二章二節 - 約束
「今回は俺の指示不足のせいで、部下が迷惑をかけた。本当にすまない」
しかし、青桐は一見真摯に頭を下げている。
「ここは俺の住む村だ。どの領主にも属さない隠れ里だから、詳しい場所を教えることはできないし、貴女を外に出すのも極力控えたい。今日はもう日が高い。今から村を出ても、日没までに貴女を安全な集落に送り届けることができない。悪いが、明日の朝まではここで過ごしてもらう。
明日貴女を送る。村の位置を知られないためにしばらくは目隠しをしてもらうことになるだろうが……」
彼女の知りたい情報を青桐が察して話してくれる。それでも女は警戒を解かず、口も開かない。その様子に困ったのか、青桐は肩をすくめた。
「貴女、名前は?」
「……凪」
女は短く答えた。相手が偽名を名乗っている可能性は高い。それなら自分もこれだけで十分だろう。
「凪……」
青桐が確かめるようにつぶやく。
「本当にすまなかった、凪」
そして再び頭を下げた。先ほどよりも深く。
「もういいです」
凪はぶっきらぼうに言った。相手に気を許しそうになっているのが自分でもわかる。薬師としての特性なのか、相手がどんな人物であろうと、やさしい気持ちになってしまう。
比呼の時もそうだった。彼が華金の暗殺者だったと知った後も、家に居候させることになんら抵抗はなかった。与羽が信頼しているからと言う理由もあっただろうが、一番は凪の性格の問題なのかもしれない。
「『もういい』と言うと?」
青桐が頭を下げたまま目線だけこちらに向けてくる。
「もう謝らなくていいです。その代わり私をちゃんと中州に帰してください」
凪は投げやりな口調になるよう努めた。
脳裏に、中州城下町に住むたくさんの人々、青くきらめく髪を持つ龍人の兄妹。そして、きれいな顔にやさしい笑みを浮かべた長髪の青年を思い描きながら。
――中州には私を必要として、帰りを待ってくれている人がたくさんいるから。
* * *
中州川に架けられた橋には、五つの人影があった。与羽、辰海、比呼そして雷乱と竜月だ。乱舞も見送りに来たがっていたが、政務に追われて城の門で別れてしまった。
夏の日が長い時期だが、まだあたりにはわずかに宵の気配が残っている。
空は白んでいるが日はまだ昇ってこず、ほのかに肌寒さを感じた。
久しぶりに髪を頭の高い位置で一つに束ね、膝丈七分袖の小袖を纏った与羽はむき出しになっているほほを強くこすって温めた。腕や足には山歩きでけがをしないようにと薄い籠手とすね当てをつけている。
背には短めの刀を二本交差させてさしていた。
その斜め後ろに並んで立つ辰海と比呼も、旅装束に身を包んでいる。
それを見て、見送りの雷乱が不満げなため息をついた。
「何で辰海なんだよ……」
雷乱は昨日、城下で留守番する事を告げられてから、ずっと仏頂面だった。
「まぁ、理由はいろいろあるけど――」
「雷乱は戦でけがをされていますから、それを気遣ってくださったんですよぉ! 雷乱は大柄で力も強くて、護衛としては最強ですから大丈夫ですぅ! 全然雷乱が頼りないとかじゃないと思いますよっ!
ただ、今回は森の民との交渉も必要になってくるからってご主人さまもいろいろ悩まれて――。あたしみたいなチビじゃ、ご主人さまを十分にお守りすることなんてできませんし……」
そんな雷乱の機嫌を与羽と自称与羽の筆頭女官である少女――竜月が必死にとっている。特に竜月は雷乱同様中州に残されるということで、強い仲間意識を感じているようだ。