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 行く当てもなく無我夢中に走り出した私は、いつの間にか暗く狭い路地裏に座り込んでいた。

 黒く沈んだ私の心にはこの場所がぴったりだと無意識のうちに引き寄せられていたのかもしれない。


「おい、兄ちゃん。こんなところで何してんだ?悪い奴らに襲われたって文句は言えねえぞ。俺たちみたいな奴らにな。ぎゃっはっは!」


 膝に埋めていた顔を上げるとそこには3人の若い男たちが下品な笑いをして私を見下ろしていた。

 こんな人気のないところに1人で覇気もなく入っていく私を見て喝上げには良いカモだと思われたのだろう。

 けれど、今の私にはそんなことを考える余裕などなく、どうなってもどうでも良いと自暴自棄な気持ちになっていた。


「あれ?お前もしかして……」


 私に話してかけてきたメンバーの中心のような男が私の顔を見て意外そうな表情になり、私の腕をとって無理矢理立たせた。


「ああ、お前やっぱりリュカか。相変わらず辛気くせえ男だな。まあ、口なし・・・だから仕方ねえか」


 そして嘲笑するようにそう言った。

 そんな男の様子に仲間の一人が不思議そうに尋ねる。


「こいつ、ガレスの知り合い?つーか、口なしって何だよ?」


「何年前かに会ったことがある奴だ。こいつ口がきけねーんだよ。だから、口なし。ツレの女に頼ってばっかの情けない奴。なあ、お前まだエルザにひっついてんのか?」


 ガレスという名前を聞いてその男の顔を見ると見覚えがあった。

 数年前、この街に来たときにエルザに告白した男の一人だったと覚えている。

 もちろん、エルザはいつも通り告白は丁寧にお断りしたのだが。

 ガレスは街の少年たちの中心的な存在であったため、振られたことにプライドを傷つけられたようで激怒し、近くにいた私に当たってきた。

 その時はまだ私が声を出せないということを隠していなかったので口なしと、言われるようになってしまった。

 エルザが見ていないところで、何度も否定的な言葉をぶつけられた。

 ある時そのことがエルザに見つかり、彼女も怒ってくれて腹話術なんてもので私が話せないことを隠してくれるようになったんだっけ。

 やっぱり、私ってエルザに迷惑かけてばっかりだったんだな。

 甘えすぎだよね。


「ああ、こんなところに一人でいるってことはエルザもとうとう愛想尽かしたってところか。まあ、お前みたいな口なしの足手まといは見捨てられて当然だよな」


 エルザは優しいから見捨てたりなんてそんなことはしない。

 でも、優しいからこそ本当に煩わしいと思っていても一緒にいようとしてくれているのかもしれない。


「でもお前、エルザがいなかったら何も出来ないんじゃないか?口もきけないんじゃまともな仕事も出来やしないし。生きてる価値なんてねえんじゃねえの?」


 彼の言葉には自分でもそうだと思えるところがあり、私はどんどん萎縮して小さくなる。

 反論も出来ずに胸を押さえ、ただ言葉のナイフに耐える。

 昔も誰にも迷惑をかけたくなくてエルザにも言わず、時が過ぎるのを待っていた。

 今回だってそのはず、だったのに………………ウィルが現れた。



 ゴッッッッッッ!!!


 物凄い音がして目の前にいた人物が数メートル先に飛んでいった。

 何が起こったのか、突然のことでその場にいる誰もが理解出来ずに硬直していたところ、ただ一人が大声を上げた。


「リュカはそんな人間じゃない!!お前らが知らないだけでとてつもない価値がある奴だ!!エルザだって、それに俺だって!リュカのことを必要だと、大切だと思っているんだ!!」


 仁王立ちになり有無を言わせぬ迫力でそう叫ぶと、肩で息をしてそのまま相手を睨む。

 突如現れたウィルはガレスを跳び蹴り、吹き飛ばしたのだった。


「そ、そうかよ!だったら、勝手に仲良しごっこでもしてろよっ!」


 ウィルの迫力に圧倒されたのかガレスはそう言い残し、仲間と共に去って行った。

 昔からガレスは喧嘩はそれほど強くはなかったので、ウィルの実力を見て逃げ出したのかもしれない。

 路地に残された私とウィルの二人はそんな清々しいほどの様子にあっけにとられていた。


「よし、帰るぞ」


 そして、何事もなかったかのようにウィルは私にそう言って手を差し出してきた。

 私にはその手の意味が分からず取ることが出来なかった。


 “僕も帰って良いの?”


 ウィルの手を取らずに代わりにペンを取って、私が思ったことを伝えた。

 ウィルはエルザと結婚したいんだから、私なんかがいても邪魔なだけじゃないかとジェラールに言われたことを思い出したからだ。


「は?当たり前だろう!ジェラールがお前に言っていたことを大体聞いてしまっていたが、そんなことは気にするな。俺はお前と正々堂々と勝負をしたいんだ。それにさっきも言っただろう。俺はお前のことをた、大切だと思っているんだ!!」


 怒ったように、そして最後は少し照れながら私の目をしっかりと見つめて真っ正面に言ってくれる。

 そんな態度の彼の言葉を私は信じられる気がした。


「ほら、分かったんなら帰るぞ!」


 照れからか先ほどよりもぶっきらぼうに、でもまた手は差し出されて、私は頷き今度はその手を取った。


「まったく、手のかかる奴だ…………って、どうした!?お前、泣いているのか?」


 狼狽えた様子のウィルにそう言われて、つないでない方の手を目元にやるとそこは濡れていた。

 でも、頬に落ちる滴はどことなく暖かく甘いものだった。








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