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終章一節

「うん」


 小さく積み上げられた穀物を見て、与羽(よう)は満足げにうなずいた。ある程度話合いがまとまったところで、竜越(りゅうえつ)で待機していたラダムに連絡し、備蓄されている食料を運んでもらったのだ。


「中州城からも返事が来たよ。この筆跡は絡柳(らくりゅう)先輩かな」


 与羽の半歩後ろに控えていた辰海(たつみ)が、そう言って小さな紙切れを差し出す。

 そのさらに後ろには、森の民――蒼蘭(そうらん)がいた。彼女の左腕には分厚い革帯が巻かれ、トンビがとまっている。森の民が良く伝令に用いている鳥だ。

 華金(かきん)山脈に多く住み、(ハト)(カラス)に比べて体も大きいため、中州の隠密は好んでこの鳥を使う。


「ありがと」


 与羽は辰海と蒼蘭、そして伝令のトンビに礼を言って、紙切れに目を通した。

 小さいが上質な紙に楊枝(ようじ)の先で書いたように、小さく文字が書かれている。

 内容は与羽と辰海が勝手に行った交渉を正式に中州国としてのものと認めること。そして、詳しい話を聞くために早く城下町へ帰ってくるようにという指示だった。

 この隠れ里の監視や細かな指揮は、森の民に任せても良いそうだ。


「明日朝には、帰りはじめられるようにしょうか」


「そうだね」


 与羽の独り言のような呟きに、辰海は同意した。


(ナギ)ちゃんはまだここにおるの?」


 それに浅くうなずいて、次に凪を見る。


「そうするつもり。まだ診ないといけない人がいるから」


 患者が気になるのか、乳鉢を抱えた凪はそわそわしている。


比呼(ひこ)もここにおる?」


「いたいけど――」


 比呼はちらりと凪を見た。

 凪もわずかに首を傾げて、穏やかな目で比呼を見返す。


「でも、僕は城下に帰る。まだ診ないといけない人がたくさんいるから」


 与羽に向き直った比呼の目に迷いはなかった。凪の無事を確認できたのだから、自分は城下に帰って自分の仕事をこなさなくてはならない。


「わかった」


 与羽もそれ以上余計なことは言わずにうなずく。


「じゃあ、こっちのことは凪ちゃんと蒼蘭(そうらん)を中心に任せていいかな?」


「任せて」


「大丈夫」


 凪と蒼蘭はそれぞれ了承した。


 それにもう一度うなずいてから、与羽は貧しい集落を見渡した。

 建物と人と――。

 みすぼらしい家の間から様子をうかがっている者がほとんどだが、若者も子どもも女性もいる。もし、この集落が中州の一部となれば、活気ある村になるだろう。

 そうしなくてはならない。


「しばらく来れんかもしれんから……」


 そうつぶやいて、与羽は懐に手を入れた。


「ん?」


 しかし、目当てのものが見つからない。すぐに、旅には不必要だろうと、城の自室においてきたことを思い出す。


「こんなものならあるけど――?」


 その様子に目ざとく気づいた辰海が差し出したのは、上品な柄の巾着だ。

 いぶかしげに受け取って中を確認すると、そこには色とりどりの小さなあめ玉が入っていた。


「よく持っとったね。というか、よくわかったな」


 あきれるやら、驚くやら――。与羽は、嘲笑しているのか困っているのかわからないような表情をかすかに浮かべている。

 与羽が取り出そうとしたのは、大抵いつも持っているあめや金平糖(こんぺいとう)などの甘味類だ。辰海がわたしてくれたあめ玉で代替できる。


 与羽はゆっくり小さな集落中を回って、幼い子どもにそれを配って回った。

 もちろん、警戒する親もいる。

 しかし、彼らも、青桐の「大丈夫だろう」と言う言葉で、子どもにあめを受け取らせるようになった。この集落における青桐の影響力はかなり大きいらしい。


 その間に、辰海はてきぱきと凪と蒼蘭に指示を出した。与羽のお菓子配りが終わったら、すぐにここからほど近い中州の集落――竜越(りゅうえつ)に帰れるように。

 日暮れまでに竜越に戻り、そこで一泊した後、城下町へと戻る予定だ。

 なんとか与羽の思い描く通りに進みそうだと、辰海はほっと息をついた。

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