吹き香る想い
どうか、どうか合格していますように。
志望校の試験が終わり、時は3月に入った。翼は合格発表の日を、待ち遠しく思いながら過ごしていた。
そして迎えた3月6日。いよいよ、待ちに待った合格発表の日だ。翼は自分の部屋でパソコンを開き、すぐさまE大学のホームページにアクセスした。そして合格発表のバナーをクリックし、自分の受験票に記載されている受験番号を確認した。パソコンの画面上に、同じ番号があるかどうか。もちろん一年前は、自分の番号はなかった。では今回はどうだろうか。画面上にずらりと並んだ受験番号を見ながら、泳いでいた翼の目が、あるところでピタッと止まった。受験票とパソコンの画面とを、何度も何度も見比べた。
「あっ、あったー!」
そう、これこそまさに、一年間の努力が報われた瞬間であり、一年前のリベンジに成功した瞬間なのである。
「やったー! 受かったー!」
翼はまた叫んだ。そんな彼の声を聞いて、両親も部屋に入ってきた。そしてみんなで一緒になって喜んだ。翼も嬉しくてたまらない様子で、まるで小さな子供のように部屋中を動き回った。その後も彼は、ずっと興奮したままだった。
それから後になればなるほど、様々な思いが翼に込み上げる。高校3年生の春に、E大学に行きたいと決心してから、一体どれだけ勉強をしてきたのだろうか。現役時代は塾へ行き、長い月日を経て、やっと勝ち取った合格。本当に頑張ってきて良かったと、翼は強くそう思った。
それから数日後。翼が自分の部屋でくつろいでいる時だった。母親がやってきて、
「翼、高校の時の担任の先生から電話やで。」
と彼に告げた。
「うそ!? マジで。」
驚きながらも、翼はサッと電話の受話器を取った。
「はい、お電話代わりました。」
「おお、永田か。実はな、俺、お前がどうなったかがずっと気になってたんや。」
「あぁ、そうだったんですか。」
「で、合格発表はもうあったよな。去年は残念やったけど、今年はどうやったんや? 結果を教えてくれへんかな?」
「はい。先生、第一志望のE大学に、合格出来ました。」
「おおっ! それは良かった。じゃあ改めて、E大学合格おめでとう、永田。」
「ありがとうございます。先生。」
「お前やったらきっと合格できるって、思ってたんやぞ。浪人生活一年間は、どうやったんや?」
「はい。色々とありましたよ。」
翼は久しぶりに、高校時代の先生と話ができて嬉しかったのか、予備校での生活、彼のE大学に対する強い想い、そして恋に破れた話など、色んなことを語って、気付けば長電話になってしまった。そして電話の最後に・・・。
「じゃあ永田、大学生になっても頑張れよ。お前やったらきっと、充実した学生生活を送れるはずや。それじゃまた、どこかで会おう。」
「先生、ありがとうございました。またお会いしましょう。」
そう言って翼は受話器を置いた。
この時翼は猛烈に感動していた。というのも実は、翼が話していた先生は、高校2,3年生の時のクラス担任で、彼はその先生のことを他のどの先生、いや、学校中の他のどの人間よりも気に入っていたのだ。もちろん現役時代は、受験のことから進路のことまで、手厚く世話をしてもらっていた。そんな先生であるからこそ、気にしてもらえて、電話までしてもらえたことが、彼には嬉しくてたまらなかった。
すると今度は、ふと高校時代のことを思い出した。当時翼は、あまり冴えない人柄だった。友達もゼロで、休み時間中もほとんど机を離れることなく、ボーッとしていた。一日中喋らない日さえあった。だから彼は、しょっちゅう周りの人間にからかわれていた。時には下級生からもからかわれることがあった。また、頭の方も冴えなく、特に3年生の時の成績は、1,2年生の時よりもひどかった。3年生の時には塾にも通っていたが、そこでも集中して勉強ができず、やはり落ちぶれていた。しかし今、憧れていたE大学への夢が現実となって、高校時代の冴えない翼は、もうどこにもいない。
(俺は一年間の浪人生活でこんなに変われたんや。もう落ちぶれなんかじゃない。)
そう思いながら、また嬉しい気持ちが増していった。
こうして好きだった高校の先生に、合格の喜びを伝えることができたが、他にもまだ、この喜びを伝えるべき大切な人が、翼にはいた。それはもちろん、2012年の秋、現役で受験勉強をしていた時に亡くなった、彼の祖母である。
3月27日。この日は家族全員で、翼の両親の生まれ故郷、愛媛へ帰省していた。その目的は大好きだった祖母のお墓参り。翼は家族と一緒に、お墓周りの掃除をした。
「お線香をあげて、みんなで拝もうか。」
父親がそう言うと、各自で線香をあげて、お墓の前でしゃがみ込み、手を合わせた。翼は心の中で、祖母にこんなことを語りかけた。
(ばあちゃん、亡くなった時はお葬式に行けなくてごめんなさい。でも俺、ちゃんと勉強して行きたい大学に合格したからね。ばあちゃんとの約束を果たすために、俺これからも全力で頑張るから、どうかこれからも見守っていてください。)
しばらくして、彼らは立ち上がった。
「さて、戻ろうか。」
父親がそう言った。翼は、祖母に自分の想いを伝えることができて満足だった。そして彼がお墓を立ち去ろうとした瞬間・・・。
――翼よぉ――
どこかで聞き覚えのある声に、思わず翼は振り返った。するとお墓の横に、白とピンクのツートンバッグを持った茶色い髪の少女が、手を大きく振りながら笑顔で立っていた。びっくりして彼は目をこすった。そうしてもう一度振り返ってみる。しかしそこには誰もいなかった。
(なんだ、気のせいか。)
翼は思いながら、家族に続いて墓場を後にした。
心地よい春のそよ風が、翼の頬を撫でる。甘い柑橘類のような香りがした。
(完)