三章四節 - 楽陀矛
「よし!」
そして次の瞬間、勢いをつけて立っていた岩から飛び降りた。
その顔には疲れも眉間のしわも見られない。いつもの明るくはつらつとした、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべている。
ざわざわと木の葉を鳴らす風が、与羽の髪をもてあそぶ。
木陰だと黒く見える髪が、木漏れ日に青くきらめいた。
「もう行く? お昼休みは?」
ラダムが立ち上がりながら尋ねる。
「昼食なら、歩きながらでも食べれる」
与羽はそう答えて、ほかの二人を見た。
辰海と比呼は立ち上がってうなずく。
「じゃあ行こう。ここから先は登り道が多くなってつらいかもしれないけど――」
ラダムは木々から透けて見える景色と、太陽の位置から進むべき方向を確かめた。
「でも、与羽。大丈夫?」
歩きはじめたラダムについて行こうとする与羽の肩をつかんで、そう言ったのは辰海だ。
「大丈夫」
与羽は淡く笑んだ。
「でも――」
「疲れとらんわけじゃないけど。急いだ方がいいでしょ?」
「それは――」
辰海は口ごもった。
与羽の言っていることが間違いだとは思わない。ただ、与羽の考えと辰海の気持ちが一致しないだけだ。
「あんまり過保護すぎると嫌われるよ」
「えっ!?」
うっとうしげに目を細めた与羽の横顔は、冗談を言っているようには見えない。
「君は、僕のこと、嫌い?」
思わずそんなことを聞いてしまった。
「嫌いじゃないけどさ」
与羽はそこで言葉を切って、辰海に背を向ける。
――嫌いじゃないけどさ……。
そのあとに続く言葉を辰海はあえて考えなかった。
* * *
「ねぇ」
与羽と辰海が話しているのをなにげなく見ていた比呼は、はっとして振り返った。
「お兄さん、意外と隙だらけだね」
そこに立っていたのは、先に行ったと思っていたラダムだ。
「え……っと?」
「お兄さん、さっきボクのこと観察してたよね?」
彼女に隙がないか探っていた時のことだろう。
「やめてほしいんだよね、そーゆーの。戦場に立ってるみたいで、緊張しちゃうでしょ?」
声を低めゆっくりと話すラダム。まっすぐ比呼を見上げる彼女の雰囲気は、先ほどまでのそれと全く違う。威圧的で、殺気すら感じそうだ。
これが、与羽が「一筋縄ではいかない」と言っていた意味なのだろう。
不意を突かれた比呼は、ゴクリと喉を鳴らした。
「キャハハハ……! そんなにいい反応されるとボク困っちゃうなぁ~」
そんな比呼に、ラダムは声を上げて笑った。さっきの雰囲気が嘘のように、明るくはつらつとしている。
「向こうもお話終わったみたいだし、行くよ」
再び歩き出したラダムからは、威圧感が完全に消えていた。
そのあとをいつも通りに見える与羽と、少し硬い顔をした辰海がゆっくり追いかける。
「比呼?」
与羽に呼ばれて、ラダムの変化に度肝を抜かれていた比呼ははっとした。
「だから言ったじゃん」
あきれたように眉を下げる与羽が愛らしい。
口元には嘲笑らしきものも残っているが、それがまた与羽らしい。
「うん」
比呼も苦笑を返した。
「行こう」




