第3話 始まりの春日。
*長文注意
自分が当たり前と思っていることでも人にとっては当たり前では無いかも知れない。身近にあって当然だと思っていてもその存在を知らないものもいるかも知れない。世界は未知で溢れていて、そして美しい。それを忘れず…生きろ。
(誰かがそんなことをいつか言っていた様な気がしたな…。誰が言ったか覚えて無いけど。世界は美しい…か。)
(それを美しいかと思うかどうかもその人次第な気がするけどな。誰が言ったんだっけ。)
ぼやっとそんなことを考えながら身を起こす。どうやら何かの夢を見ていてそれに影響され思い出したらしい。実際に見た夢自体は覚えていないのだが…。
「…っ。眩しいな…今何時ぐらいなんだろう。」
雲から陽が出てきたのか、窓に差し込む日差しがきつくなった。陽の光が長い金髪を照らす。顔にかかっている長い髪を耳にかけ、彼女は窓際の白のカーテンを開け放つ。更に眩しい光が辺りを明るく照らしあげるがお構い無しに両開きの窓も外側に開け放つ。外の空気が部屋に舞い込んできた。空を見上げるとまだ陽はそこまで高いわけではなかった。
「うん。今日も、問題なさそうね。」
空を見上げ、何も変化の無いことに安堵した。何も起こらない、退屈と思える日々の方が良い。
「ただ…。」
昨夜は心配なことが一つ増えてしまった。思わずうつむくと、心なしか先程までさしていた陽までも影を作ってしまう。
(昨日のオレガルの言葉が引っかかる。)
. . .
昨日彼は、私に『ありがたい話を聞かせてやる』と言った。普段は関わるのを避ける様な態度をとる彼がだ。その彼が積極的に近づくなどありえない。しかも1番浮かれるであろう呑みの席に。
(確実に裏がある、絶対。でも何が…)
昨日からこの思考のまま堂々めぐりである。きっとこれは考えても答えは出ない。とりあえずその時までやれることをやるだけだ。
「私にできることは一つだけ。」
そう言って彼女は頭を切り替え、動きやすい服に着替えていく。いつもの服。いつもと変わらない朝。
彼女が支度をして出る頃には陽はまた地上を照らしていた。
・・・・・・・・・・・
「……では、今日は通常通りに。最近魔物の動きが気になりますのでそちらにも重点を置きます。」
「ええ、それでお願いするわ。気をつけて行ってきて。」
「かしこまりました。」
王座の間では金髪の少女ルクナと女王リナティが謁見していた。片膝をついたまま顔だけを上げ、言葉を交わす。女王はその様子を見ながら彼女を気にかけるように声をかける。その表情はわが子を見るかのように優しい。最後にルクナは頭を下げ、それに答える。うつむくことで、長い金髪の髪の毛が顔にかかるため彼女の表情は読み取ることが出来ない。
「では、失礼いたします。」
そう言ったあと、近くにいた衛兵に軽く頭を下げ王座を後にする。大きな扉を進み、城内を颯爽と歩いて回る。城内は明るく綺麗に保たれており、全体的に白で統一されているこの城は光が差し込むことで更に明るさを増す。使用人たちは世話しなく動き回っている。今は朝食の片付けなのだろう食器を持った姿が目に入る。広い城内を歩き続けていると巡回している衛兵に声を掛けられる。
「ル、ルクナ様!!!」
彼は少し上ずった声で自分の名を呼ぶ。声を掛けた彼の黒髪は前髪だけが上にはねている。その姿は何だか初々しく、まだ服も新しい。彼の姿は今まで見かけたことが無い。新しく配属された新米の衛兵だろうか。
この城にいる衛兵達は立場上ほぼ把握しているはずであるのだが…。
「はい、何でしょうか。困りごとでもありましたか。」
「え、あ、はい!あの…。」
そんな彼の顔を見て話しかけると、なぜか顔を真っ赤にして口ごもる。
口をまごまごさせてタイミングを計っているかのような彼にこちらから声を掛ける。
「?どうしましたか。言いにくいことであれば場所を変えますが。…あなたの顔は見たことが無いですね。覚え忘れであれば申し訳ありません。お名前をお聞かせ願えますか。」
さらに顔を真っ赤にして彼は大きな声で勢いよく答える。
「は、は!!わたくしは一週間ほど前にこちらに配属になりました。ハディと申します。まだ顔を合わせていないのはまだ見習いだからだと思われます。あと数人こちらに配属になる予定の者がおりますので顔合わせはその後になるかと思われます。」
なるほど。そういうことか。だとすればこの初々しさにも納得出来る。
なぜここまで顔が赤いのかは分からないが。
この城では春になると新しい衛兵が数人配属になる。まずは城に集められ能力を確認されたのち、それぞれの場所で働くことになる。そのまま城内担当になるものもいれば、城外担当になることもある。最初に能力を確かめられる期間を見習い期間と言い、その期間が始まる前に顔合わせが行われる。そして担当が決まった後には初のミーティングが行われるのである。彼は一足先に来た見習いなのだろう。見習いは望めば早めに来ることも可能である。
そうしてしばらく考え事をしていると、やっと言うタイミングを掴んだのか相変わらず赤い顔で話し出す。
「あ、あの!!僕、いやわたくしは、ルクナ様に憧れてこの城に志願したんです!!!こうして実際にお会いできて嬉しいです。これからしばらくの間よろしくお願いいたします!!!」
そういって彼は勢いよく頭を下げる。彼の言っていることとその勢いに圧倒されながも顔を上げるように手を示す。まさかそのような理由だとは思わなかった。
「そうですか。私に…。そういっていただけて嬉しいです。それにしてもずいぶん来られるのが早いのですね。ご出身がお近くなのですか。」
「い、いえ。ラーディアという街です。出来るだけ早めにこちらにきて勉強したいと思いまして。あと、ルクナ様にお会いしたかったので。」
「そんな遠方から。私に会いたいと思っていただけるのは光栄ですが、他をおろそかにしないように多くを学んでくださいね。」
「はい。あなた様とこの城で働けるようにしっかりと学びます。」
どうやら彼が顔を赤らめているのは憧れの彼女と声を交わすという緊張感からであったらしい。守護者であるルクナは遠方にいるものでも知っている人がほとんどである。しかし実際に姿を見かける人物は少ない。彼は実際に姿を見たことがあるレアな人物らしい。…ルクナに会いたいがために早く見習いに来るという点を含めてである。
「あの、わがままを言ってしまい申し訳ないのですが握手してもらえませんか!」
そういって彼は再び頭をさげて手をこちらに差し出してくる。しかしルクナは手を差し出すことなく首を横に振った。
「いいえ、今は挨拶だけにとどめておきます。晴れて正式に配属になった際には握手を交わしましょう。希望どうりになるといいですね。楽しみにしています。では私は失礼します。」
「あ、はい。わがままを言ってしまい申し訳ありません。励ましのお言葉、ありがとうございます!失礼いたします!」
衛兵は少し戸惑いながらも去っていく彼女に対して深く頭を下げる。その様子を見て彼女は少し会釈をし、広い城に消えていく。彼女が去った後も衛兵はぼへー…っと城の奥を見つめ続けている。
そんな状態の彼の元にいきなり飛びついて来る者が1人。
ガバッ!!!
「よーっとハディ!!なに見つめてんだ? お!あれかお前の憧れのル…トナ様?だっけな。あの人美人だよなぁー! ちょっと冷たいけど」
「お前…わざと言ってるだろ。あの人はルクナ様だっ!!!それに冷たいんじゃなくて礼儀正しいんだっ!
それよりお前離れろよー…首、締まるだろ!!グエッ」
すると彼は 「しゃーねぇーなー」という言葉と共にハディから飛び降りる。彼も同じ衛兵の格好をしている。どうやら彼の同僚らしい。そんな彼も城の奥に消えたルクナを探す様に目に手をやり、遠くを見つめている。
「あの人の人気、意外っに高いんだよなー。まあ、憧れみたいな部分が多いんだろうけどさあ。俺は可愛らしい子の方が好みだけどなっ!」
「お前の好みなんて聞いてない、カレア。それより何しに来たんだ。まさかルクナ様の姿を追って来たわけじゃないだろ?」
カレアと呼ばれた赤茶の髪をしたその青年はパチンとハディに向かってウインクをしながら話し出す。
「そんなの決まってるじゃないか!憧れのルクナ様と話すことがやっっと出来た親友を見守ってただ、け、さ!」
「なっっ!!なんでお前そんなことまでしってるんだよ!!!」
再び真っ赤に顔を赤らめて話す親友に対しおちょくりたい気持ちを必死に抑え本題を話し始める。
「ま、それは冗談…じゃなくてちょっと本気だったけど、そうじゃなくて詰所で集合かかってるぞ。遅刻したら評価下げられちまってルクナ様と働けないかもしれないぜ。あ、ちなみに俺はもう行ったから!」
「おま!早く言えよ!!!んじゃな!!!」
「がーんばれよー!ハハッ」
血相を変えてハディはルクナが去った方向とは逆に走っていく。そんな親友の姿を目で追いながら彼は苦笑しながら呟く。
「いや、あれ誰から見てもほぼバレバレだろ…。気がついてない方が珍しいって。まー…。」
そしてまたルクナが消えた方向を見遣りボソッと声を発する。
「…ルクナ様自身は気がついてないみたいだけどな…。はー。あいつも大変だなー!これからも俺が見守ってやるかねぇー。」
ぽりぽりと頭を掻きながら彼もまた城の奥へと去っていく。
「「ルクナ様!」」
自分が去った後にそんな会話がなされているとはつゆ知らず。衛兵の元を離れたルクナは未だ城の外に出れないでいた。城を進めば進むほど多方面から何度も声をかけられ、進めないのである。
他の衛兵、城で働く侍女たちなど城には色々な人が働いている。色々な人がいる分、その人の分だけ多くの問題が出てくる。そのためその者達の話を聞くこともよくあるのだが特に最近は話しかけられる事が多い。もちろん殆どは真剣な話のことが多いが、たまに雑談のような事も話したりする。その中から新たな発見が見つかる場合もある。だがここ最近は「きゃ、ルクナ様よ!」…なんて黄色い声も密かに増えている様に感じる。どうやらここでも新しい人が増え、新たな春を呼んでいるらしい。もちろんそんな黄色い声が自分に向けられていることに本人は気がついていない。
やっと城の外に続く扉に手をやる。扉を開けると勢いよく風が吹き込み、ピンク色の花びらが舞い込む。またこれは掃除が大変だな、と思いながらその花びらを一つ取り、少し高くなった太陽に向かって透かす。太陽に照らされた花びらはより色濃く輝いて見えた。