第1話 平和なこの世界で。
ある昼下がり、どこにでもあるような景色。
元気に走り回る子供たち。おしゃべりに夢中な主婦たち。
ショッピングにいそしむ女の子たち。
声をかけながら見回りをする兵士たち。
皆がみな、笑顔に満ち溢れていて。
それはどこにでもある平和そのものの景色で。
あまりにも愛おしいもので。
でも、私には全く関係のないものだった。
「穏やかな日々なんて私にあったかな…。」
そんな平和そうな風景を見下ろしながら、
私は唐突に吹く風に舞う髪を抑える。
そして自分に全く関係のないはずの風景に心奪われていることに気づき
サッと目を背ける。
「そろそろ行かなくてはいけない…か。」
そうつぶやき身を翻す。
そして颯爽と自分のいた場所から飛び降り、着地をする。
その姿は可憐であって隙がなく、そのあたりにいる少女たちとは
大きく異なっていた。
そうして金色の綺麗な長い髪をした彼女は颯爽と歩き始める。
その顔からは先ほどの切なげな表情は見出すことはできなかった。
ここは王都ルナティア。月に属する国、ルーナの首都である。
この世界、バンクールは3つの国に分かれており、それぞれに属性をもつ。
一つは太陽、そして二つ目は星、最後は月だ。
それぞれ国は属性の加護を受けて成り立っているため、
国を陽国・星国・月国と属性によって分けて呼ぶ者も少なくない。
そんな国の一つ、ルーナの王都ではある者が謁見に来るのを
楽しみに待つ者がいた。
「ねえ、まだこないのかしら。今日はずいぶんと遅いのね。
なにか連絡はとどいていないの?」
「いえ、特にそのような連絡は受けておりませんが・・。」
「はあ・・。そう。」
そうやって可愛らしい声で残念そうに呟く女性の名はリナティ・フィーリア。
この王都ルナティアの王を務める女性である。
後ろに流れるのは小麦色の美しい金色の髪。それをきちっと結い上げた姿からは
彼女の王族としての気品を感じさせる。
それでいて若く美しい見た目であるのだから
国民の間で密かな人気を集めているのもうなずける気がする。
そんな女王の元へ近衛兵である男の声が響く。
「リナティ女王様。 ルクナ様がお越しでございます。
お通ししても宜しいでしょうか。」
するとパッと明るい表情をして彼女は答える。
「ええもちろんよ!通してくださいな。」
「はっ!!」
重重しい扉が開く。
そこに現れたのは先ほどの長い髪をした少女である。
彼女は女王の前でひざまずき、顔をあげ、声を発する。
ころころと表情が変わる女王と真逆で顔には表情がない。
「遅くなりました。リナティ女王様。ルクナ・ファンファリート参上致しました。」
「待っていたわルクナ。今日は遅かったのね何かあったのかしら?」
「いえ、なんでもありません。造作もないことですから、お気になさらず。」
「そう?ならいいのだけれど。」
「気にかけていただき恐縮です。そして今日はどのような依頼でしょうか。」
淡々と会話が進んでいく。
王都の女王様と正体不明の少女、ルクナ。
様付けであることから一般人でないのは明白であるのだが、
貴族のお嬢様という感じでもない。 つかみどころのない少女である。
そんな彼女を見ながら女王はある提案を口にする。
「いえ、今日は依頼というものではないの。ただ、一つ提案があるの。」
「提案・・ですか?」
ルクナの表情が少し曇る。何か嫌な予感がするようだ。
「そうそう。今日私とお茶会をしてもらえないかしら。」
「え・・。お茶会・・ですか? わたくしなどとではなくご家族でお楽しみになってはいかがでしょうか。」
「なにを言っているの。私はあなたとお茶会がしたいのよ。」
「唐突ですね、リナティ様。ありがたい申し出ですが
私にはやらなければならないことがありますので。辞退させてください。」
突然のお茶会のお誘いである。
普段お茶会などは家族や賓客を招いて行うものである。
ルクナも謁見の客と言えば客なのかもしれないが
それでも正体が分からないだけに異例であるように感じる。
しかし、女王の申し出をわざわざ断る彼女も珍しい。
「ルクナ。あなたはいつも色々考えすぎなのよ。
今は昼だしここ最近は異常も見られないし少しくらい大丈夫だわ。」
「確かにここ最近は異常が見られませんが・・・。しかし・・。」
「ふう・・。あなたもがんこね。その頑なすぎるのはどうかと思うわ。
仕方がないわね。あまりこういう事はしたくないのだけれど。」
食い下がらないルクナに対し、女王はため息を一つついたのち、
姿勢をただして告げる。
「ルクナ・ファンファリート。
あなたに告げます。これより開かれる茶会に参加すること。」
そう、真顔で言った後にっこり笑い彼女は言葉を足す。
「いいわね?」
ルクナの顔がこわばる。
そして半分どこか諦めたような顔をして返事をする。
「リナティ様・・。それは職権乱用というものでは・・・。」
「ルクナ?返事は?」
「・・・・。かしこまりました。リナティ様の意のままに。」
「よろしい。」
女王の笑顔という名の威圧で参加せざるを得なくなったようだ。
ルクナは深くうなだれた。
・・・・・・・・・・・・・・
春の日差しが辺りを暖かく包み込み、心地の良い風が吹くもとで
ここ王都ルナティアの中心、リベリア城では小さなお茶会が開かれていた。
一人の黄金の髪の女性が一人の少女に問う。
「ねえ今日はどっちのお菓子がいいかしら。
チョコレートクッキー?それとも苺クッキー?
それともケーキのほうがいいかしら?」
綺麗な青色の瞳をした女性‐リナティ女王‐は楽しそうに言う。
「…。」
「ちょっとルクナ、聞いているの?」
それとは逆に少し困った顔をする、夜の闇を思わせる紫色の瞳をもつ
少女‐ルクナ‐は言いづらそうに答える。
「はい…聞いてはおりますが、
それに関しては私が決めることでは無いと思いますので。」
「ふう、全くあなたって人は…。
こういう事は聞かれたら答えるのが筋というものだわ。」
にこにこ笑うリナティ女王に観念したのかルクナは渋々答える。
「では苺クッキーで。」
そう答えた直後、女王の口からある言葉がこぼれる。
「ふふ。そう来なくては。では私はどっちも食べてしまおうかしら。」
まさかの発言である。さっきの問いは何だったのだろう。
「!?リナティ様、それでは聞いた意味がありません。」
驚く顔をするルクナ。
突拍子もない発言がなされたのだからそれも仕方がないだろう。
「あら全部食べてはいけないとは言ってないわよ。」
それにもかかわらずけろっとして話す女王。
本当に彼女は年相応には見えない。
「…。」
「ふふ。そんな呆れた顔しないの。
さあ食べましょう。美味しい紅茶も用意してあるのよ。」
そういうとタイミング良く城の使用人がやってきて
紅茶のポットとお菓子類を運んでくる。
辺りにほんのりと焼かれたクッキーと美味しそうな紅茶の香りが漂う。
少し小さめのテーブルの上に並べられたそれらを
女王はそっと手を取り二つ分の紅茶を注ぐ。
その様子をみながらルクナは真面目な顔をして女王に問う。
「…。ルナティ様、率直に聞きます。
私をお茶会に誘った明確の理由があるのでしょう?」
なにか重要な連絡事項があるのではないかと考えていたルクナだが、
王女はなに一つ動揺することなく注ぎ終わった紅茶をルクナに差し出す。
「いいえ。特にそういうものは無いわ。
依頼や頼み事はここでわざわざ言わなくても言えるもの。ただ…。」
そこで女王は自分のカップを手に取り、真剣な顔をして言葉を切る。
真剣な表情の王女を見てやはりなにかあるのか…と身構えたルクナだが、
女王から聞いた言葉は何とも脱力する答えだった。
「ただ単純に他国のお菓子を貰ったから誰かと食べてみたいと思ったのよ。
一人で食べるのは勿体ないし、それに…。」
「それに?」
さすがに言葉を切るのは二回目なので、
やはりなにか事情があるのかと考え始めたのもつかの間、
女王はウインクをして話を切り出す。
「美味しいものを食べるなら誰かと一緒に食べるほうがおいしいでしょう?」
「!!…それは…」
ルクナは思いがけない答えに戸惑いを隠しきれない。
そこへ元気な声とそれをおいかけるようにもう一つ声が飛んでくる。
「あーーーー!すっごく美味しそうな香りがするーーー!」
「ちょっと、ちょっと待ってよリディア。そっちに行ったらダメだよ。」
ぴょんと元気な声でその場に入ってきたのは
10歳前後の女の子と15歳前後の男の子。
胸のあたりまである黄金色の柔らかい髪を横で編み込み、
茶色の大きな瞳を持つ彼女は無邪気に笑う。
「あらやっぱりばれちゃったかしら。
リディア、お客様の前なのだから少しは遠慮してちょうだい?」
「えーだってお母様だけお菓子を食べるなんてずるいわ。」
「リディア、お母様の邪魔をしたらダメだって言ったじゃないか。
それにさっきも厨房の料理人におやつを貰っていただろう?」
「むー。」
むくれた彼女をたしなめるのは
青みがかったグレーの髪をもち、母親譲りの青色の瞳を持つ男の子。
お転婆な妹とは違い、少しおとなしそうな彼は困った顔で
母親であるリナティ女王に声をかける。
「ごめんなさい母上、リディアがどうしても行くってきかなくて。」
「だって私の好きな甘ーいお菓子の香りがするんだもの。
私もお茶会に参加してもいいでしょう? ルクナ様もきっと許してくれるわ。」
「ふう。仕方がないわね…。
ルクナ、申し訳ないけれどこの子たちも同席させてもいいかしら?」
「はい。私は構いません。招待してもらったのはこちら側ですし。
たとえそれが少し強引だったとしても。」
「もう、強引なんかじゃないわよ。
ふふ良かったわね、じゃあ二人とも一緒にお茶しましょう。」
「わーい!お母様ありがとう!」
楽しそうにお茶の用意をする親子を見ていると妹の面倒を見ていたはずの
リディアの兄、ラディから声をかけられる。
「あの、ルクナ様。母とのお茶会をお邪魔してしまって申し訳ないです。」
そういって丁寧に謝るラディは15歳にしてはとても大人びて見える。
「いや、こちらこそ親子の時間を奪ってしまったようなものですから…。」
「はは。そんなことまで考えてくれるのですか。
ルクナ様はお優しいのですね、ありがとうございます。」
「…。私は優しくなんかありません。」
「?」
「いえ、ラディ様は気にしないでください。」
この思いは彼に聞かせるべき話ではない。
だがやはり気になったようなのか、気遣うような言葉をかけられる。
「ルクナ様、母がどのようなことを思ってあなたをお茶会に誘ったのかは
息子の僕にもわかりません。ですが、僕があなたとご一緒できて
嬉しいのと一緒で、母もきっとあなたに喜んでもらいたかったのではないかと
そう、思うのです。…多少強引だったとは思いますが。」
そういってその整った顔立ちで苦笑いを漏らす。
「お気遣い、感謝いたします。」
彼の苦笑いにつられてほんのすこしの笑顔を作り言葉を返す。
その笑顔は少しぎこちなかったかもしれない。
「お兄ちゃん、ルクナ様!早くしないと私が全部食べちゃうよ?」
「うーん。それは勘弁してほしいかなぁ…。ルクナ様、食べましょう。
妹に全部食べられてしまいそうです。」
「そうですね…ではお言葉に甘えて。」
そうして一つクッキーを手に取り口に運ぶ。
それはとても仄かな甘みがあって美味しいはずなのに、
そのときのルクナには美味しく感じることは出来なかった。




