二章一節 - 青桐
目覚めたのは薄暗い部屋の中だった。
「ここは……」
身じろぎしようとして、両手を縛られていることに気付いた。手首や両肩、腰が鈍く痛むのはそのせいだろう。
軽く腕を動かしてみたが、ほどける気配はない。荒い縄目に皮膚が擦られて痛くなるだけだ。
どことも知れない場所で拘束され、恐怖と焦りを感じた。
意味もなく叫び出してしまいそうだったが、何とか冷静を装う。早鐘のようにうつ心臓と浅い呼吸はどうしようもなかったが……。
「とりあえず、状況を――」
自分に言い聞かせるようにささやいて、彼女は体を起こした。
汗ばんだほほに、床に敷かれていた藁が貼りつく。
それを首を振ったり、肩にこすり付けたりして落とし、視線をめぐらせた。
薄汚れた床板の上には、彼女の周りにだけ古びてはいるがよく乾いた藁が集めてある。窓はなく、天井に空いた穴から陽光がわずかに差し込んでいるだけだ。日の角度から見て、昼前ごろだろうか。
部屋の広さは四畳半ほど。
すみに穴のあきかけた櫃がいくつか積み重ねてある以外に、特筆するような物はない。
部屋には出入り口があったが、きっと開かないようにしてあるのだろう。
しかし、淡い期待を込めて引き戸の取っ手に手をかけた。縛られているため痛む手に無理やり力を込めると、立てつけの悪い戸ががたりと大きな音を立てる。
――出られるかもしれない。
そう思った瞬間、勢いよく戸が開けられた。
「きゃ……!」
取っ手に手をかけていた女は、それに引きずられるまま床に放り出された。
「大丈夫か?」
すぐさま、太く低い声が降ってくる。あわてた様子もなく、ゆったりしている。
肩を強打したが、彼女は戸に手をかけたまま仁王立ちしている大男に、何とか目線を向けた。痛みに潤み、しかもたれ目なため、かなりか弱く見えているはずだ。
しかし、大男は油断する気配もなくゆっくり歩み寄ってきた。そして、大雑把ではあるが気遣いの感じられる手つきで、彼女をその場に座らせてくれる。
女は少し腕を動かして肩の調子を確かめた。痛むが一時的なもののようだ。
「大丈夫か?」
大男は再びそう言いながら、女の前にどかり座り込んだ。
「昨夜は悪かったな」
そして彼女が口を開く前にそう頭を下げる。
「俺は青桐」
「盗賊、ですか?」
昨夜自分の身に降りかかったことと今の状態、そして彼の言葉から彼女はそう検討をつけた。
華金山脈で盗賊に襲われたという話は多くはないが、確実にある。
女は青桐と名乗る大男をせいいっぱい睨みつけた。
「……ああ」
青桐はためらいながらもうなずく。
「だが、貴女を害するつもりはない」
そして、距離を取ろうとした女を見て、素早くそう付け加えた。
――信じられません。
そう言おうと思ったが、相手の癇に障ることはしない方が身のためだと思い、踏みとどまる。
しかし、青桐は彼女の表情のわずかな変化からその心情を読み取ったようだった。
「俺らは大商人や領主――カネやモノの余っている人から奪っている。
確かに殺すこともままある。貴女からすれば、悪者に変わりはないんだろうが、それでも、村人や一般人から奪うのは流儀に反する」
青桐は背が高く筋骨隆々で大柄だ。肌は浅黒く、いたるところに古傷が見える。着ている物はみすぼらしく、相手を恐れさせる特徴ばかり備えていたが、彼女を見つめる目はまっすぐだった。
それでも、相手は盗賊だ。騙そうとしている可能性も多分にあると、女は表情を変えなかった。