31.第三王子の旅の始まり(1)
ウィリアム視点
「ウィリアム。今すぐに嫁を探しに行け」
王の執務室に呼ばれ何事かと思い入室すると、開口一番そんなことを言われた。
「は?何言ってるんですか、父上。今まで散々お見合いしてきたじゃないですか。もう十分でしょう。俺はそんなことに時間を掛けるような暇はないんです」
「そんなこととはどういうことだ!お前はこの状況を理解しているのか!まじめとは無縁な無法者で女性への配慮にも欠ける、と悪評が流れているお前に縁談を組むのも大変だというのに……。お前はこの国、エクソシス王国第三王子としての自覚が足りていないぞ!ウィリアム・エドモンド!!」
バンッと机を大きく叩き立ち上がりながら俺の父であるこの国の王、オスカー・エドモンドは怒鳴った。
巷の騎士ですらひるむその迫力だが、俺にとっては毎回のことなのでもはや動じることはなかった。
それよりも……俺にそんな悪評が流れていたとはな。
確かに兄たちが通った学園には入学したもののほとんど授業には出ていないし、テストも受けていない。
そんなことに時間をつぶすよりも魔術の研究棟に顔を出した方が有意義に過ごせると思い、そこに入り浸っている。
俺は興味のあることには熱意を向けられるが、興味のないことにはとことん目を向けない性格だと自覚している。
だから、まあ、女性の扱いに関しては俺の興味のない分野だから分からなくても仕方がないな!
「そんな噂を流したい奴には勝手に流させておけば良いんですよ」
「そういう問題ではない!!王族が妻を持たないということがあってはならん!よし、出発しろ。今すぐに出発しろ。ジェラールいるか!」
「はっ。お呼びですか、陛下」
俺の言葉を聞いた父上はさらに怒りを大きくして声を荒げた。
まずい、今回はいつもよりも虫の居所が悪かったようだ。
穏便に済ませるための言葉を間違えてしまった。
父上がジェラールと呼ぶと外で控えていたのか、すぐに一人の男が入室してきた。
確かあの男は俺の兄、第一王子ディオン・エドモンドの従者だったと記憶しているが。
「ウィリアムと共に妻となる女性を探し出してくるのだ!見つかるまで帰ってくることは許さん!!これは国王命令だ!!」
「かしこまりました。」
俺がその男に気をとられている間に、勝手に話が進んでいった。
待て!
俺はそんなもの探しに行かなくてもいい!!
勝手に決めないでくれ!
「待ってください!父上!それは何でもあんまりです!!………………待てって言ってんだろうくそ親父!!」
国王命令とあらば周りの兵たちも逆らうことが出来ない。
第三王子である俺のことを王の執務室から引きずり出す。
そして俺の叫びにあのくそ親父は答えることなく、俺はこのまま本当に妻探しをしなくてはならなくなったのであった。
「俺は別に妻なんて欲しくない!」
「はいはい。もう、諦めましょう。ウィリアム様も私も次にこの門を通れるときは、妻となる女性を共に連れた時なんですから」
有無を言わさずに放り出されたのは隣国、ラミファス。
俺とジェラールは二人、固く閉ざされた国境の門の前に立ち尽くしていた。
国内では第三王子ウィリアムの顔は知れ渡っているので悪印象から結婚してくれるような女性を見つけるのは難しいだろうという王の配慮からだ。
国から出たことなんてほとんどないのに、これから異国で生活していくことになるなんて。
そんな配慮は必要なさすぎる。
「さて、どこへ行きましょうか?ここからだとハートリルという街が一番近いですね。とりあえず、ここから移動しないと今日は野宿することになってしまいますよ」
「……分かった。じゃあ、その街に向かうぞ」
野宿なんて冗談じゃない。
この門を開けて再び王宮に戻ることを諦めた俺は歩き出した。
だが、妻を本気で探す気になったわけではない。
俺にはそんな相手がいるとは思えないから。
大国、小国に関わらずどこの国でも王族との婚姻に関係してくるのは政治的なこと、つまり政略結婚だ。
国のさらなる繁栄のために結婚を一つの手段として使うことは間違いではない。
しかし、母国エクソシスはそれとは異なる。
自分が心から愛した相手とでないと結婚してはいけないという先祖代々の伝承があるのだ。
そんなもの、言いつくろえばどうにでもなるだろうと疑う者もいるが安易に考えてはいけない。
何代か前、繁栄の一途を辿っていたエクソシスは何の前触れもなく国家存続の危機にまで陥った。
大飢饉に流行する強力な感染症、そして戦争の大敗北。
大部分の国土を敵国に奪われてしまった。
その時の王は正妃の他に何人もの妾を囲っており、端から見ても妻を愛しているようには見えなかったという。
「俺には心から愛する者なんてもう見つけられるはずがない」
「もしかして、ウィリアム様にはどなたか忘れられない方がいらっしゃるんですか?」
隣を歩くジェラールに声をかけられて、自分が思っていたことをつい口にしてしまっていたことに気づく。
そして、その言葉で俺は図書室でいつも本を読んでいたあいつのことを思い浮かべた。
俺のその様子にジェラールは少し面白そうに目を開いた。
「……驚いた。ウィリアム様にもそういう方がいらっしゃったとは。女性には興味がないものとばかり思っていましたから。それで、その方はどんな方なのですか?私ももう無関係な訳ではないのですから教えて下さっても良いと思いますよ」
「お前………う、分かった。話す」
興味津々といった風なジェラールに苛立ちを感じて睨むと逆に非難するような目で返されてしまった。
ジェラールとは今まで話したことなどほとんどないというのになれなれしくないか?
だが、こいつまで隣国に行く羽目になったのは俺のせいということもあるので自分のことを話すぐらいはしてやってもいいか。
それに、俺がどうして結婚相手を見つけられないか分かればこいつも無理強いするようなことはしなくなるんじゃないかという打算もある。
「幼い頃、図書館で本ばかり読んでいる珍しい奴に会ったんだ。最初はそんなことをしているなんて変わった奴だと思っていたんだが、そいつが本を表情をころころ変えて楽しそうに読むものだから気になって声をかけた。それが出会いだ。」
「もしかして、初恋ですか?それで、その方とは結局どうなったんです?」
ジェラールが再び問い詰める。
初恋だと?
ああ、後にも先にも気になった相手はそいつだけだったが、そんなことまで教える義理はない。
その件に関しては無視して話を進める。
「その後もそいつとは図書室で度々会うようになって………」
「会うようになって?」
「宝玉のペンダントを渡した」
さすがにこのことを口にするのにはためらってしまった。
ジェラールを見ると先ほどよりもさらに目を開いて驚いている。
「宝玉のペンダントを贈る行為は………王家の最大の愛情表現ではないですか!」
「ああ、そうだよ!!あの頃は俺も若かったんだ!だが、分かっただろう。俺がそんなにまで思った相手がいたんだから、次の相手を見つけるなんてできないということが」
そうだ。
王族において好いた相手に宝玉のペンダントを贈るということは最大の敬愛を示す、つまり結婚を申し込むことにも値する。
先祖代々、王は正妃にこれを贈っていた。
あの時も渡すときにそれなりに緊張したが、後からそのことを人から言われることがこんなにも恥ずかしいことだとは。
それに、あの頃はまだ幼くその行為の意味を十分理解していなかったからこそできたのだ。
言ってしまった以上、否定しても照れていると思われてはジェラールの思うつぼであるので切れ気味に肯定しておいた。
「若い頃って、今もウィリアム様は十分お若いですよ。ですが、どうしてその方とはご婚約なさらなかったのですか?」
「10年も前のことなんだから今よりも若いだろ。婚約しなかったのは、あいつがいなくなってしまったからだ。ペンダントを渡した直後に隣国に留学することになり、そこで行方不明になったと聞いている。」
あの時、俺はペンダントを渡してからすぐにその場を去ってしまったのであいつの返事を聞いていない。
その後も、なかなか会うことが出来ずにあいつはいつの間にか留学に行ってしまったのだ。
そしてそのまま会うこともなく、行方不明ということにはなっているが恐らくあいつはもう………
「レイラ様の妹のエリザベート様のことをお好きだったんですか。それはお辛かったですね………」
残念そうにそう呟くジェラールの口から出たその名前に俺は耳を疑った。
「なに?お前、エリザベートのことを知っているのか?」
「はい。王家に関わるだろう人物のことは調べておりますので」
なんということだ。
10年も前にいなくなったエリザベートのことをこいつが知っていたとは。
その時にはまだジェラールは王宮にはいなかったはずであるのに。
そうか、俺の兄、第二王子クラレンス・エドモンドの婚約者がエリザベートの姉、レイラであるからか。
そいつを調べたときに10年前に行方不明になった同じく婚約者候補だった妹がいたと知っても不思議はない。
しかし、ジェラールがエリザベートのことを知らないだろうと思って話したのに、しかも俺があいつのことをす、好きだったなんてそんなにはっきり言うなんて恥ずかしすぎるだろう!!
俺が何とも言えない表情でジェラールのことを伺っていると奴は湿っぽい表情から一変、急に明るくこんなことを言ってきた。
「そういうことでしたら、ご安心ください!私が傷ついたウィリアム様の心を癒やすべく、最良の女性を見つけるためにサポートさせていただきます!」
「い、いや、俺はそういうことが言いたかった訳ではなくて」
俺の制止を気にすることなく、あーでもないこーでもないと一人、考え始めた。
変な方向に解釈したジェラールは俺が目論んだようには動いてはくれなさそうだと分かり、話たことを後悔した。




