21.赤い宝玉(1)
エリザベート幼少期
「エリザベート、今日も王宮に行きましょう。早く準備してちょうだいね。」
上機嫌で声を弾ませるレイラは、私の返事を待たずにメイドを引き連れて自室に移動した。
私はまたかと思いつつ精神的にも物理的にも重い腰を上げ、準備に取り掛かった。
「お待たせ。さあ、出発しましょう。」
そうそうに支度を終え、玄関で待つこと1時間。
やっと準備を終えたレイラがやってきた。
長い髪はきれいに巻かれ艶がかる。
ドレスはレイラの可愛らしさを引き立てるように存分にフリルやレースがほどこされているが、しつこすぎずスタイルの良さも際立させている。
その生地も、高級なものであることは触り心地からも見た目からも分かるだろう。
対して私はほとんど装飾のない地味なドレスである。
その素材は仮にも貴族の令嬢であるため安いものではないがレイラのものと比べるとその差は歴然である。
しかもこのドレスは何度も着ているため着古した感じが出てしまっている。
レイラの1まわり、2まわり、いや3まわりほど太いこの体型では入るドレスはそうそう売っていない。
全てオーダーメイドのものになるのだが、私が作ってもらえる機会はあまりなく、その代わりにレイラのドレスを月に何着も作っている。
私が着飾ったところで猫に小判、王子の婚約者にはなれないと両親も思っているんだろう。
それよりも豚に真珠と言った方がぴったりかな。
体型的に。
私もそう思っているので服を作ってほしいと両親にお願いしたことはないのだけれど。
しかし、私の衣装部屋は閑散としているのかと思いきや大量の服がある。
それはレイラが、これ可愛いからエリザベートにあげるわ。と自分が1、2度しか来ていないドレスを私に流してきているからだった。
レイラの服など私には少し直したくらいじゃ着られないということを理解していないのか、私が受け取れないと言っても聞き入れてもらえずに渡してくる。
私に押し付けその度にレイラは新しいドレスを買い、また私に渡してくるので部屋の中は着られないドレスでいっぱいになっていった。
その中で本当に着られるドレスは4、5着くらいしかないのでどれもくたくただった。
そんな見た目に大分差がある姉妹、下手すると令嬢と使用人に見えかねない私たち2人は馬車に乗り込み、王宮に向かった。
「ごきげんよう。レイラ様、エリザベート様。」
「ごきげんよう、皆様。」
王宮に着くと私たちはいつも決まったとある部屋に行く。
そこでは、きれいなドレスを着たお嬢様方何人かがお茶を飲みながら話に花を咲かせている。
レイラに続き私もごきげんようと挨拶をしてから椅子に腰かける。
ここは多数いる婚約者候補のために設けられた王宮の中の一室である。
この国の王家では代々、政略結婚ではなく恋愛結婚を重視するという珍しい風習があり、このように適齢の女性が集められている。
ここにいる女性たちは王子に見染められなかったとしても、婚約者が決定した際には国から良縁の結婚相手を紹介して貰えるという保証付きだ。
少々いざこざや嫉妬はあるものの、それほどひどい争いは起こっていない。
第1王子はもう婚約者が決まっておられるので、第2王子、第3王子がお時間が空いたときにこの部屋に立ち寄り、結婚相手に相応しい、自分が愛する女性をお探しになる。
その機会が芽生えるように、このような交流の場を設けている。
「あら、レイラ様。素敵なネイルですわね。とっても良い色が出てますわ。」
「うふふ、ありがとうございます。今朝、塗ってきたんですの。あなたの髪飾りもきれいでいらっしゃるわ。」
挨拶の続きとばかりに毎度同じようにお互いの今日のファッションを褒める。
レイラが準備にやたら時間がかかっていたのはそういうことだったのか。
ちなみに、この場面では私に声がかからないのはいつもの事だ。
褒めるところが全然見つからないのだから。
そのまま新作のドレスやはやりのお化粧品の話になっていったが、私には使うことのないそれらに興味が持てず、そっと席を立つといつもの場所に行くことにした。
大きな扉を開くと、見上げるほど高い本棚がいくつも目に入る。
ここは、王宮の中にある巨大な図書館である。
一般には公開されていないこの図書館は、婚約者候補たちには利用が許可されていて自由に出入りすることができる。
普段では読めないような貴重な本がたくさんあるので、非常に心ひかれる場所であった。
何冊か本を物色し、窓際の机に座る。
日の光が差し込んで何とも気持ちがいい。
時々王宮の関係者が調べものに来るようだが、ほとんどは利用者が私一人だけなので誰の目も気にすることなく読書を楽しめる。
ここは研究書や歴史書などの専門書が大半を占めているが、王子のためか物語の本もある程度充実している。
最近は薬草についての研究書に興味を持ち目を通していたが、今日は物語が読みたい気分だったので冒険ものの本を読むことにした。
冒険記は、恋愛小説が好きなご令嬢方はなかなか読もうとしないが、私は好きだ。
自分とは無縁の世界を冒険者の主人公と一緒になって体験している感覚が味わえるから。
今回手に取った本は、勇者が悪魔に乗っ取られた世界で人々を救うために奮闘する話だが臨場感があって読めば読むほど引きつけられる。
挿絵もあって読みやすい。
周りの音も聞こえなくなるくらい没頭して、色々な嫌なことも全部忘れるくらい無我夢中になって最後まで一気に読み切った。
こういう風になれるところも冒険書の好きなところだ。
「おい。」
物語の余韻に浸っていると突然声がかかり、不意を突かれて肩がびくんと跳ねる。
読むのに熱中しすぎて人が来たことにも全く気づいていなかった。
向かいの席に座っている誰かが私に声をかけてきたようだ。
「お前の読んでいるその本は何だ?」
幼いながらも堂々とした声に本から顔を上げると赤い髪が目に入る。
そこには頬杖を付きながら不思議そうに私と本を見ている第3王子のウィリアム様がいらっしゃった。




