四書二節 - 竜越
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与羽たちが竜越についたのは暮波を出た翌日の昼前だった。高所にあるためか、まだ朝の涼しさが残った中を人々が行きかっている。
村の入り口には市が立ち並び、土に埋めた四本の柱にむしろをかけただけの粗末な屋根の下に野菜や穀物、川魚、調味料などの食品から草履や漆器、焼き物などの生活用品まで雑多に並べられていた。
でこぼこした石畳の道は、人が四人並んで通れるかどうかと言ったほど。しかも今は民家の窓が開けられているため、さらに窮屈に感じた。窓の上部についたちょうつがいを用いて、家の外側へ水平に跳ね上げる形の窓がずらりと顔の高さに張り出している。
「久々に来た」
与羽は市で明るく接客する商人を見ながら言った。
大きなたらいに入れられたあずきを、ますで量り売っている。
「与羽!」
市を過ぎ、跳び越えられそうなほどの幅しかない水路にかかった木橋を渡ったところで名を呼ばれ、与羽は首をめぐらせた。
すぐに、正面から駆けてくる少年に目が留まる。
「おぉ、月魄」
与羽もつぶやくように彼の名を呼んだ。
「気づくの早いね」
「暮波の村長から事前に連絡をいただいて、櫓から村の入り口を見ていたので」
少年は村の中ほどにある背の高い建物を指差した。そこから与羽たちが来るのを見て、急いで降りてきたのだろう。
「なるほど。蒼蘭は――?」
与羽は少年に尋ねる。
少年の名前は飛走月魄。姉の蒼蘭とともに、森の民として先日の戦にも参加した若いながらも優秀な戦士だ。
「少し村を出てる。昼ごろには帰ってくるはず……」
月魄は大柄な体にふさわしい低い声で答えた。
ただ、顔にはまだ幼さが残っており、それが彼の体格が放つ威圧感を抑えてくれている。
「凪ちゃんはここに来た?」
与羽は直接的に問いをくり出す。
「来たけど――」
少年は助けを求めるように、村の入り口へ視線をさまよわせた。
「はぐらかさないで」
与羽の口調がとげを帯びる。いつもの不機嫌な様子と似ているが、ほのかな怒気が感じられた。
話を聞いていた比呼の表情も険しくなる。
「行方、不明……です。申し訳ありません、姫」
わざと敬語になったのは、言葉に重みを持たせるためだろう。
与羽は、彼の返事を城主代理に対する正式な報告と受けとった。
「…………」
与羽の眉間にしわが寄った。無言で先を言うように促す。
「凪那さんは確かに、ここ竜越の集落にいらっしゃいました。薬草の買い付けを行うためです。しかし、ここでもそろいきらない特殊な薬草があると言うことで、一度集落を出られました。それきり――」
与羽の怒りを恐れてか、月魄は大柄な体を小さくしている。
「それは何日前の話?」
「二日前の正午過ぎです」
「わかった」
与羽は低い声で言って、踵を返した。
「与羽!」
それを辰海が肩をつかんで止める。
不服そうに見上げた与羽の瞳には、焦り、怒り、不安――。様々な感情が見え隠れしていた。
「落ち着いて」
辰海はわざと低めた声でゆっくり言った。
「これが落ち着いとけると思う!?」
与羽が声を荒げる。今まで押し殺していた感情が、あふれたのだと辰海は思った。
「殴るぞ!」
脅しのつもりなのか、与羽が怒り任せにこぶしを振り上げる。
そんな与羽のこどもっぽさがいとおしいと思った瞬間、辰海のほほを風が薙いだ。本当に殴らそうになったらしい。




