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ほんの少し前まで平和だったこの街に通り魔殺人が起こった。
これは長い歴史の中の大事件として語られる事になるだろうが犯人はすぐに捕まり、また日常が戻ってくるだろうと平和に慣れきった市民達は皆一様にそう思っていた。
だが、そんな楽天的な考えを嘲笑うかのように犯人捜索は難航し、そして昨夜、2件目の通り魔殺人が起こったのだった……。
***
「いやー、こんな夜中に散歩なんて何だかわくわくするね」
黒いコートを着込んだキースが夜の闇の中に消え入りそうになりながらどこか楽しそうにそう言った。
私の隣を歩くキースは遠くから見たら黒い塊が動いているようで不気味に見えることだろう。
まあ、私もローブを着込んでいるから見た目はキースと同じなんだけどね。
旅の途中で暗闇を歩かなくてはいけなかったことなどいくらでもあるだろうにとも思うが、昼間は人通りが多く賑わっている大通りが閑散とし自分の足音が響いて大きく聞こえるのは確かに妙な感じもする。
しかし、キースのその言葉はこの場には適切とは言い難かった。
静かに緊張感の溢れるこの場、連続通り魔事件の犯人を捕まえるというこの場には。
私たちが住人が寝静まったような真夜中に散歩に出掛けていたのはこれ以上通り魔による被害者が出ないようにパトロールをしているのに他ならない。
2件目の事件が起こってすぐにこの街の市長が自警団の強化に加えて、ギルドにも街の夜間パトロールと通り魔犯逮捕の依頼を出し、私たちはそれを受けたのであった。
殺人事件も滅多に起きないような平和なこの街でこんなにも短期間に2人もの被害者が出ていることもあってさすがにこの時間に出歩いているような人はいない。
同じくパトロールをしている人くらいだ。
この依頼を見つけてすぐに私はギルドに冒険者登録し、これを受けることにした。
2件とも異様な魔力を感じ取った自警団が駆けつけたにもかかわらず被害者を救うことは出来ず、自警団にも大きな被害が出ている。
噂にもなっているように、魔法攻撃が一切効かない犯人によって。
このような危険な依頼を受ける事にエルザは反対した。
でも、元々魔法が使えない私にはそんなことは別に気にすることではない。
逆に、魔法に頼らない戦い方が出来る私にこの依頼は適任なんじゃないかと説得した。
それでも優しいエルザは心配そうに私を見つめる。
……本当はこの依頼を受けることは少しだけ怖い。
ランクの高い魔物とは何回も戦ってきたが、私がどんなに強い魔物よりも苦手とするのは人だ。
旅の最中で盗賊など人に襲われたことは何度かあるが、幸いにもまだ人を殺めたことはない。
致命傷とはならないが相手の動きを確実に封じることの出来るような部位に斬りかかって戦ってきた。
しかし、自分と競った相手や強いような相手の時は?
そんなことをしている余裕なんてない。
どんなに悪人であっても自分がその相手の命を奪うような事になったら私は絶えられるのだろうか。
きっと無理だ。相手にとどめを刺さなければならない状況になった時に自分がどう行動できるか分からない。
だから、私はなるべく人と戦うことは避けてきた。
でも、2件の被害者がどちらも若い女性だと知ったとき……エルザのことが思い浮かんだ。
もしエルザがそんな目に遭ってしまったら、そのことの方が絶えられない。
通り魔事件が夜だけに起こって昼間に起こらないとは限らない。
そう思うと不安で仕方なくなって無意識のうちに依頼を手に取っていたのだった。
もちろんエルザにはそんなこと言わないけれど。
私が依頼を受けることに反対していたエルザを説得出来たのはキースのおかげだ。
私たちがそんな押し問答をしていたとき、いつからか私たちの近くに来ていたキースが「じゃあ、俺もその依頼一緒に受けようかな。魔法が効かないっていうのも気になってたし」と割り込んできた事で決着がついた。
なんていったってこんな感じでもキースはSランクの冒険者だからね。それと……
「おい、キース!なにのんきなこと言っているんだ。いつ犯人が現れてもいいように注意を怠るなよ!」
「まあ、場違いな発言には変わりありませんけどキースさんはこの場の空気を和らげるために言ったのではないでしょうか?それよりもウィル、あなたの方こそ先ほどからよそ見ばかりしていて夜の街に少し浮かれているのではありませんか?」
「そっ……そんなことは……」
そんなやり取りも緊張感があるようには見えないけど、と思いながらもいつもと変わらない2人のやり取りに無駄に張り詰めすぎていた気が緩まった。
そう、ウィルとジェラールもこの依頼を受ける事になったのだ。
私とキースが二人でパトロールの計画を練っているときにたまたまその話を耳に入れたウィルがじゃあ自分も、と驚くくらい簡単に依頼を受けることを決めていた。
見た目には分かりづらいがウィルは心が素直でとても優しい。
だから、街の人が心配で犯人を捕まえて平和な街を取り戻そうとしているんだろう。
ギルドに冒険者登録していないジェラールもウィルについてくる形で見回りに参加することになっていた。
ジェラールがどう思ってパトロールをしようと思ったのか分からない。
ジェラールとはあの日以降も以前と同じように接することが出来ていると思う。
でも、だからこそ今までウィルを介する以外の接点がなかった私たちはほとんど話す機会がない。
あの時は勢いであんなことを言ってしまったけど、ジェラールのことをもっと知って良い関係を築けたら良いのにな。
「まあまあ、おふざけはこれくらいにして早速計画通り見回りに移ろうか」
「なっ!大体お前から言い出したんだろうが!」
ウィルとジェラールのやり取りを見ていたキースが呆れたようにウィルを促す。
その態度にウィルはずいぶんと立腹していたがジェラールがなんとか気を静める。
まあ確かに、ウィルも普段と違う夜の街の雰囲気にちょっと気を取られていただけでふざける気はなかったんだろうからね。
キースはウィルが怒るの分かっててからかってるみたいだししょうがないか。
まあ、そんなことよりもと私は計画を頭の中で確認した。
まず2人ずつ組になり2組に分かれて見回りをする。
その時に1組が犯人と遭遇したときに合図を出してすぐに駆けつけることの出来るくらいの距離を保ちながら進むことに気をつける。
大まかにいうとこんな感じだろう。
4人でのパトロールはそのまま固まって移動していても効率が悪い。
しかし、分かっているだけでも犯人は魔法の技術が規格外で相当に強いと考えられるため犯人と対戦するときには人手は多い方が良いだろう。
今夜また通り魔が街に現れるかは分からないが、誰にも被害がでないように備えることは決して無駄ではない。
お互いのことを知っていて連携が取りやすいだろうということでウィルとジェラールで、そして私はキースと組んで手分けしてのパトロールを開始した。
***
「……君さ、本当は俺のこと犯人なんじゃないかって疑ってたでしょ?こんな真夜中に二人っきりになっちゃって良いの?」
ウィルとジェラールから別れてしばらく経って路地裏に入ったところで、キースが思い出したようにそう尋ねてきた。
ぎくり、と犯人捜索とはまた違った緊張が私にはしり、目に見えて動揺してしまった。
きっと、この前私が1件目の事件の日の夜に何をしていたかを間接的に尋ねたことに気がついていたのだろう。
あの時、キースは気づいていてそう答えたのだろうか。
もしそうだったならあの時にとったアリバイが嘘だということも有りうる。
いや、それよりも私に疑われていることが分かってどう思っていたのだろうか。
短い間とはいえ、お互いに信頼し合って行動していたというのに私がそれを裏切るような事をしたのだから傷ついているのではないだろうか。
しかし、キースの言葉は単なる事実確認と疑問を口にしただけのようで何の感情も思想も読み取ることが出来なかった。
「あ、ばれてないと思ってた?だって君嘘つくの下手すぎなんだもん。まあ、俺が自分も人に隠してることあるからそういうことに特に敏感なのかもしれないけど。でもね、そんな俺と君との違いは心がきれいか汚いか。心のきれいな君には出来ないと思うけど俺は人を騙すことを何とも思っていないから嘘がうまいんだよ」
私の動揺を漏らさず感じ取ったキースは私の返答を待たずにそう続ける。
そんなキースはいつものように面白しろそうに笑っていて、無表情という訳ではないのにやはりどう思っているのかが分からない。
隠し事には慣れているというから感情を隠すこともうまいのだろうか。
でももし本当にそうなら、私はそのことをとても悲しく思う。
だから、見えてないとしても彼が本当は辛いと思っているのだとしたらそれはそのまま隠していてもいいから、せめて私の心を知って欲しいと言葉を綴った。
“キースが僕に嘘をついていたとしても、キースがしてくれた事の事実は変わらない。僕はキースの心が汚いとは思えない。1件目の事件の時、疑うようなことして本当にごめん。でも、今はキースのことを犯人じゃないって、そんなことする人じゃないって信じてるから。嘘が下手な僕の言葉ならこれが本心だってわかるでしょ?”
キースが嘘をついていたと言うなら、あのアリバイもないものかもしれない。
それでも私にはキースが犯人だとは思えなかった。
私が女だと気づいたときに黙っていてくれて、それを隠すための魔法道具まで渡してくれた。
そうやって助けてもらったこともあるけれど、それよりもちょっとした会話だったり一緒にした行動だったりが積み重なっていって言葉では言い表せないような感覚がキースを信じる糧となっている。
「……君は本当に優しい人だね。それで、他人のことは気にしすぎなくらいなくせして、自分のことは顧みないでこんなにも無防備で。人が良すぎるにもほどがあるよ」
キースは私の思いをのせた紙をくしゃりと音がするほどに握り締めながら私に言うというよりもむしろ独り言のように言葉をこぼした。
それはいつもの楽しそうだけどどこか感情のこもっていないような声ではなくて、感情が音となって溢れたようなものだった。
控えめにうれしさをのせた音が。
しかし、次第にどこか苦痛をのせた音を伴っていくような……
「……だから、俺みたいな奴につけ込まれる」
キースは最後にそう呟くと私に右手を向け魔法を発動させた。
「《リリース》」
そしてその言葉も行動の意味も理解する前に、キースの魔法が直撃した。
予想もしなかった急な出来事に私はほとんど反応することは出来ず、ただ起こるだろう衝撃に身構えた。
しかし、魔力の流れから確かに魔法は発動したと思われるのにそれは私に何の影響も与えていなかった。
何だったんだろう?またキースの冗談なのかな?
私の緊張をほぐすためとか、湿っぽくなりそうだった空気を変えたいだとかそういうことだったのかな。
そんな風にいつもの事だろうと面白がって笑っているだろうキースの顔を覗いた。
だが、そこにはいつも笑みは一切なく、無表情に冷めた目でどこか遠くを見つめているようなキースがいた。
思わずその表情に怯んでしまう。
でも、だからこそ聞かなければと言葉を綴ろうとした。
だがそれを遮るように誰かが私たちに近づいて来ていた。
その気配を感じ取った私は剣を構える。
しかし、私たちの前に姿を現したのは思いもよらない私が知っている人物だった。
「あ、薬売りさん、こんばんは!」
こちらに気づいて笑顔を浮かべたその人物は、その子は先日私とウィルが森で助けた男の子のヒースだったのだ。
こんな時間にこんなところにいるなんてこの間注意したばかりだというのにまた危険な事をしている困った子だ。
通り魔がいるかもしれないというのに。
早く家へと送りとどけなければとそんな事を考えていた。
「ヒース……やっと……やっと見つけた……」
キースにヒースのことを話そうとする前に隣からそんな呟きが震える声で聞こえた。
もしかして、と前にキースが話していたことを思い出した。
生き別れになった弟を捜して旅をしているということを。
そう思って見てみると2人とも髪の色は同じ紫がかった黒色でその他もどことなく似ているような気もする。
良かったね、キース。弟が見つかって。
そんなことを思ってほっとしていたが、次にキースが発したのは耳を疑うようなことだった。
「……殺してやる………今度こそ絶対に殺してやる!!!」
その言葉は憎悪に満ちていてその押さえきれていない感情で声が震えていた。
……え?
キースの信じられない発言に唖然としたままの私はキースが目にも止まらぬ早さで懐から何か筒状のものを取り出し、ヒースに向けて狙いを定めるのをただ見ていることしか出来ない。
「リュカ!気をつけろっ!……そいつが……そいつが犯人だ!!」
そして魔法が発動したその瞬間、路地裏に息を切らして走り込んできたウィルがそう叫んだのだった。
12/6 41と42のエピソードを変更しました。それに伴い43〜48も一部改稿があります。




