二章三節 - 分岐
「でもっ! いいんですっ! 竜月には竜月のできることがありますからっ!!」
竜月は小さなこぶしを強く握りしめて叫んだ。
「ご主人さま、留守はあたしにお任せください!」
「よ、よろしく」
竜月の勢いに押されて、与羽は思わずそう言っていた。竜月が何をするのか不安なところはあるが、無茶はしないだろう。
その後、いくらか言葉を交わして、与羽はやっと踵を返した。ちょうど太陽の最初の光が平野を照らしはじめている。
「じゃ、行くわ」
先ほどまでの会話に比べると、とても軽い台詞とともに歩き始める与羽。
辰海と比呼は城下に残る二人に行って来ると軽く告げて追いかけた。
行き先を言わずに山へ分け入っていく与羽に、二人の男が無言でついて行く。
与羽はするすると身軽に山を登っては、気まぐれに木の実や草の芽を口に運んでいる。辺りはまだ山の入り口。城下町の人々が山菜や薪をとりに入るので、よく整備されて歩きやすい。
昼過ぎくらいまではこの里山が続くはずだ。
辰海と比呼は、木々をすかして陽光が降り注ぐ明るい山道を歩く与羽に従った。
三人の中で最もこの華金山脈に詳しいのは与羽だ。彼女についていけば間違いはないだろう。そして、本人は認めたがらないだろうが、筋力や体力が劣っているのも与羽。与羽の楽な速度で進んだ方が良い。
途中何度か休憩を取りながら、なだらかな山をいくつか越える。
「ふぅ……」
昼も過ぎたころ、与羽はとある山の尾根で足を止めた。近くに小川や岩陰もなく、休憩には不向きな場所だ。
「辰海」
与羽はしばらくその場で辺りを見回したあと、半歩後ろに控えていた辰海を振り返った。
「どっちに行く?」
彼女の問いを聞いた比呼は内心首を傾げた。辺りには道と言える道もなければ、目印もない。与羽はどこに行こうとしているのだろうか。
「そうだね……」
しかし、辰海は悩みこそすれ、与羽の質問に疑問を抱いてはいないようだ。
「近いのは守谷。……でも、南――暮波じゃないかな。そっちの方が大きいし、物がよく集まる」
どうやらどちらの森の民の集落に行くか話しているようだ。
そして、この地点が辰海の言う二つの集落――守谷と暮波への分岐点になるらしい。目印らしいものの何もない、ただの尾根であるこの場所が。
「暮波か……」
与羽がつぶやく。その目線はまっすぐ南を見つめていた。
心なしか、城下町近くの山の中より下草が目立つ。
「つくのは夕方前かな」
そして比呼を振り返った。
「ごめん、比呼。今日中に凪ちゃんを見つけるのは無理かもしれん」
「うん……。大丈夫」
申し訳なさそうに言う与羽に、比呼は不安を抱えながらもほほえんで応じた。




