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22.赤い宝玉(2)

 



 私は正面に座っている人物に目を疑った。

 私の今までのウィリアム様の印象からすると、本を読むよりも体を動かす剣術や魔法などの実技がお好きという感じだ。

 その証拠にいつも兵士や騎士の方々に稽古をつけてもらっているという。

 図書館に来るような性格には全く思えなかった。


「俺は聞いているんだぞ!無視するのか!」


 驚き、考えにふけっているとウィリアム様が怒ったように声を大きくした。

 彼は婚約者候補たちの談話室に行くとご令嬢方にいつも囲まれていて自分に話しかけられない、ましてや話しかけたのに返答がないことなんてことはあり得ないのだろう。

 苛立った彼に、私はあわてて返事をする。


「す、すみません。すこし驚いてしまって……。『はじまりの物語』という冒険書を読んでいました。」


 緊張のあまり声が裏返ってしまったが、ウィリアム様はそれを気に留めることなく無言で手を差し出してきたので、その手に本を預けた。

 彼は受け取ると、パラパラと本を眺めだした。


 私はいつも彼との談笑の輪には入れずに遠くから見ている事しかなかったため、こんなにも彼が近くにいることは新鮮だ。

 それに、このようにそばで見ると彼の端正な顔立ちがありありと分かる。

 左右対称にきれいに整った顔はきめの細かいさらりとした肌で覆われ、すこしくせ毛のふわりとした赤い髪はとても柔らかそうだ。

 私くらいの年の女性は彼を男の子らしくてかっこいいと思っているようだが、私より少し年上のお姉様方やお母様方には天使の様で可愛らしいと言われているのを聞いたことがある。

 確かに私が言うのもどうかと思うけど大人びた態度を取ろうとするところに、まだどこか幼さが残っているようにも感じられるかもしれない。



「……これは、どんな話なんだ?」


「は、はい。勇者が悪魔に支配された世界を取り戻し、国を作る物語です。」


「それが、そんなに面白いものなのか……。」


 そう呟くと、今度は初めからしっかりと本を読み始めた。

 また、考え事をしていて反応が遅れてしまった。

 いけないな。

 1つの事に夢中になると周りが見えなくなってしまうのは私の悪い癖だ。

 反省しなくちゃな。


 それから、ウィリアム様は本格的に読書に入りしばらく本を読み続けているのだが、私はどうしていいか分からず何も出来ないままでいた。

 出来るものなら、緊張で胃が痛くなりそうなこの場からすぐにでも立ち去りたいのだが、それは王子に対して失礼となってしまうんじゃないか。

 そんな思いもあったから。


 ウィリアム様が読書にいそしんでいるのだから私も好きな本を読めばいいのではとも思うが、そこまで私の神経は太くないのでそれも出来ない。

 読んだとしても全く頭に入ってこないので、諦めてウィリアム様の読書姿を静かに眺めることに徹した。


 すると、だんだんとウィリアム様の読書のスピードが遅くなっていることに気付いた。

 同じページの一点を見つめてじっと止まっていたり、前のページに戻ったりしているのである。

 何かあったのだろうか。

 不思議に思っていると、彼がぼそりと呟いた。


「……これは何て読むんだ?」


 最初は本を手に持って立てて読んでいたのだが、手が疲れたのか今は机の上に開いておいている状態なので、本の中身は私にも見ようと思えば見れる。

 彼の細くまだ子供らしいきれいな指が、その文字をなぞるように置かれている。

 先程、返答が遅れて彼を怒らせてしまったことが頭をよぎり、私は反射的にその言葉に応えてしまっていた。


「それは『とどろく』って読むんですよ。鳴り響くとか響き渡るって意味です。」


 はっと驚いたように顔を上げた彼と目が合う。

 ……もしかして、彼が無意識に口から出てしまったひとりごとだったのかもしれない。

 そうだとしたらまた失態を犯してしまった。

 余計な御世話だと怒られそうだ。


 しかし、彼もなぜか叱られる前の子どものような顔をしていて、私の次の言葉を待つように身構えていた。

 私の心境はそんな感じだったので何も言えずにいると、ウィリアム様は意外そうに目を細め、何ページか前に戻り、これは?とまた違った文字を示してきた。


「『かもく』。口数の少ないという事です。寡黙な人のように使います。」


「これ。」


「『きっちょう』。よいことの起こるしるしの事を言います。竜や火の鳥などが吉兆の証なんて言われていたりもします。」


「これは……」



 その後もウィリアム様が本を読んでいて時々指し示す文字を家庭教師が来たときの授業での口頭テストのようにひたすら答えていった。

 何が何だか考える暇もなく戸惑いばかりであったが、こんな風に過ごしたことはレイラ以外の人とは初めての事で少し楽しかった。



 リーンゴーン。

 夕刻を知らせる鐘が鳴る。

 もうそろそろ家に帰らなくてはならない。

 あんなにも離れたかったこの場所が、こんなにも離れがたいと思うようになるなんて。

 それでも、私はウィリアム様に一礼し、出した本を元の位置に戻して帰り仕度を終える。

 その間、彼は気にせずそのまま本に目を落としていた。


「ウィリアム様、それでは失礼いたします。本日はウィリアム様とお過ごしすることができて嬉しい限りでした。」


 扉の前に移動して挨拶をし、深くお辞儀をする。

 いつもは社交辞令のこの挨拶も今日は本心からの気持ちだ。

 またこんな風に過ごせたらいいのにな。

 後ろ髪を引かれる思いで頭を上げると本から私に視線を移したウィリアム様と意図せず目が合った。


「明日もここへ来い。」


 そう一言。

 ぽそっとひとり言のように呟くとまたすぐに本に目を戻した。


「は、はい。」


 その言葉に自分の心が弾むような不思議な感覚に襲われた。

 かろうじて返事をして図書室を後にするが、顔の普段使わない筋肉が働いているような気がして、今自分がどんな顔になっているか分からない。

 廊下を歩く、私の重い体の足取りがいつもより軽いようなそんな気がした。




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