一章三節 - 報
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大通りをさらに東へ。
城の敷地へ入る事ができる唯一の橋を渡ると、門の前で比呼は待っていた。腰をすぎる位の長髪はひとつに束ねられ、濃紺を基調とした袴姿をしている。少しくたびれた感があるのは、今だに戦で傷ついた人々の手当てで忙しいからだろう。
「よっ、比呼」
与羽は軽く左手をあげた。
比呼は浅く会釈して、与羽に駆け寄った。
「与羽。今、時間大丈夫?」
中性的な顔にかすかに笑みを浮かべてそう問う。
「ん。少しくらいなら」
与羽はうなずいた。
「ありがとう」
比呼のほっとしたような言葉に、与羽は再度うなずいて自室へと歩きはじめた。
そのあとを比呼がついてくる。
「で、何があったん?」
与羽は歩きながら、後ろの比呼を振り返ることなく問いかけた。
「凪が帰ってこない」
比呼はまず簡潔に一言で伝えた。
「ふむ……」
与羽が浅くうなずく。
「八日前だよ。この間のことで薬草が一気に減っちゃったから、『薬草を取りに』って出て行ったきり帰ってこない」
『この間のこと』とは戦のことだろう。
「長いね」
与羽がつぶやき、比呼もうなずく。
「二、三日帰ってこないことはよくあるらしいから、あまり心配してなかったけど、さすがに一週間以上はないかなって思って。香子さんも、朱里さんも沙那さんも心配しはじめてて――」
比呼は凪の家族の名前を挙げた。与羽も浅くうなずいている。
「もしかしたら、迷子とか、怪我とかして帰って来れないんじゃ――」
「凪ちゃんが迷子はないと思うけど……。凪ちゃんが行ったのは、華金山脈でしょ? 地理にはよく慣れとるし、山歩きの危険性も分かっとるはず。薬草を取りにって言っても、ほとんどは森の民から仕入れるつもりだろうし。
怪我も可能性は低かろう。凪ちゃんは薬師だから。怪我の治療はうまい。まぁ、骨折とかなら分からんけど。
……何か、事件に巻き込まれた、とか?」
自室へと向かう与羽の足は、次第に遅くなっていく。
「事件?」
比呼がおうむ返しに聞いた。
「可能性の話だけど。特に今は戦の後で世が乱れとる。国境あたりじゃまだ小競り合いが起こることもあるし、華金から風見の国境あたりでは、盗賊が活発に動いとるらしいね」
このあたりの話は、最近城主代理として絡柳や辰海とともにさまざまな報告を聞いたおかげで、ある程度把握できていた。
「まっ、可能性の話だけど」
与羽は、険しい顔で与羽の頭を見つめている比呼に軽い口調で、しかし念を押すように言う。
「もしかしたら、ただ森の民にけが人や病人がおって、その手当てにおわれとるだけかもしれんし、目当ての薬草がなかなか見つからんだけかもしれん」
「でも、何か良くないことが起こったって可能性もあるよね? むしろその方が高いって与羽自身も思ってるんじゃないの?」
「…………。……まぁ、そう、だけど」
しばらく間があって、与羽は低い声で認めた。
そして不意に振り返る。
「!?」
急な行動に比呼は驚いて後ずさった。
「謁見の間に――」
与羽はそれだけ言って今まで通ってきた廊下を戻りはじめる。
「まさか与羽が捜しに行くつもり?」
与羽の行動と言動から、比呼は彼女の意図を察した。