三章二節 - 案内人
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「にしても、道なき道って感じ」
そうぼやいたのは与羽だ。
早朝に暮波の集落を出て、とりあえずの目的地に設定した竜越へと向かっている。
「最短経路でって言ったのは与羽だよ?」
与羽の前を歩いていた少女が振り返る。年のころ背丈ともに与羽と同じくらい。
丸顔に肩に触れるか触れないか辺りで切りそろえた髪。緩く吊り上った目に、薄笑いの浮かぶ口元。鼻は低めで唇は薄い。
童顔にも見えるが、大人びても見える。どことなく近寄りがたさを秘めた、不思議な少女だ。
動きやすい衣装に包まれた体は、どちらかと言えばふくよかな部類に入るが、動きは与羽以上に俊敏かもしれない。
「まぁ、ちゃんと通れるから、かまわんけど」
そう言いつつも、野ばらの茂みをまたごうとして、つるに足を捕られる与羽。
「与羽!」
小さなとげが無数にある野ばらの上に倒れ込みそうになった与羽を、比呼と辰海で支える。
「お熱いねぇ」
比呼に腕をつかまれ、辰海に胴を抱かれた与羽を見て、前を歩いていた少女がにやりと笑む。
「からかわないで、ラダム」
与羽はむっとしながら、今度こそ茂みをまたぎ越えた。
「もしかして、疲れが取れてない?」
暮波村長の孫娘――暮波楽陀矛がわずかに首を傾げる。
ラダムと言う呼び名は、学問所時代から使われている。このあたりではかなり珍しい発音に、ラダム本人もとても気に入っているらしい。
「大丈夫じゃ」
与羽はほほに伝う汗を手のひらで乱暴に拭った。
「…………。そろそろ昼前だし休憩を入れようか」
しかし、ラダムは与羽の疲労を察してそう提案した。与羽の答えを待たずに、木陰の岩に素早く腰を下ろす。
与羽たちは彼女の案内でひたすら山を進んでいた。与羽は不機嫌そうな表情を浮かべたが、案内人がそう言うのならと、ほかの三人も休憩の態勢に入る。
青々と茂る木の葉を透かして差し込む陽光は強かったが、影が多いのと標高が次第に高くなってきたことで、気温自体はさほど高くない。
ただ、ずっと動き続けているため、全身汗ばんでいる。動きを止めると、汗のせいで自分の周りの湿度が上がり、かなりの蒸し暑さを感じた。
一方、森の民であるラダムはほとんど汗もかかず余裕が見られる。山歩きに慣れているのだろう。与羽たちの疲労状況を正確に察して、今のように休憩時間を取ってくれる有能な案内人だ。
「あつ……」
日陰の冷たい岩にあおむけに寝そべりながら、与羽がつぶやいた。
「がんばって」
ラダムはそんな与羽の額に水筒の水を垂らした。
「今はどのあたり?」
与羽の近くに座り、与羽の湿ってまとまった前髪を額になでつけてやりながら辰海が尋ねる。
「う~ん。瀬川の集落を少し過ぎたあたりって言えばわかるかなぁ? 与羽が急いでって言うから、普通立ち寄る集落も全部飛ばして近道してるからねぇ……」
ラダムは答えながら立ち上がり、木々の間から見える高い山々を指差した。山頂付近には木がなく、急峻な岩山だった。華金山脈の中央部、最も高い山が連なる場所だ。
そこからすれば、まだ今歩いている山地帯は山裾といえるだろう。
「あの高い山が立神山」
晴れた日には城下町からでもよく見える起伏の激しい山を指し、今度は逆を向く。
「向こうに見えるのが竜山。竜越のある山だね。ここで半分に少し届かないくらい? 今日は角湖まで行くよ。そこまで行けば、あとは川に沿って歩くだけだしね」




