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序章二節

「野宿? 迷子?」


 短い槍を持った影がつぶやく。その声は少ししゃがれているものの、女のものだ。


「襲いますかぃ?」


 弓矢を背負っていた男が、素早く弓に矢をつがえながら尋ねる。


「やめろ。一般民衆から盗むのは、流儀に反する」


「もしかしたら、どこかの領主がお忍びで旅してるのかもしれないぜ?」


 長剣の男が口の端をゆがめながら言う。


「それでもだ。確認する前から襲うな」


「確認したら、襲ってもいんだね!」


 短槍の女がそう言って少し火に近づく。大きさとそれが移動していることから、松明(たいまつ)の炎だと察せる。


 わずかに見えた人影は一つ。

 夜中にひとりで山奥をうろつくなど自殺行為ではなかろうか。よほど山のことを知らないのか、逆に慣れているのか。

 しかし、実際はそのどちらでもなかった。


 いや、確かに彼女は山歩きに慣れていた。だからこそ夜に山を歩く危険性はよく知っていた。

 それを知ったうえで、どうしても夜に出歩く必要があったためここにいたのだ。

 そして、危険を熟知した彼女の警戒心は、極限まで研ぎ澄まされていた。


「なに? 誰?」


 さほども近づかないうちに、松明を持った人影が振り返る。

 その声は、高く澄んでいた。声も松明の赤みを帯びた光に照らされた体も完全に女性のものだ。


 短槍を持った盗賊の女は慌てた。まだ相手を槍の間合いに入れるどころか、相手の状態を把握することさえできていない。

 松明を持つ女から自分の姿は見えていないはずであるにもかかわらず、彼女がまっすぐ自分のいる場所を見据えているのもさらなる焦りを生む。


「くっそ、見つかっちまった!」


 見つかったことに対する焦燥、怒り、恐怖――。

 様々な感情で混乱した短槍の女は、抜身の槍穂をひらめかせ駆けだした。松明の女に向かって。彼女が山里の娘のような貧相な格好をしていることには気づかない。


「もしかして――」


 松明の女がつぶやく。その瞬間、光源が消えた。

 これから起こるであろう一悶着で、松明の火が落ち葉に引火するかもしれない。山火事を起こすのを危惧した女が自ら消したのだ。もちろん、暗闇が自分の姿を隠してくれることも計算している。


 案の定、ずっと松明の火を見続けていた短槍の女は、火が消えた瞬間暗闇に包まれた。

 そのまま先ほどまで松明の女がいたところを横薙ぎに大きくはらったが、手ごたえはない。逆に背を木の棒で叩かれた。松明の残骸だろう。


「この……!」


 女が槍を背後に向けて振る。


「やめろ! さくら!」


 そう叫んだのは盗賊の頭だ。

 しかしすでに勢いのついていた槍は、松明の一部と女の左腕を切り裂いた。


「……た……っ!」


 女が短く悲鳴を上げる。


 その隙に松明の女の背後に忍び寄っていた男が長剣を振り上げた。

 女が気配を感じて振り返るがもう遅い。剣の柄が女のこめかみをうち、彼女の意識は闇に沈んだ。

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