ない。

 そして、予想外にも早くキースを見つけることが出来た。


「……キース!何をしているんだ!!」


 丘の上に半径3メートルはあるだろう巨大な魔方陣が刻まれており、その中央にキースは佇んでいた。

 魔方陣は完成間近なのだろう。

 キースは魔法発動のための最終段階の準備をしているようだった。


「……え?なんで君たち、こんなところに来たの?」


 ウィルの声にキースは作業をやめ、弾かれたようにこちらを向いてそう問いかけた。

 その様子は私たちが来たことに本当に驚いているようだ。

 私はキースのその反応が意外だった。

 キースなら私たちが追いかけてくるということは予想していただろうと思ったのに。

 それを予想していなかったから、キースはこんなにも痕跡を残していたのか。


「そんなの、あなたが心配だったからに決まってるじゃない!!」


「そうだ!そんな怪我で何も言わずにいなくなって、お前のことを探すなと言う方が無理な話だ!!」


 当たり前だというようにエルザとウィルは即答した。

 逆にここまで来てそれ以外の理由の方がある方が珍しいだろう。

 それなのにその答えを聞いてもキースは驚いた表情のままだった。


「そんな、俺のことなんて気にするわけないと思ったのに。君たちに俺は憎まれても良いようなことをしたんだから」


「俺はお前を憎んでなどいない。やりたいことがあるなら言ってみろ。俺が手伝ってやるから」


「そんなこと出来るわけないじゃないか………もう、いいんだ」


 しかしキースは、ウィルの彼を思っての言葉にも耳を貸すことなく受け流す。

 そして、キースは魔方陣の中から私の方に向き直ると言葉を続けた。


「リュカ、俺は君を危険にさらそうとした。そして、今まで出会ってきた多くの人たちにも騙して、奪って最低なことばかりしてきたんだ。悪魔を討伐するという目的のために。でも、それは、俺が生涯をもって準備してきたその方法はあっけなく失敗に終わったんだ。もう俺に出来ることはない。だから、せめてもの償いで死なせてはくれないか?」


 いつもの軽薄さは感じさせない、まっすぐと心からの意思をもった言葉でそう問いかけられた。

 すがるように、許しを請うように。

 だけど私は肯定など出来るはずもなく、静かに首を横に振った。


「ははっ。優しい君ならそう言うと思ってたよ。でも、俺は生き過ぎた。普通、悪魔の種に取り憑かれた人間は3日を待たずに死に至る。悪魔に届けるためにその種には吸収した宿主の魔力が蓄えられているんだけど、俺のには通常とは比べものにならないほどの魔力がその中にあるんだ。これが悪魔の手に渡ったら完全復活することは間違いない。そうなる前に特別な手順を踏んで種を無力化する必要があるんだよ」


 キースは自分の胸を押さえながら私たち4人に説得するように真剣な眼差しで話す。

 種が悪魔の手に渡ってしまうことはなんとしても避けなければいけないことだ。

 キースの行動が最善策なのかもしれないということも分かる。

 だけど、それでも、目の前でキースが死んで行くことを認めるなんて出来ない。

 他の3人も同じ気持ちだからキースをここまで追いかけてきたのだ。

 しかし、私たちよりも早くキースが行動に出た。


「みんな、今まで本当に《ごめんね》」


 キースはみんな(・・・)と言いながらも私のことを見つめ、そして私のことを見ながらも私と私を通り抜けた先にいる人々を見据えていた。

 きっとキースが今まで利用してきた人たち全員に向けての謝罪の言葉なのだろう。

 そして、キースのその言葉によって魔方陣の中が白く輝き始めた。

 魔法発動の引き金となる言霊は自分が引き起こしたい現象のイメージに当てはまるものならどんなものでも良い。

 キースはごめんね(・・・・)という言葉を選んだ。

 自分が犯してきた罪を死を持って償うからという謝罪なのだろうか。




「ふざけるなっ!!」


 キースのそんな不意打ちのような魔法発動に反応出来ずにいたが、それでもいち早く反応した人物がそう叫びながら魔方陣の中に突き進んでいった。

 そして、キースを掴んで魔方陣の外に引きずり出す。

 荒々しく投げ出され尻をついたキースの襟首を掴んでさらに怒鳴った。


「死ぬことで罪を償おうと言うのか!ふざけるな!!そんな虫のいい話はない。本当に悪いと思っているなら、その罪を抱えたまま生きて苦しみ続けろ。罰を受けて生き続けろ!!」


 そうキースに心の底からの叫びを訴えかけた人物は、驚くことにジェラールだった。

 ジェラールはキースのことを良く思ってはいないように見えたのに。

 魔方陣は魔力の源であっただろうキースがいなくなったことで発動は中止され光を失っている。

 しかし、ジェラールが侵入した際は発動し始めだったとはいえ魔法は開始されていた。

 稼働している魔方陣の中に入って行くことなど危険極まりないことだ。

 そんな危険を起こしてまでジェラールはキースを助けに行ったのだ。

 その証拠にジェラールも迫力のある態度ではあるが、どこか顔色が悪くダメージを受けているようだった。


「……何してるんだよ、危ないじゃないか。俺のことなんて放っておいてくれよ。もう罪とか罰とかどうでもいい。俺が………死にたいと思ってるんだから」


 キースは魔方陣の影響からか力なくかすかな声でそう呟いた。

 しかし、私は彼の最後の言葉にためらいが滲んでいたのを聞き逃さなかった。

 そして、彼の瞳には死しか残されていないという絶望だけでなく、わずかながらも生きることへの希望の色が浮かんでいることを見逃さなかった。

 私はその隙に入り込むように、彼の心に問いかけるように質問した。


 “キースは本当はまだ死にたいなんて思ってないよね。何かやり残したことがあるでしょう?”


 彼の目の前にその言葉を持っていくが何の反応もない。

 見えないのか、見ていないのか、見たくないのか。

 キースの瞳にそれは映っているはずなのに空を見つめるように動かない。

 しかし、その停止状態からつうっと彼の頬に一筋の滴が通った。

 その滴の沸き所である瞳は揺らぎ、隠されていた感情を強く表していた。


「………会いたい。……ヒースにもう一度会いたい。俺はヒースを取り戻したいんだ!」


 最初は言葉が口からこぼれるように。

 でも、だんだんと確かめるようにして、最後にはしっかりと自分の意思を含んだ言葉でキースはそう言いきった。

 キースは初めて会った時から、常人とは違うような特別な雰囲気をまとっているようだと思っていた。

 一緒に行動していても私たちとはどこか一線を引いたような存在に感じていた。

 悲しみ、憎しみ、後悔、罪悪感などが心に渦巻き、そんな感情を一人で抱え込んでいたから。

 でも、今はそんなことを感じさせない、涙に感情を表す普通の青年がそこにはいた。

 少しではあるけれど、キースは私たちに心を見せてくれたから。


「なんだ、言えるじゃないか。お前は一人じゃない。俺たちがいるんだからそんなこと簡単なことだ!」


 ウィルがキースの言葉に笑いかけ、堂々とそう言いきる。

 自信に満ちたその姿に毎度のことながら感心してしまう。

 でも、今は私もウィルと同じことを思っていた。

 きっと、エルザもジェラールもそうだろう。



 これから先、何が起こるか分からない。

 生きていても苦しいだけかもしれない。

 でも、一度は死を選んだ私でも生きていて良かったと思った。

 エルザに助けられて、ウィルと出会って、ジェラールとキースと関わって、私だって気がついたのは最近のことだ。

 死ぬ方が良いことなんて絶対にない。

 辛くても苦しくてもその中だからこそ得られるものがある。



 だから私は、私たちは明日へ生きていく。










第一章終了です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

第二章もよろしくお願いします。

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