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龍神の詩6 - 紅花青嵐  作者: 白楠 月玻
四章 登蔦
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四章一節 - 薬湯

「ほらよ。これでいいのかい?」


 低めの女声とともに、(ナギ)のわきに草や根の束が置かれた。


「ありがとうございます、さくらさん」


 凪はそれをあらためながらお礼を言った。


「ふん」


 そんな凪の穏やかさが気に入らないのか、さくらは鼻をならして凪の目の前に寝かされている少女に目を向けた。


「助けられるんだろうね?」


「最善はつくします。まだ正確なことは言えませんが、似た症状の患者を診たことがあります。これから作る薬が効いてくれれば――」


 凪も自分が向かっている患者を見た。

 弱り切った熱っぽい目で、不安そうに凪を見上げる少女は十にも満たない。

 大きく息を吸い込むと咳き込んでしまうらしく、浅く息をついているのが何とも苦しげだ。


「この村にあるものは全て使ってくれて構わない。他に足りないものがあれば、できる限り用意する」


 部屋の隅で凪の様子を観察する青桐(あおぎり)が言う。

 彼は先ほども凪が必要な材料の名前を言うや否や、部下にすぐさま用意させた。


 薬草を持ってきてくれたさくらは、盗賊にいた短槍(たんそう)の女だ。今はややみすぼらしいものの、村娘の姿をしており、槍はない。


「ありがとうございます」


 凪は礼を言って、返してもらった乳鉢に乾燥した薬草を複数種入れてつぶしはじめた。


「お茶のように煮出す種類の薬なので、お湯と茶こしを用意してただけますか?」


 そう言うと、青桐が目配せし、さくらが「仕方ないね」と言いつつも、かまどがある土間に早足で向かう。

 それとほとんど入れ替わりに、短剣を腰に()いた少年が、摘んできたばかりらしい青々とした木の芽を持ってきた。年のころは十五ほど。その若さで青桐ひきいる盗賊の一員であるらしい。


「お姉ちゃんどうぞー」


 どこか子どもっぽさを残しつつも、顔つきはおとなび、額から目じりにかけて傷痕があるせいか、精悍(せいかん)な印象だ。


「ありがとう、えっと――」


「俺、風露(ふうろ)


 少年は得意げに笑んだ。


「素敵な名前ね。ありがとう、風露くん」


「呼び捨てでいいよー」


 風露は凪の作業に興味があるのか、乳鉢のすぐ前に座って手元を覗き込みはじめた。


「ねぇねぇ、俺の採ってきた木の芽は何に使うのー?」


「あれは、はやり病の原因になっている毒を出すために使うのよ」


「じゃ、今作ってるのはー?」


「これは咳止め。風邪やぜんそくでせきが止まらないときにも使えるわ」


 凪は答えながらも手を止めない。


「万能薬ってやつだね」


「万能ってほどでもないけど、肺の病に関してはそうかもね」


「へぇ~、すごいねお姉ちゃん」


 風露は目を輝かせている。盗賊の血なまぐささは感じられない。


「このまま、ずっとここにいてくれればいいのに」


 その言葉に凪の手が止まる。中州で今まで()てきた人の顔が脳裏をよぎった。


「ここにもお医者様が必要そうね。でも、私にも帰るところがあるから――」


 しかしそれも一瞬。凪は申し訳なさそうにほほえんで言った。


「そんなぁ……。じゃあさ――」


「風露」


 話に割り込んできたのは、やや離れたところから様子をうかがっていた青桐だ。


「あまりわがままを言うな」


「う~、わかった」


 お頭の言葉に、風露はしぶしぶ従った。凪から少し離れて、行儀よく膝をそろえて座る。


「申し訳ないな」


 凪に向き直った青桐が頭を下げた。


「いえ。医術の心得がある人にいてほしい、という気持ちはわかりますので」


 それでも自分は中州に帰らなくてはいけない。帰りたい。

 そろそろ比呼(ひこ)が、帰宅の遅い凪を心配しはじめているころだろう。比呼が与羽(よう)に相談すれば、与羽自ら華金山脈に捜しに行くと言い張るはずだ。自身の危険など顧みず。


 ――みんなを早く安心させてあげないと。


 そのために、この村のはやり病を一刻も早く収束させる。

 凪は自らにそう誓った。

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