独り、起きる。
…肌寒い。あまり慣れない寝床に目を覚ます。廊下の窓から入る月明かりは、部屋の障子を透してなお、ほのかに蒼く冴え渡る。
「今、何時位だろう…?」
寝返りをうちながら、ぼんやり辺りを見回す。
そうだ。この部屋には時計が無いんだった。
春らしい陽気にはまだ程遠い時期に、田舎の祖母が他界した。つい先日まで、暖かくなったら花見や山菜採りに行くという話をしていたのに…。家はかなり山奥にあり、遠方の旧い知人の方々が後から来る事が多いというので、しばらくの間祖母の家に滞在し、来客対応と遺品の片付けをする事になった。
古いアルバムや先に亡くなった祖父の本を眺めつつ
「祖母の生活」があった空間を片付ける。遠くに離れ、死に目に会えなかったせいか、未だに実感があまり湧いていない。作業をしながら、そのギャップを自分なりに埋めているのかもしれない。
片付けていて気が付いたのだが、家の中で時折ふと何かの良い匂いがした。
最初は、遺品の中に香水か香袋でもあるのかと思っていた。しかし、いっこうにそれらしき物は見当たらない。まあ、元来祖母はそういった物を身に付ける趣味は持ち合わせてはいなかったが…
芳香剤や線香とも違う。もっとこう…自然な何か。少し鮮烈な、甘い香り。どこかで嗅いだ記憶があるような懐かしさもあるが、はっきりとは解らないままだった。
これは、半分フィクションで半分ノンフィクションです。どの部分が体験かは、ご想像にお任せします。