二章五節 - 足止
「凪那嬢なら七日ほど前に来ましたぞ」
短いひげに覆われたあごを撫でながら、村長が言った。
はっとした三人の視線が村長に集まる。
「守谷に寄ったあと、薬草の買い付けにの。じゃが、戦があって以降村々の行き来が減って、暮波では手に入らんものも多かったようじゃ。いくらかの薬草を、帰りに買うからとっておくようにと言って南に向かいましたぞ。最終目的地は『竜越』と聞きましたな」
「竜越」
与羽は口の中でその集落名を繰り返した。こちらもそれなりに大きな集落だ。
ここ暮波からは南南西――華金山脈をさらに分け入り、中州と南の大国華金、西の黒羽。三つの国の国境付近だ。
近くには国境にもなっている小道や渓流があり、それを使って行き来する行商人などから物を仕入れるため、暮波同様多様な品がある。
「途中で一泊して二日ってとこかな……。急げばもう少し早う着くけど。おとといか昨日あたりに暮波に帰って普通だけど……。まぁ、けど竜越で足止めされた可能性もあるし……」
「竜越まで行かれますかな?」
村長は確信的に聞いてくる。
「はい、できれば早く」
与羽が言い、その後ろで比呼も深くうなずいた。
辰海はわずかに心配そうな顔で与羽を見ている。
「凪那嬢が竜越に行く道のりも聞いてあるのじゃが……」
「そこまでされているのですか」
山歩きには危険が伴う。万一の事件や事故を早期発見できるように、それぞれの村では村を出る人が立ち寄った場所とこれから向かう場所の把握を行っていた。
しかし、目的地までの道のりまで聞くのは珍しい気がした。
「戦でこのあたりの治安も乱れとりますからの。盗賊や追い剥ぎの動きが活発になって、村の場所を変えた集落もいくつか――。大事を取らせてもらったまでじゃ」
「なるほど、助かります」
村長がいくつかの集落名を挙げるのを辰海が書き取る。
与羽も頭の中で華金山脈の地図を思い浮かべた。
「……少し山脈の方へ迂回していますね」
そして気づいたことを述べる。
「そちらの方が珍しい薬草が取れるからじゃろう」
「……確かに」
山脈側では高地でしか取れない薬草も手に入る。
「けど――」
与羽は後ろの比呼と辰海を見た。
比呼は気を張った険しい顔で、辰海は不安そうな顔で与羽を見返している。
「うちらは最短経路で竜越に向かいます」
そして村長に向き直ってそう言った。
「そうか」
村長もうなずく。
「それなら案内のものをつけましょうぞ。あまり無茶な道を通ってもらっても困りますのでな。集落の位置も変わっておりますし。わしの孫娘で構わんか? 早く安全な道を案内させますゆえ」
「助かります」
与羽は淡く笑みを浮かべた。村長の孫娘とは学問所時代からの付き合いだ。
「そのかわり、今日は暮波で休まれよ。部屋は用意させる。この時間から村を出ても、次の集落につくのは深夜になる。そんな危険を冒させるわけにはいきませんのでな」
「……はい」
しぶしぶではあったが、与羽は素直にうなずいた。
「いい?」と後ろの二人にも確認をとる。
「うん」
与羽の身を危険にさらしたくない辰海は即答した。
「……大丈夫」
比呼も淡くほほえんで、与羽の意見を認めた。
与羽は隠そうとしているが、一日中足場の悪い山道を歩きつづけ疲労が見える。これ以上山道を――しかも暗くなった山道を歩くのは危険が大きい。
凪は大事だが、与羽のことも複雑な前歴をもつ自分を心から信頼してくれる主人として守りたいと思っていた。彼女に無理はさせられない。
凪も与羽も、中州に住む多くの人々も――。
これほどたくさんの大切に思える相手を持てたことに驚くとともに感動した。
「ありがと」
複雑な比呼の内心を察してか、そう言ってやさしくほほえみかけてくれる与羽の想いがうれしい。
本当は今すぐ駆け出していきたいが、与羽がいるおかげで思いとどまれる。
――彼女について行こう。
「それでは暮波殿、お世話になります」
村長に向き直った与羽とともに、比呼と辰海も頭を下げた。




