五章三節 - 号令
「大丈夫?」
彼女は早口に確認しながら、与羽に刀を渡した。華金山脈に入る時に持って来た、愛用の二刀だ。
「大丈夫。ありがと」
それを受け取りながら、与羽は彼女に礼を言った。彼女は飛走蒼蘭。今両刃の長剣で、比呼の援護をしている月魄の姉だ。年は与羽とさほど変わらないはずだが、与羽以上に落ち着き大人びた印象を与える。
蒼蘭は精悍な顔でうなずき、少し離れたところに移動して弓を構えている盗賊の男――君影に向けて小刀を投げた。
それを追うように、君影との間合いを詰めていく。
それを確認せず、与羽は盗賊の頭である青桐に歩み寄った。
刀の一本に手をかけつつも抜かない。青桐も丸腰だ。
「こんな状態になって言っても信じてもらえないかもしれませんが、私たちにあなたたちと争うつもりはありません」
先ほどよりも丁寧な口調になったのは、少しでも相手に敵意がないことを示したかったからだ。
「もちろん、この村を滅ぼすつもりも、厳しい年貢を取り立て、民を苦しめるつもりも」
「与羽ちゃん……」
青桐の巨体にかばわれるようにして立っている凪が呼びかける。
「凪ちゃん、無事?」
与羽の「無事」には様々な意味が込められているのだろう。
凪はそれを察して何度もうなずいた。この集落に来てからずっと硬い顔をしていた与羽の顔に、やっと淡くではあるが笑みが浮かんだ。
「中州城主代理、と言ったか」
青桐が与羽を見下ろして言う。
彼の頭の中では様々な情報が駆け巡っていた。
盗賊をやっているからには、ある程度周辺国の情報も把握しておく必要がある。その中で、中州に関する情報を引き出し、この集落の位置が中州の領土内にあることも思い出す。
与羽の様子を見ながら、どのような対処をとるのが最善か考えをめぐらせた。
「はい」
与羽は青桐の威圧的な態度に、全く動じなかった。巨体の相手と向き合うのは雷乱で慣れている。
「ですが、話し合いはこの争いを止めてからにしませんか?」
あたりでは剣戟が次第に激しくなっている。
今では、この状態をどう取ったのか、村人が鍬や鎌などを手に辺りを取り囲みはじめていた。
「あなたたちに害を及ぼすつもりはありません。ただ、凪ちゃんを無事に返してくれさえすれば――」
与羽がちらりと凪を見た。
「……そうだな」
青桐は同意した。与羽と凪が知り合い同士なのは事実らしい。集落の位置が知られてしまったことに対する不安はあるが、対処法は話し合ってからでも決められる。
それに、たとえここで彼女たちを殺してしまった場合、中州国からの報復があるかもしれない。
城主代理を名乗るあたり、かなり身分の高い少女なのだろう。
最悪、幽閉するか殺すかするとしても、話をしてからでも遅くないはずだ。
青桐はそこまで思考して、制止の合図をかけようと辺りを見回した。
短刀使いの風露と切り結ぶ月魄。
長剣を鋭くふるう鳳梨の技をさばいている辰海。
弓使いの君影は、蒼蘭のすばやい動きに翻弄され、矢を射る隙がない。
村はずれで戦う蒼蘭の周りには、手に武器を持った他の村人も群がっていた。それを両手に持った刃渡りの短い小刀だけでしのぐ蒼蘭は、青桐から見てもかなりの使い手だ。
比呼も同様に多くの村人に囲まれていた。騒ぎを聞きつけてきた盗賊の短槍使い――さくらをはじめ、屈強な若者を同時に相手している。
彼が手に持つのは、村人から奪ったらしき細長い木の棒。刀は腰の鞘にしまわれていた。複数人を相手にする場合は、間合いが長い方が便利なのだろう。同じく間合いの長い槍を持つさくら以外は、なかなか比呼に攻撃する機会がつかめない。
下手に間合いに踏み込もうものなら、のどやみぞおちに棒の先を突きこまれる。手足を狙い、動きを鈍らせようとする他の人々と違い、比呼の技は正確に相手の急所を狙っていた。
今は相手の意識を奪う程度に加減しているようだが、彼がその気になれば――。
青桐は無意識に額に浮かんだ汗をぬぐい、口を開けた。
「おめぇら、止まれ!」
「みんな、やめっ!」
青桐が命じ、与羽も叫んだ。
真っ先に反応したのは、比呼と辰海。
比呼は与羽の合図を聞いた瞬間、持っていた棒を足元に落とした。それでも跳びかかってくる人々は、体術で受け流し、突き出されたさくらの槍をつかんで奪い取った。
それを木の棒同様足元に放り捨て、簡単に奪い返されないように柄を踏みつける。
さくらは悔しげに顔をゆがめたが、青桐からの指示もあり、比呼を睨みつけるだけでそれ以上の攻撃はしなかった。




