四章四節 - 説得
与羽がひるんだように辰海を見返す。
「あんたは……、やさしすぎるな……」
怒気と不安定さを残しつつも、与羽は落ち着きを取り戻そうと努力しているようだった。
辰海の首に触れていた手がそっと首筋をたどり辰海のほほを撫でた。
「大斗先輩が、あんたとおると萎えるって言うんもわかるな」
一度瞑目して息をつく与羽。再度開けた彼女の目は、だいぶ落ち着きを取り戻しているようだった。
「そう?」
辰海は与羽が差し出してくれた手を取って、立ち上がりながら首を傾げた。
しかしすぐに、裾についた土ぼこりを払うふりをして深くうつむく。与羽に得意げな顔を見せないためだ。
その間、与羽はもう一度深く呼吸しながら辺りを見回した。最初に目があったのは、すぐ近くでニヤニヤしながら二人のやり取りを見ていた案内人――ラダム。
その後も、多くの村人と目が合った。道のど真ん中で怒鳴ってしまったのだ。注目を集めるのは仕方ない。しかし、彼らの多くはラダム同様苦笑を浮かべ、ただの野次馬とは少し雰囲気が違う気がする。
「ところで、あんたまわり見えとる?」
与羽は原因不明の気恥ずかしさを感じ、辰海に向き直った。
「気にならないよ」
辰海は辺りの状況を把握しつつも、柔らかくほほえんだ。与羽の頭をやさしくなでながら。
――むしろ、見せつけてやればいい。与羽は絶対に譲らない。
どうやら自分も疲れているらしい。いつもより、制御がきかない。
「でも、そうだね。こんなことをやってる場合じゃない」
辰海は何とか与羽から離れた。
「蒼蘭は、凪さんを捜しに出ているんだよね」
なんとか官吏の顔を取り繕って、竜越の少年――月魄に向き直った。
「はい。正確には、最近このあたりで動きが活発になっている盗賊の集落の偵察に行っています。山を捜しても手掛かりがないので、もしかしたらそちらに捕らえられているのではないかと――」
「ん~……」
徐々に落ち着きを取り戻した与羽は、眉間にしわを寄せて低く唸った。せわしなく右手を何度も握っては解きを繰り返している。最悪の場合を考えて、怒りや不安に耐えているのだろう。
比呼も表情には出さないが、内心は不安でいっぱいに違いない。
「盗賊の集落って?」
比較的冷静さを保っている辰海が尋ねた。
華金山脈に盗賊が出るという話は昔から聞く上、戦後その動きが活発になっているという報告も上がってくる。しかし、盗賊の住む場所を把握しているなんてことは初めて聞いた。
「中州と華金と黒羽の国境付近に、いくつかどの国にも属していないらしい集落があるんです。はっきりと位置がわかりはじめたのは最近ですが……。蒼蘭はその中でも一番ここ――竜越に近い集落に行っています。一応は中州の領地なので、華金と衝突することもないでしょう」
「もしその集落に凪さんがいなかったら――?」
「その場合でも、蒼蘭たちは一度竜越に帰ってきますので、ともに二つ目の集落へ向かいましょう。この人数なら、二手に分かれることもできそうですし」
「なるほど……」
辰海は左手で前髪をかき上げながら、情報を頭の中で繰り返した。
「盗賊の集落の位置は正確にわかってるの?」
「誤差はありますが、地形から絞り込むことができます。人目につかない山すそや谷にあるでしょうから」
辰海が官吏の顔をしているからか、月魄の答えは与羽と話しているとき以上にかしこまっている。
「今すぐじゃなくてもいい。でも、できるだけ早く、把握している盗賊の集落の位置を記した地図を中州城に持ってきてくれる?」
「かしこまりました。古狐文官」
辰海の指示に、月魄は深々と頭を下げた。




