五章二節 - 救援
「どうしたの~?」
風露が凪の顔を覗き込みながら首を傾げる。
「いえ……」
ここで、侵入者と凪が知り合いだと知れたら危険だ。
「連れてこい。傷つけずにだ」
凪と風露の会話には全く意識を払わず、青桐は君影にそう命じた。
「もう少しで来ますさ」
君影は一点を見ながら言う。
青桐もそちらに視線を向けた。
凪も内心緊張しながら彼らの視線の先を見守る。
そして長剣を腰に佩いた青年に両腕をつかまれてやってきたのは――。
「あなたがこの集落を根城にする盗賊の頭か?」
与羽は青紫の瞳でまっすぐ青桐を見つめて問うた。与羽しかいない。一人で乗り込んできたのか。
まさか、周りの制止を振り切って、一人で自分勝手な行動をしてしまったのでは――。
それだけ心配してくれるのは嬉しいが、与羽の周りに他の中州の民がいないことが無性に不安だった。
「そうだが、貴女は?」
青桐の口調は少し硬かったが、言葉自体は凪と話すとき同様丁寧だ。
「中州国、中州城主代理。中州与羽」
与羽の口調はいつもより低く、重々しく、威厳がにじみ出ていた。
「そこの女性――薬師凪那は我が中州の民。彼女を返していただきたく参上した」
「城主代理……」
青桐はつぶやいた。それを聞いた弓使い――君影や与羽を連れてきた鳳梨も険しい顔になる。
「お姉ちゃんは返さないからな!」
そう言いかえして短剣を抜いたのは風露だ。
そのまま与羽の胸めがけて突進していく。
「待て! 風露」
風露を青桐が止めようとするが、それよりも素早く邪魔が入った。白銀の尾を引く鋭い刃。小刀だ。
風露は自分の顔めがけて飛んできたそれを短剣ではじきあげた。キン、と高い音がして白の軌跡が空へと打ちあがる。
その隙に、与羽は少年の腹に蹴りを入れた。
「お前!」
しかしすぐに与羽を捕まえていた長剣の男――鳳梨に地面に押さえつけられる。
鳳梨が長剣を抜き――。
「与羽から離れて」
与羽の胸につきたてる前に、鳳梨の首に白刃が添えられた。
その低く冷たい声は、与羽でさえ誰のものか一瞬わからないほど――。
「たつ……?」
「もう大丈夫だよ、与羽」
深い憎悪を込めて鳳梨を見ていた辰海だったが、与羽に目を向けた瞬間、とろけるようなやさしい笑みになる。そこに、何か恐ろしいものを感じて、与羽は身震いした。
一方の風露は、更に飛んできた小刀をはじき落とす。
二度目は、飛んできた方向が良くわかる。村はずれにある大木の影だ。すでに身を隠すのをやめたのか、小刀を数本片手で構えた若い女がこちらに迫ってくる。
さらに同じ位置から、両刃の長剣を抜いて跳び出してくるのは月魄だ。
「私はこの村に害をなすつもりはない。ただ、話し合ってうちの民を返してもらいたいだけだ」
与羽は地面に押さえつけられたまま、青桐を見て言う。
「お姉ちゃんは絶対に返さないっ!」
青桐が返事をする前に、風露が怒鳴る。よほど凪に懐いてしまったらしい。
「それに、どうせお前たちも国に帰ったら大軍を引き連れて、俺たちを追い出すか、高い年貢を要求するかするんだろ!?」
「『お前たちも』?」
与羽は風露の言葉に引っかかるところを感じ、首を傾げようとした。
しかし、そうしている間にも、風露が辰海へ向けて剣を突き出す。
その間に影のように割り込んだのは比呼だ。
辰海が風露と比呼に気をとられた瞬間、与羽に剣を突き付け続けていた長剣の男――鳳梨が辰海に向かって剣を振り上げた。
「斬るな、辰海!」
とっさに叫んだ与羽の指示に従って、辰海は刀と身を引くことで鳳梨の剣をかわした。
しかし、鳳梨は執拗に辰海に向かって剣を振るい続ける。
自分に突き付けられた剣がなくなったことで、与羽は素早く身を起こした。
その隣に、小刀を構えた女が並ぶ。




