32.第三王子の旅の始まり(2)
「エリザベート様が留学された先はここ、ラミファスですのでもし彼女がどこかでご存命でいらっしゃったら会えるかもしれませんよ」
「そんなことあるわけないだろう。変な期待を持たせるな」
エリザベートが行方不明になったとき、俺は自分が使えるものは全て使い力の限り捜索した。
それでもエリザベートに関する手がかりは何も見つからなかった。
もう亡くなっているか、もし生きていたとしても簡単に会えるようなはずがない。
だが、そういえばエリザベートが留学した国はここだったか。
あまりこの国に長居する気はないが、エリザベートが学ぼうとしたものを見てみるのも良いかもしれないな。
「……すみません。今の言葉は失言ですので忘れてください。軽々しく口にして良いことではありませんでしたね」
ジェラールは自分の発言に過剰に落ち込んでいた。
迂闊なことを言ってしまったという後悔の他に誰かのことを思うような表情だ。
ジェラールも誰か大切な人を亡くしたのだろうか。
「いやそれほど気にしていない。それよりもあとどのくらいで街に着くんだ?」
そんな様子のジェラールにそれ以上追求することなく、話をそらした。
「そうですね。このままのペースで行けば日が沈む前には着きますね。もうすぐですよ。」
ジェラールははっとしたようにいつもの胡散臭い笑顔に戻る。
皆誰しもが心には忘れられない悲しみを抱えているのかもしれない。
ハートリルにはまだ日が高いうちに着くことができた。
魔物から街を守るための外壁と門は立派だが、人の出入りは意外とスムーズだ。
門をくぐり街に入るとそこには賑やかな商店が広がっていた。
「他国といえど文化はそう変わらないものなんだな」
そんなことを言ってみるが、内心は街の活気に刺激されて気持ちが高ぶっていた。
エクソシスにいた頃も王族であるので城下に気軽に行くことは出来ず、このように商店が建ち並ぶ様をじっくり見られたことはない。
それによく見るとエクソシスでは見たことがない野菜や果物、料理がある。
興味を引くものばかりで自然と視線があちこちへ移動する。
「ウィリアム様、もっと周りに注意して歩いてくださいね」
「分かっている。そんな子供に言うようなことは不要だ」
ジェラールは俺のことをいくつだと思っているんだ。
馬鹿にしているのか?
しかし、本当に珍しいものがたくさんあるな。
あ、あの赤い果物は聞いたことがあるぞ。
確か、食べると口の中ではじけると言っていたような………
「きゃっ」
また無意識のうちに視線を奪われていたせいで、前方から来る人を避けることが出来ずにぶつかってしまった。
カランと音がした方を見ると赤いペンダントが落ちていた。
どうやら彼女が落としたようだ。
「す、すまない」
「いえ、こちらこそごめんなさい。ペンダントを付けようとしながら歩こうとするからいけないのよね。あら、拾ってくれてありがとう。あ!リュカ、ちょっと待ってよー!」
謝罪をして彼女が落としたペンダントを拾って差し出す。
ペンダントを受け取った彼女は誰かを追いかけて颯爽と去って行った。
「まったくあれほど言ったのに……ってウィリアム様?どうかなさいましたか?」
その女の背中を見つめたまま動かなくなった俺にジェラールが不思議そうに声をかける。
俺は先ほどペンダントに付いていた宝玉に触れたときの感触を反芻していた。
「あれは、あの宝玉は………そうか。生きていたのか、エリザベート」
「え?」
ジェラールが驚いたように声を上げる。
あれほど探しても見つからなかったエリザベートの名前を口にしたのだから驚くのも無理はない。
だが、先ほど拾ったあの赤い宝玉は俺がエリザベートに贈った物に間違いない。
実は王家が贈る宝玉のペンダントは本当に愛する者への気持ちを込めて自分の魔力を魔石としたものを組み込んでいる。
先ほど触れたとき、俺の中にある魔力と宝玉の中の魔力が共鳴していたので確実にそうだと分かる。
しかし、エリザベートはどうしてそのまま去ってしまったんだ?
10年もたっているから成長した俺のことが分からなかったんだろうか。
実を言うと俺も見た目だけではあいつと分からなかったしな。
だったら今から教えに行ってやらないと。
ここで会えたことにあいつはどれほど驚くだろう。
「おーぃ……むぐっ」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺がエリザベートに声をかけようとすると、ジェラールが焦った様子で俺の口を塞いだ。
その間にエリザベートは俺に気づかずに人混みに紛れてしまった。
「なにをするんだ!!見失ってしまったではないか!!」
ようやく俺の口から手を離したジェラールに文句を言う。
するとジェラールは俺の肩に手を置いて諭すようにした。
「落ち着いて考えてみてください。本当にあの方がエリザベート様だったんですか?他人のそら似かもしれませんよ?」
「そんなはずはない!あいつは絶対にエリザベートだ!あれは俺が渡した宝玉のペンダントだ」
俺は確信をもってそう言える。
俺のそんな態度にジェラールは顎に手をあてて何やら考え出した。
「そんなことはありえない。宝玉のペンダントも似ているものなら分からないだろう。だが、勘違いさせたまま女性との接し方を学ばせるのも得策か…………ウィリアム様。そういうことでしたら、私もお手伝いさせていただきます。」
「お、おう。」
ジェラールは実に人の良さそうな笑顔を向けてきた。
最初に何か口の中でもごもごと言っていたことは聞き取れなかったが、あいつはまた一人でなにか考えていたのだろう。
その父上とは別の意味での迫力に圧倒されながらも、協力してくれるのなら断る必要もないと思い頷いた。
「ですが、彼女に近づくにあったって一つだけ注意しなければならないことがあります。」
「なんだ?俺がウィリアムだと伝えれば良いだけの話ではないのか?」
「それが一番駄目なんです。いいですか。よく考えてみてください。エリザベート様はご存命でいらっしゃったのにこの10年間、国に帰ることがありませんでした。それには何らかのわけがあると思いませんか?もしかしたら誰かに追われているとか、記憶がなくなっているとか。そこにウィリアム様が急に現れてみてください。彼女は混乱してしまいますよ。」
そう言われてはっとした。
思いがけずエリザベートと再会したことで冷静さを失ってしまっていた。
そうか、そういう可能性もあるのか。
せっかく見つけることが出来たのに何かの事情で俺のことを避けていなくなってしまうかもしれない。
また会えなくなってしまうのは嫌だ。
こういうときこそ冷静にならなければ。
「分かった。じゃあ、どうすればいい?」
「第三王子ウィリアム様としてではなく、そうですね………ウィルなんてどうですか?ただのウィルという人物として、まずは彼女に知ってもらうのはどうでしょうか?」
「ウィル、か。よし、そうだな。それでいこう。」
ウィリアムの名前とも近く、エリザベートが忘れていても思い出すきっかけにはなってくれそうだ。
そしてこのときから、俺はウィルとしてエリザベートに近づくことにした。




