表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/104

45.魔術師の秘め事(3)

 



 ヒースがいなくなった部屋に取り残された俺は、幸運にも生きながらえた。

 たまたま俺の家に寄った古くからの友人が異変に気づき俺を助けたのだった。

 今は俺の家は住める状態でなく、その友人の家で看病してもらっていた。


「もう、痛みはない?気分は?」


「ああ、大丈夫だよ。違和感は残ってるけど、問題ないよ」


 肩に受けた傷はそれほど深いわけでもなく、致命傷には至らなかった。

 あの化物は俺のことを殺そうとしなかったのかと言うとそういうわけではない。

 あの時放たれた弾丸は植物の種のようなもので、俺の身体に根付きその根を広げている。

 そして地中から養分を吸い取るように、俺から魔力を吸い取って成長し、俺のことを殺そうとしている。

 魔力を失った者は衰弱し、やがて死に陥るのだ。

 それともう一つ、その根が心臓に至ったときにも死を意味している。

 魔力が作られる器官は目に見えないが、心臓のすぐそばにあると考えられている。

 そこから心臓が全身に血液を送るように、魔力を全身へと送り出しているのだ。

 よってその根元を断たれたとき、魔力の供給が完全になくなってしまう。


「何だったんだあいつは。あんな魔物見たことも聞いたことも無い」


「………。ねえ、キース。ちょっとこれを見てみてくれない?」


 自分の出会った魔物にそう言って友人は俺に一冊の古ぼけた本を渡してきた。

 この友人は俺のことをあの種から生かしてくれた人物だ。

 どういう仕組みか、俺の心臓を根が避けて這うように処置を施した。

 俺は魔力コントロールにたけていたので、身体の器官の中で魔力が必要なところに送ることができ、魔力を吸い取られ続けていても衰弱することなく動けていた。

 そんな俺の命の恩人は、魔術の研究者だ。

 既知の魔術の原理を解明したり、未知の魔術を生み出したり、魔物についても研究しているという。

 その彼が俺に「悪魔についての研究」と表紙に書かれた本を神妙な顔で手渡す。

 何かの意味があるのだろうと俺は言われたままに、中を確認した。

 するとそこには、今の俺と同じような症状の人が現れていたのだった。


「え、これって………」


「そう、今のキースの状態に似てると思わない?」


 悪魔は人間の魔力を力の源として生きる。

 直接吸い取る方法と体内で生成された魔力を吸収する物質を弾丸状にして植物のように栄養を吸い取っていく。

 宿主を殺し栄養がとれなくなった後、その種は自動的に天へと飛び出し、悪魔へと回収されていく。

 また、悪魔は人間に乗り移り、身体を乗っ取り、その人物に成り代わる能力を持つ。

 その本にはそんなことが書かれていた。

 確かに似ている。


 しかし、悪魔という存在は童話や物語に出てくるような架空の存在だ。

 こんなオカルト的な話が本当にあるのだろうか。

 無意識のうちに疑うような表情で友人のことを見つめていた。


「まあ、それが一般的な反応だろうね。そんな超自然的存在、いるわけがないってね。上にも掛け合ってみたんだけど、全然取り合ってもらえなかったよ」


 実はあの日からすでに10日ほど経過している。

 目覚めたときには両親の葬儀は終わった後だった。

 俺が目覚めるまでに5日、魔力をコントロールし動けるようになるまで5日かかっている。

 その間にこの友人は、あの化物のことを調べてくれていたのだろう。

 あの化物が本当に悪魔なのだとしたら、大変なことであるので国に知らせようともしたのだろう。


「でも、実際に会ったキースなら本物の悪魔かどうか分かるんじゃない?」


 そう言って友人は俺の手の本をめくり、そこに描かれていた挿絵を指さした。

 まるで黒い影や炎のように形を持たずに不気味に揺らめく、その絵は俺が見たあの化物と全く同じだった。


「悪魔………本当にあの化物は悪魔なのか?悪魔が現れたらどうなるんだ?世界は滅んでしまうのか?」


 おとぎ話で出てくるような悪魔は、凶悪非道で何万という人々を殺めていく。

 そして最終的には世界が滅亡するというシナリオの話もいくつか存在する。

 俺は最悪な未来ばかりを想像した。


「すぐにどうとなるわけでもなさそうだ。現にキースの魔法を受けて弱ったりしたんでしょう?恐らく、封印されていたか消滅しかかっていたものが何かの弾みで復活してしまったんだと思う。まだ完全復活には至ってなくて勢力はそんなに高くはないと思われるよ」


 本物の悪魔を目の当たりにした俺を慰めるように、俺の肩に手を添えて安心させるような根拠を持って話す。

 この友人はいつもそんな風にして人を落ち着けたり、励ましたりする。

 抽象的な言葉じゃなくて明確な理由があった方が納得できるでしょう、と研究者気質な彼は言うが、不器用ながらも相手のことを考えているその態度が効果を出しているのだろう。


「ふっ、ありがとう。励ましてくれて。ということは、その悪魔が完全に復活する前にまた消滅させることが出来れば、問題はないということだよね」


「べ、別に励ましたわけじゃない。そういうこと。悪魔の居場所を突き止めてすぐにでも討伐しに………行……こ………」


「……え?おい、どうしたんだ!しっかり!!」


 突然、何の前触れもなく話していた友人が倒れ込んで気を失った。

 揺り動かしても起きる気配はない。

 しかし呼吸も脈もしっかりとしており、命に別状はなさそうだ。

 俺は冷静さを欠かないように気をつけながら、医者を呼びに走った。





「魔力欠乏症ですね。魔力供給と魔力回復をしておいたので、じきに目を覚ましますよ。では、お大事に」


 診察と治療を終えた医者はそう言って帰って行った。

 医者の診断した症状は何のことはない、よくあるものだった。

 魔力欠乏症は魔力の使い過ぎや体調悪化などによって体内に必要な魔力が足りなくなって起こる。

 魔力は次第に自分の中で回復していくので、安静にしていれば何のことはなく治る。

 しかし、体内の魔力がある一定量以上少なくなるとと意識を保っていられなくなり、呼吸中枢に関係する器官に魔力が完全になくなると死に陥ってしまうという決して侮ってはいけない症状である。

 意識喪失後の人間の防衛本能による急激な魔力回復現象が起こるので、魔力をある程度感じ取れる者なら分かるはずなのだが、突然倒れた友人に気が動転していたのだろうか。

 俺には魔力の増加は感じられなかった。

 ずっと寝ていたことで感覚が鈍ったのかと思い、意識をベッドに横になっている友人に集中させて魔力を感じ取ってみる。

 そうすると友人の持つ魔力の量まで感じ取ることが出来た。

 感覚が鈍ってるとかそういうことじゃないみたいだ。

 しばらくそのまま意識を集中させているととんでもないことに気がついた。

 友人の中にある魔力がゆっくりゆっくりと減少(・・)していたのだ。


 普通魔力は魔法や魔法道具使用時以外はそのままの量を維持するか、回復するかしかしない。

 減少するなどありえない。

 さらに意識を集中させ、その魔力がいったい何処へ消えているのかを探ろうとすると…………それは俺へ向かって消えていっているのだった。


 ああ、そういうことか。

 俺がこの友人を気づかない間に殺そうとしていたんだ。

 どうやらこの忌々しい悪魔の種は俺だけでなく、俺の周囲の魔力まで吸い取ろうとしているのだ。


 この友人は俺よりも優秀で知識も技術もある。

 しかし、地位的には王国魔術団に所属する俺よりも低い魔術研究者である。

 彼のネックとなっていたものはその魔力保有量である。

 彼の持つ魔力量は平均よりも低く、普通に生活する分には何の支障もないが、魔術団として戦うことは認められないほどの量だった。

 そんな彼からこの10日間、近くで魔力を吸収し、そして先ほど彼は俺に直接触れてしまった。

 少なくなっていた魔力に追い打ちをかけるように、一気に吸い取られてしまったのだろう。


 きっと優しいこの友人は、俺が離れると言っても論理的な根拠をもって俺を説得しにかかるのだろう。

 その間にも俺は友人を苦しめることになるのだ。

 巻き込みたくない。

 ましてや、そんなこと俺が耐えられない。

 俺は分かったことをある程度記し、書き置きを残した。



 そして俺は人知れず王都から、友人の前から姿を消した。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ