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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホムンクルス9シリーズ

ガラスで隔てる内と外

作者: 日辻

 362512131334――00001

 内側から灯が点って、目が覚めた。わたしは息ができないけれど、すぐにそれでいいのだと入力・・された。ここはラボの中、ここは培養槽の中。これは……手、これは足、これは全てわたし。硬いこれは……、培養槽の壁、強化ガラス。たたくとわれてしまう。あれは……黒いラボの壁。わたしの周りだけ明るくて、他は暗いからよく見えない……見えてきた。あなたは女のヒト――あなたは誰?

「おはよう、あなたはエンネアね。気分はどう?」

 『あなた』。わたしはエンネア。

「ちゃんと発育してくれて嬉しいわ。私はムラサメ。ここには私しか入れないようになっているけれど、もし誰か来ても調整が済むまでは大人しくしていてね」

 ムラサメさん。なんだかもう、眠いの。

「……ごめんなさい、一度に外的刺激を与えすぎたわ。また会いにくるわね」

 視界が暗い。これは……瞼。これは眠り。

「おやすみなさい、エンネア。……人類の希望になってね」

 希望。たたくとわれてしまう。


 362512291522――00010

「10回目の覚醒。おはよう、エンネア」

 『おはよう』、これは起きる合図。わたしはエンネア。あなたは……ムラサメさん。

「起きていられる時間、少しずつ長くなってきたわね。今日はもう少し頑張ろうか」

 頑張る……わたし。

「そうよ、頑張ろうね。……もう少し発育をゆっくりにしないとバランスが崩れるかも。でも順調ね、嬉しいわ」

 ……『嬉しい』? まだ知らない概念。

「安定してるわね、今日から感情値を入力しても良さそう。普通の人に違和感なく溶け込めるようにならないとね」

 普通のヒト……ムラサメさんは普通のヒト?

「そうよ……エンネア、どうしたの?」

 もう、眠い……。

「そう、じゃあもう今日は眠ろうね。おやすみなさい、エンネア」

 『おやすみ』、これは――。


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「……エンネア、起きられる? 異常はない?」

 異常ありません。……おはよう?

「ああ、そうね。おはよう、エンネア」

 培養槽の外の、ラボの外には、外の世界があるんだね。ムラサメさんも、外からやってくる。

「昨日までの学習の成果ね。沢山学習して、偉いわ。これからは、もっと外のことを学ぶのよ。私も沢山話してあげる」

 うん。わたし、もっとムラサメさんと外のお話する。

「……体もだいぶ大きくなったわね。すっかり女の子だわ」

 女。ムラサメさんと同じ?

「そうよ。さあ、外の世界のお話をしよう」

 外……外の世界。どんなところなんだろう。


 362602031002――00030

「おはよう、エンネア」

 おはよう、ムラサメさん。外はどんな感じ?

「雪が積もって大変だったわ。滑って転ぶスタッフが大勢いるのよ」

 雪――入力完了。正常に記憶しました。きっと、寒いんだね。

「ええ。さて、あなたの身体は今日で発育を完了することになってる。体性感覚には問題ない?」

 問題ありません。……ねえ、ムラサメさんはわたしとは違うんだね。

「うん? どう違う?」

 髪が黒くて、長いんだね。虹彩の色は青だし、わたしより身長が高いし、服を着てるし……その顔に付けてるものはなに?

「眼鏡のこと? ヒトはあなたたちと違って視力を調整できないから、低下した視力をこれで補うのよ」

 眼鏡。覚えておくね。ムラサメさん、わたしの身体は小さいの?

「私と比べて? そうね、あなたはそうなるようにしているのよ。子供は警戒されにくいからね」

 少女への擬態。……ねえムラサメさん、もっと外のお話を聞かせて。

「まだ雪が降っているわ。雪が積もると世界が白く染まるのよ。あなたの髪の毛みたいにね」

 わたしの髪、水色だと思ってたけど、ほんとは白いんだね。じゃあ、虹彩の色は? ガラスの壁には、緑色に映ってる。

「瞳は太陽みたいな金色よ。……ちょっと待っていて」

 入力完了しました。……あれ、なんだか……眠いなあ。

「まだ学習量が多いのね。おやすみなさい、エンネア」

 おやすみなさい……ムラサメさん。


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 ムラサメさんが呼んでる。起きる時間なんだ。

「おはよう、エンネア。少し眠そうね」

 昨日も沢山のことを覚えたから。外は寒い?

「ええ、寒いわ。今日も外の話をしようか?」

 うん。わたしも、いつかは外に出るんだよね。

「そうよ。外に出たら、私たちの役に立つことをするの」

 役に立つ。……わたしが?

「ええ。あなたは特別なのよ。そうね……じゃあ、今日はこの近辺の地形を覚えようか」

 地形。覚えても、すぐそこに行けるわけではないんだけど。

「外に出たい?」

 出……たい(・・)かは、よく分からない。

「そう。それでもいいわ。じゃあ、始めるわね」

 ……ムラサメさんの声、わたしの中に染み込んでいくみたい。


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 ……あ、ムラサメさんだ。おはよう。

「そうよ、おはようエンネア。昨日も沢山学習したみたいね」

 うん。ムラサメさんも、眠そうだね。

「計測能力も順調に発達しているわね。今日は少しだけにして、早く寝ようか?」

 うん。ムラサメさん、ヒトが死ぬと天国に行くの? 沢山死んじゃったら、天国がいっぱいにならないかな。

「……驚いた、学習スタッフにそんな風に入力されたの? ……そうね、みんなが天国に行くわけではないわ。たぶん私もね」

 わたしが死ぬとどうなるの? わたしは天国に行く?

「……あなたは、どこにも行かないわ。きっとここに戻ってこられる」

 わたしは、どこへも行けないんだね。

「急にどうしたの、死ぬのは怖い?」

 『怖い』って、よく分からない。

「そうだったわね。エンネアは勇敢な子だから」

 ムラサメさんは……嬉しいの、悲しいの? 分からない。

「……嬉しいわ。エンネアを褒めているのよ」

 褒めてくれて、ありがとう。……この気持ち、なんだろう。眠くなってきちゃった。

「混乱しかけてる。さあ、もう寝ていいわよ」

 ……おやすみなさい、ムラサメさん。


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「エンネア、元気?」

 うん、元気だよ。ムラサメさんは少し疲れてるみたいだね。

「……ふふ、大丈夫よ」

 ヒトはわたしより脆くて弱いから、すぐ疲れちゃうんでしょ? どうして強化しないのかなあ。

「ヒトの強化は生まれる前(・・・・・)でないと認められないの。それに――そう、強化が成功したのはあなたが9人目だから、まだまだ実験段階だし」

 9(エンネア)。ムラサメさん、他の子のことも知ってるの?

「他の? ……ああ、ホムンクルスのことね。数人は会ったことがあるわ。あとはみんな、すぐ……駄目になったから」

 そっか! 他の子は脆かったんだね。わたし、壊れずにムラサメさんとお話できて嬉しいよ!

「感情の発露? すごい、今までになかったことだわ。エンネア、嬉しい?」

 わたし、褒めてもらったんだね! すごく嬉しい! ムラサメさんも嬉しい?

「ええ、とても嬉しいわ。……エンネア、今日はもう寝ようか。お仕事が増えちゃったの。明日からは、もっとお話しようね」

 ほんと? ムラサメさん、もっと会いに来てくれる? 嬉しいな……嬉しい……。


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「エンネア、私が分かる?」

 ムラサメさん! 会えて嬉しいよ! ……でも、ムラサメさんはどうして悲しそうなんだろう。

「……よかった、記憶や発達段階に減退は見られないみたい。身体は問題ない?」

 問題ありません。ムラサメさん、嬉しそう……あれ? 嬉しくないの?

「エンネア、調整が完了する前に培養液から出たら死んでしまうって知っていたでしょう? どうして培養槽を壊したの」

 邪魔だったから……この壁があると、ムラサメさんに触れないんだもん。

「触る……? 私に触りたかったの?」

 ムラサメさんに触りたい。ラボの外が見てみたい。ここは暗くて、好きじゃない……。

「ヒトとの接触を望んでいるということは――余分な殺人衝動が出てきたのね。ごめんなさい、怒ってはいないわ。培養液の温度が上がってる――エンネア、そこは暑くない?」

 ……熱い、わたしの身体。うまく動けないよ。

「すぐに眠って! 体温を下げないと……!」

 ムラサメさん、おやすみなさい。


 362603091432――00050

「50回目の覚醒。おはようエンネア。気分はどう?」

 おはよう、ムラサメさん! 外のお話を聞かせて!

「中庭にタンポポが咲いていたわ。もうすぐ春が来るのよ」

 春が来たら、わたしもここから外に出られるかな?

「……まだ少し早いわ。思ったより肺が未発達なの。またこの前のようになってしまう」

 ムラサメさん、悲しそう……そんな顔しないで。わたし、もう培養槽を壊せない(・・・・)んだよ。

「そう……ええ、そうね。良い子にしてくれてありがとう、エンネア」

 うん! ムラサメさんに褒めてもらいたいから。

「ふふ、そう。そうだ、50回目の記念になにかお願いを聞いてあげようか。外には出られないけれど、なにか欲しいもの、聞いてみたいことはある? できるだけなんとかしてみるから」

 ほんと⁉︎ ……でも、やっぱり、わたしムラサメさんに触りたい。ムラサメさんを見てると、体温が上がってソワソワするの。

「殺人衝動は治まってたはずなのに――そう、分かった。本当はいけないことだけど……」

 ムラサメさん、培養槽に触ってる。手の大きさも違うんだね。

「そうね。エンネア、同じように触ってみて。一時的に接触を許可します」

 わたし、ムラサメさんに触ってる? でも、全然温かくない。ガラスの壁、冷たいし邪魔だなあ。

「……エンネア、こっち」

 なんだろう。あっ、でも、ムラサメさんの眼鏡をしてない顔、初めて見た!

「同じようにして」

 ……唇が冷たい。ムラサメさんの唇も、同じくらい冷たいのかな? それとも、温かいのかな。

「……ごめんね」

 ムラサメさん、どうして泣いてるの?


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 あれから、ムラサメさんはあまり会いに来てくれない。わたしは一人で起きて、眠る。ここは狭くて暗くて……少し寒い。ムラサメさんに会いたい。

「……エンネア、おはよう」

 ムラサメさん、ムラサメさん! わたし、ムラサメさんの声が聞きたかったよ!

「ありがとう。……ああ、体温が上がってる、冷却機を作動させるね。嬉しいの?」

 うん、嬉しい! ムラサメさんに会えないと体温が下がるよ。わたし、もしかして駄目になるのかな?

「ならないわ、私がそんなことにはさせない。でも――もしかしたら、一度あなたの記憶をリセットするかもしれない、って話が出てね」

 記憶をリセット。そうしたら、外のことやムラサメさんのことは忘れちゃうんだね。

「……そうね。嫌?」

 ……分からない。でも、記憶がなくなったら、またムラサメさんが沢山教えてくれるんでしょう?

「……そうね。ごめんなさい、今日はもう寝て。この後も会議なの」

 ムラサメさん、また会いに来てくれる?

「……きっと。おやすみ、エンネア」

 おやすみなさい。わたし、ムラサメさんと会えないと――寂しいよ。


 362605231309――00089

「エンネア、おはよう」

 おはよう、ムラサメさん! 今日は元気みたいだね。嬉しいな。

「ええ、戦況が好転したのよ。あなたの記憶もそのままでいいって」

 戦況――好転。わたしの記憶。

「……混乱してる? 脳に異常は?」

 ありません。ムラサメさん、わたしね。

「うん、なあに?」

 早く外に出たいな。

「ふふ、そうよね。あなたの肺の発達に、必要なシグナルが送られていなかったことが分かったの。今から送られるからね。これで、後ひと月もすれば……」

 外に出られるんだね! 嬉しい、わたし――!

「うん。……外に出たら、なにがしたい?」

 ヒトを殺したい(あなたに触りたい)

「……そう、いい子ね」

 ムラサメさん、ムラサメさん、わたし、早く外に出たいよ。そうすれば、ムラサメさんに触れるんだよね。温かいと……いいな。


 362606070006――――

 最近、あまり起きてない。ムラサメさんはどこにいるのかな。わたし、まだ外に出られない? ムラサメさんの声が聞きたいよ。ムラサメさんに触りたい。ムラサメさんの笑ってる顔が見たい。わたしが外に出たら、喜んでくれるかな。ムラサメさんがずっとラボにいてくれればいいのに。ムラサメさん、早く会いに来て。ムラサメさんのことを考えると、体が熱くなって――胸が痛い。


 362606081844――00100

 ムラサメさんの声がする。

「エンネア……エンネア! 起きて、早く――」

 ムラサメさん、おはよう! どうしたの、いつもの白い服が真っ赤だよ。……怒ってるの?

「怒ってないわ、怒ってない……ああ、よかった……ここはまだ見付かっていない、この子を逃して――ううん、まだ肺の調整が終わってない! でも、あいつらにはこの子を渡せない……!」

 ムラサメさん、どうしたの? 血流が悪いよ。血流が……外に向かってる。出血してるんだね。

「平気よ、このくらい。あなたを守るくらい……できる……」

 ムラサメさん、どうして出血してるの? ヒトは脆いんだよ、すぐ壊れちゃうよ! ムラサメさんが元気じゃないと、わたし……悲しいよ。

「ありがとう、エンネアは優しい子ね。でも、気にしないで。今……考えてるから……」

 ムラサメさん、すごく辛そう……そんな顔しないで。わたし、笑ってるムラサメさんが好きだよ。だから、ムラサメさんが喜んでくれるように早く外に出たい。

「……今なんて?」

 ムラサメさんが好き。わたし、ムラサメさんがいる外に早く出たいよ。

「エンネア、外に出たい?」

 出たいよ。外に出たら、ずっとムラサメさんと一緒にいる!

「そう、ありがとう……とても嬉しいわ。私だって、エンネアとずっと一緒にいたい」

 ほんと⁉︎ 嬉しい……すごく嬉しい! ムラサメさん、わたし――あれ、なんだろう。外がうるさいね。……あれは誰? どうしてラボに入ってくるの? ここはムラサメさんしか入って来られないんだよね。あれは銃だよね、わたし使い方を知ってる(・・・・)

「――そんな、見付かるなんて……! ごめんねエンネア、もう……外に出してあげられない……」

 ムラサメさん、泣かないで! わたし、ムラサメさんに笑って欲しいんだよ!

「緊急コード――ああ、もう間に合わ……ない……」

 ムラサメさん、どうしたの? こっちを見て。血流が止まってるし、なにも分からないよ! このガラスの壁が邪魔なんだ。

 ムラサメさんは、言うことを聞かない子は嫌いかな。でもわたし、ムラサメさんに笑って欲しかったの。だから、邪魔な培養槽は叩いて壊しちゃうよ。


 わたし、外に出られたよ! ムラサメさん、培養液でビショビショにしちゃってごめんね。でも、ほら! わたし、ちゃんと足で立てるでしょう! 銃を向けてきたヒトたち、みんな殺しちゃったよ。わたし、役に立つことちゃんとできるんだよ。ムラサメさん、褒めてくれるよね!

 未発達な肺は、酸素を取り込むと破裂した。脱走防止策。わたしの中身、バラバラになっちゃった。ごめんなさい、ムラサメさん。わたしも駄目になっちゃったね。でも、ちゃんとできたご褒美に、ムラサメさんに触っていいかな? 触りたくて触りたくて、ずっと触れなかったムラサメさん。

 ムラサメさんは……こんなに柔らかくて、温かかったんだね。眼鏡をかけてない顔の方が好きだなあ。でも、血流は止まっちゃったんだ。目も開けてくれない。……もう『エンネア』って呼んでくれないんだね。……ムラサメさんの体、すごく軽いよ。培養槽越しじゃない髪の毛は……ツヤツヤしてすごく綺麗。そうだ、唇……唇は――思ったより柔らかいんだ。ムラサメさん、ムラサメさん、わたし……胸が痛い――。


「ムラサメ! ……これは……9番がやったのか……がっ⁉︎」


「チ、515小隊は全滅か。アレが噂の人造人間か? 兵器が女のガキとは趣味が悪いな――その下の女は? ……構わん、どかせ。装備研究部主任研究員……クソ、殺すなと指示したのに勝手にくたばりやがって! おい、作戦は失敗したと報告しろ!」


 362606081950――――

 希望は、割れてしまった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 悲しいお話で、楽しめました。エンネアの開発が進みにつれて、ムラサメさんに懐いてくるのが面白かったです。 [一言] 良い点を書きましたが、100%個人的な感性で書いたので、取捨選択をお願いし…
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