一章二節 - 栗
城下町に戻り大通りを東へ。
通りの端にはいまだに廃材が積まれている場所がある。しかし、その近くには新たな建材も並べられ、大工を中心に力のある若者が焼け崩れた家屋の修復を行っていた。
通りを行きかう者の多くは中州の官吏や彼らの指示を受けた人々、戦の折に中州へ助力に来てくれた他国の武士だが、ちらほらと母子らしい人々も見受けられる。
一度中州から避難した人々も多くが帰ってきている。
往来はそれなりに多いためにぎやかではあるが、いつもとは違う活気に違和感がぬぐえない。
数ヶ月前ならば、行きかう人や商店に並べられた様々な品物に目を向けながらゆっくり歩いていた与羽だが、今は通りの端を速足で歩く。
心なしかうつむき気味なのは、与羽自身気づいていない。
与羽に声をかける者もとても少ない。
「与羽」
しかし、例外もいるにはいる。
与羽は名を呼ばれると同時に自分に向かって投げられた何かを器用に受け止めた。手のなかにすっぽり収まるほど小さく、丸みを帯びたものだ。
それが何か確認する前に、与羽は顔をあげて声のした方を見た。先ほど物が飛んできた方向と同じだ。
「……先輩」
前方――八百屋の影に見慣れた青年が座っている。
前髪で顔の右半分を隠した凶相に、今は軽薄そうな笑みを浮かべていた。彼の腕にも胸にも足にも、いたるところに包帯が巻かれ、そうでない場所にも治りかけの痣が見えて痛々しい。
中州国武官第二位、九鬼大斗。
先の戦で全身に傷を負った彼だが、それに関しては全く頓着していないようだ。
「笑いなよ」
大斗は滑らかな動きで、手に持っていた何かを再び与羽に放った。
与羽はそれを空いた手で受け止める。今度は手を開いて投げられたものを確認すると、大ぶりなむき栗が出てきた。先に受け止めた方も同じだ。
「俺はあまり甘いものが好きじゃないからね。お前にやるよ」
そう言って、脇に置いてあった小皿から栗を取り、目の前まで来ていた与羽の口にすばやく押し込んだ。
驚いたものの、与羽はおとなしくそれをかみしめる。栗の甘みがほんわりと広がった。わずかに渋みも感じたが、それが甘さを引き出すのに一役かっているらしい。
「華奈もいるかい?」
そして背後にもう一つ栗を押しやる。
「いらないわ」
しかし、がっちりした大斗の体に隠されるように座って、栗をむいていた若い女武官はつれなく答えた。
「ふふん? 口移しの方がいいとか?」
口の端を釣り上げて、自分の口にむき栗を放り込む大斗。
そしてすばやく振り返ったところで、「やめなさい!」と華奈が栗をむくのに使っていた包丁を突き出した。
大斗はそれを素早くかわそうとした。しかし、体が全快ではないためか完全にかわすことはできず、ほほに淡く赤い線が浮かぶ。
「ちょ……」
それに一番焦ったのは、包丁を持っている華奈自身だ。大斗なら完璧によけきると思っていたらしい。
その隙に戸惑う華奈から包丁を奪い、大斗は華奈のあごを下からすくい上げるようにしてつかんだ。
華奈が悲鳴を上げたものの、それもすぐにふさがれる。
「あ……、あ~」
大斗の頭で隠れているものの、何をしているか容易に察せた与羽は気まずげに声を漏らして、回れ右した。
「おあついことですね」
皮肉を込めてそうつぶやく。その表情は無関心を装っている。
「うらやましいかい?」と言う大斗の声が聞こえた気がしたが、気のせいだろう。
「与羽」
そのかわり歩き去ろうとした与羽の背に大斗の声がかかる。与羽は振り返らなかった。
「チビ――、比呼が捜してたよ」
「わかりました」
やはり振り返ることなくそう返事して、与羽は城への道を急いだ。
背後で再び不自然に途切れた華奈の悲鳴を無視して――。