24
夜の暗い森を照らす唯一の光となる月も雲に隠れてしまった。
あたりは本来の漆黒の世界に逆戻りする。
闇の中ですらその宝玉の美しさは消えることはないが王家の紋章はそれと同時に消えてしまった。
この宝玉は今、ここにあるべきものではない。
家を出たあの日にそのまま置いてくるか捨ててくるかしなければならないものだった。
私と過去をつなぐもの。
そして、私とあの人をつなぐもの。
……しかし、私にはどうしてもそうすることが出来なかった。
覚悟が足りていなかったのか、まだどこかであの人に未練が残っていたのか。
ましてや、死ぬその瞬間まで身につけようとしていた自分の執着心に反吐が出る。
だから、エルザと会ったあの日に手放せたことは自分でも驚いている。
新たな人生を歩むという事を無意識にもそこで決意できていたのかもしれない。
呪縛から逃れられたような気がして体が軽くなると同時に彼女にそれを押し付けてしまったという罪悪感にも迫られる。
エルザがそのまま質屋にでも売りに行ってくれたらどんなに良かったものか。
私が渡したものを大切に持っていてくれるという事実はとても嬉しいことだけれど、その宝玉は持っていてほしくない。
今になってでさえもあの頃を思い出してこんな気持ちになってしまうのだから。
――――このまま捨ててしまおうか
そんな考えがよぎったが、丁度エルザが水浴びを終えて戻ってきた。
「おまたせ。見張りありがとう。あ、それも預かってくれて助かったわ。さて、美味しいお肉が待ってるわー。」
さっぱりして上機嫌に手を差し出すエルザに赤い宝玉を渡す。
愛おしそうにそれをつける彼女を見ると、やはりこれは捨てられないなと思う。
だから仕方がないと、自分の心にうそぶきながら。
「はー。やっと着いたわね、ハーブュランタ。長かったわね。」
「まだ街が見えただけだよ。ほら、あとちょっとだから頑張って。旅は最後まで気を抜いちゃだめだよ。」
歩き通しで疲れが出ているエルザをキースが叱咤する。
あとはこの峠を越えるのみで、見下ろす形で街が見えてきた。
昨日食べた高級食材イノシシンのおかげか予定よりもハイペースで進め、昼過ぎには着きそうだ。
ハーブュランタは街の近くでも頻繁に魔物が出現すると言われているので警戒は怠らない。
しかし、目的地が見えてきたことに少し安堵をおぼえる。
本当にこの3日間は色々なことが起こって体感的にはひと月は経ったのではないかと思うほど濃い旅だった。
エルザやガブリエル以外の他人とこんなにも一緒にいたことがなかったので、最初は居心地の悪いような感じしかしなかったが、もうずっと一緒にいたかのように感じられる。
もうすぐ別れることになるかと思うと少し寂しく感じるのは初めての感覚だ。
おこがましいかもしれないけど仲間が出来たときってこんな感じなのかな。
そうこうしているうちに、私たちは街の入口に着いた。
魔物や魔獣がよく出ると言うだけあって要塞は固そうだ。
街への通行も滞りなく終わりいよいよ別れの時だ。
「キース、お疲れ様。これ、残りの報酬ね。今までありがとう。」
「はーい。しっかり受け取りました。こっちこそありがとね。強引に雇ってもらっちゃったけど、ほんと助かったよ。」
無事に街にたどり着けたので、前金は渡していた報酬の残りの半分を支払って契約は終了だ。
なんだ、キースも強引だって自覚があったのか。
ランクが高すぎる冒険者も何かと大変な事があるんだな。
「君もいろいろありがとう。お礼にこれあげるから大事にしてね。――――君の秘密を守ってくれるアイテムだよ。」
最後の言葉は私にだけ聞こえるようにこっそりと耳元でささやくと、そのまま私の横をすり抜けた。
思ってもみなかった言葉に一瞬固まり、振り返った時には彼はもう離れたところにいた。
「じゃあ、また何かあった時はよろしくね。」
飄々としたいつもの態度でひらひらと手を振りながら去っていった。
私の手の中に小さな小包を残して。
「リュカ、キースに何かしたの?」
“さあ。護衛が楽になったとか、イノシシンを狩れたとかそういう事のお礼じゃないかな。”
キースが最後に落としていった爆弾に内心ひやひやしながらも平然とそう答えることができた。
あの夜の事だとしても、お礼を貰うようなことはしていないはずだけど。
「ふーん。そうなのかしらね。2人もありがとう。一緒に旅ができてよかったわ。」
この街に来るのは初めてなのかそわそわとあたりを見回しているウィルとその横でいつも通り控えているジェラール。
この2人とも別れる時だ。
「こちらこそありがとうございました。図々しくもご一緒させていただいて。いずれまた。では、失礼いたします。」
「エルザ、俺は諦めてはいないからな。リュカ、覚悟していろ!!」
そして、去っていった。
ウィルはジェラールに押されるようにして……。
エルザと2人なのは、初めてではないのに何故か妙に静かになってしまったように感じる。
大人数でわいわい生活することも案外楽しい。
また、皆に会えるといいな。
そんなことを彼らの去っていった方を眺めながら思ったのだった。
しかし、再会の時は意外と早く訪れた。
「偶然だな。お前たちも夕食か?」
その日の夜、泊まった宿の食堂で食事を取ろうとしたところ、ウィルとジェラールが席に座っていた。
どうやら、同じ宿に泊まることになるようだ。
また、賑やかな、いや騒がしい日々になりそうな予感に私は、眉をしかめるよりも先にマフラーの下で頬が緩んでいたのだった。




