063
「ま、参りました・・・・」
騎士は 大きく肩で息をしながらようやく 声を出すことができた。そして その騎士の首筋には 剣があてがわれている。
ナオキは 先程までの真剣な表情からうってかわり 笑顔で首筋から模擬剣を離し鞘に収めた。
ここは騎士団の練習場で 壁際には疲弊した 騎士達が取り囲むように先程までの模擬戦を見守っていた。練習場の中央にはナオキと3人の騎士が 居るがこの騎士たちも周りと同様 方膝をついたりし 疲れきっていた。ナオキは手を差しのべ立たせてやる。
「流石は勇者様 手も足も出ませんでした」
「いえいえ こちらもヒヤヒヤしました」
今 模擬戦をしたのは 分隊長達 3人で この戦い以前に平の隊員達と1時間ほど戦っていた。実のところ 少しでも疲れさして 勝てないまでも 隊員達に面目がたつ程度の戦いをしたかったと言う目論見がありありと分かっていたので ナオキも少し模擬戦を長引かせた。
「お疲れ様です」
労いの言葉と笑顔 そして タオルと飲み物をマリアが差し入れてくれた。
「ありがとう」
タオルと飲み物を受けとるが 実は汗などほとんどかいていない。それほど 人間と勇者の間には力の差がある。この模擬戦は 騎士団長 マキシムに 是非ともと乞われ 渋々受けたのだが ナオキは全く乗り気ではなかった。自身がどれだけ人間とは かけ離れた存在なのかをお思い知らされるのが嫌だったのだ。
俺が かいてもいない汗を拭き 飲み物を飲んでいると 騎士たちは マリアの前に立ち 背筋を伸ばし声をかけていた。
「姫の御前で みっともない戦いを見せ 申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げた騎士達にマリアは優しく答える。
「ナオキ様相手にこれだけできたのです。立派なものです」
「ですが!」
「まあ 聞きなさい。もし あなた方3人で ナオキ様といい勝負ができるのなら 全軍をもって魔王に挑めば勝てるはずです。ですが そうせずに ナオキ様を召喚した。この意味が分かりますね?」
諭すように言った言葉であるが 騎士たちは悔しさを隠そうともしない。
「たったの 一撃すら叶いませんでした。悔しい限りです」
「私は この国の王女として 嬉しく また頼もしく思います。普通であれば 勇者様に勝てなくても当然と思うところを 悔しく思う・・・・それは 更なる高みを目指すことの条件でありましょう。この誇り高き騎士団があれば タラクシャの将来も安泰と言うものです」
「姫様・・・・・勿体無いお言葉 感謝に耐えません。我等 騎士団は 将来のタラクシャの礎にとなるため 更なる精進を惜しまないことを ここに誓います!」
俺と分隊長との模擬戦も終わり近くに来ていたほかの騎士たちも 分隊長にならい 跪きマリアに対し誓いを立てている。
騎士団は 貴族の子弟がほとんどを占めている。騎士団内の大貴族の中にはマリアとの結婚を目指しかなりの私財を費やした者もいた。そんな貴族からしてみれば 鳶に油揚げをさらわれる・・・・勇者に姫をさらわれる・・・・が如し 面白くないのだ。他にも権威主義から例え勇者であっても 平民に王女を娶らすことを快く思わないものも居た。
しかし 国軍最精鋭の騎士団員であれば 世界最大戦力である勇者と自国の姫が結婚することの意味を正確に理解できるだけの 見識を持ち 同時に 私情と国益どちらを優先させるかの判断力を兼ね備えていた。
だからこそ このような判断ができるほどの高い知性と 最精鋭たる高い戦闘力をもつが故 彼らは非常にプライドが高いのだ。
そして マリアだ。天然なのか 帝王学の賜物なのかは分からないが その人心掌握術には 舌を巻くほかない。その貴族達の高いプライドを傷つけない程度に擽り 見事に自分に跪かせたのだ。
俺も マリアの伴侶となるなら 上手く立ち回る術を身に付けなければならないのかもしれないと 思った。
マリアは 騎士たちを立たせた後 談笑と言う名の腹の探りあいが始まる。
騎士団の多くは貴族であり 自分の家や派閥 勢力のため 勇者と姫の結婚話の真偽を確かめ 真実ならばこの次期王夫妻にできるだけ顔を売りたいとの思いが隠しきれないほど 寧ろ隠すこともせず伝わってくる。
ほんの少数ではあるが 平民の騎士からは 純粋に 祝福の気持ちも伝わっては来るが まだ 正式に発表しているわけでもなく それは、それで 申し訳ないと言うか むず痒いと言うか そんな気持ちになる。
貴族 平民 どちらの思いもナオキとマリアにとっては 居心地の悪いものとなった。
そこへ助け船のように 団長の副官であるコナンが練習場に入ってきた。コナンも特別 厳しい人間と言うわけではないが それでも 上官が入ってきたことに 微かに空気が張り詰める。分隊長や団員たちは 姿勢をただし 敬礼し コナンも敬礼で答えた。更に 俺やマリアにも敬礼をした。
「勇者様 この度は騎士団の鍛練にお付き合い頂きありがとうございます」
マリアにも形式的な挨拶の後 本題へと入る。
「陛下とマキシム団長が召喚の間でお待ちです。至急 来てほしいとのことです。お急ぎください」
俺とマリアは顔を見合わせる。
どうにも 嫌な予感がする。どうやらマリアも同じように感じているのか 表情には不安の色が見てとれた。
「わかりました。すぐに向かいます」
マリアを従えた練習場を出て 召喚の間へと急ぐ。コナンさんと もう一人 団員が 後ろから付いてくるが マキシムさんに 何か用事でもあるのだろう。兎に角 今は 急がなくては。
もし陛下が無茶をしようとしているのなら 止めなくてはならない。
召喚の間に着き ノックをすると
「入ってくれたまえ」
と、マキシムさんの声がしたので 扉のノブに手をかけ 開いた瞬間後ろから 小さな悲鳴が聞こえ 振り返ろうとしたとき コナンさんに 突き飛ばされ 召喚の間へ 倒れ混むように 入った。
「何を!?」
改めて振り返り コナンを睨みつけると その傍らに居た 団員が 事もあろうにマリアの腕を後ろ手に捻り上げ 首筋に短剣をあてがっていた。コナンは 顎を振り 奥に行くように促す。
俺は 指示に従い 後ずさりするように 部屋の奥へと入り 中の状況を見るや 絶句する。中には 陛下を縄で縛り上げ 剣を向けているマキシム騎士団長が居たからだ。
マキシムは不敵な笑みを浮かべながら言う。
「勇者殿 ご足労いただいて申し訳ない」
「マキシムさん あなたは 何を?」
「喜んでください!勇者殿は 今から 元の世界に 帰れるのですから!!」
まるで 舞台役者のように 陛下に剣を向けたまま 反対の手を広げ言った。その表情は 自分に酔っている・・・・言葉通り 自身に陶酔しているようだ。そして 陛下に噛ませた猿ぐつわを 剣で切り声をかける。
「さあ!陛下も 愛娘と最後の挨拶をしてください」
「マキシム!貴様!! 乱心したのは お前ではないかっ!!」
マキシムは見下すように 陛下を睨みつける。
「乱心とは心外な・・・・私は 陛下に人の道と言うものを お教えしたいだけですよ」
「何を言う!」
「お言葉ですが、こちらの都合で無理矢理 連れてきて 魔王を倒したのに 帰す方法を知りながら 帰さないと言うのは 人として 如何なものかと思いますが?」
「うぐぐっ・・・・」
陛下は悔しそうに言葉を詰まらせた。確かにマキシムさんの言は正論だと思うが、だからと言って 人の命を軽く・・・・まるで切符のように扱うなど あってはならない・・・・はずだ・・・・。だが、俺自身 マキシムさんを責める事などできるのだろうか?俺も 将来とは言え マリアの命を使って帰ろうとしているのだから・・・・。
「勇者殿 召喚の秘密を 教えてあげましょう。召還陣の起動には 鍵が必要なのです。その鍵というのは・・・・」
「命・・・・王家の人間の命・・・・」
俺は マキシムさんの言葉を遮り呟く。
「おや?ご存知でしたか・・・・。勇者殿・・・・あなたは なんとも 愚かな人だ。知っているならば 命を要求すればよいものを。あなたは この国に・・・・いや・・・・この世界において それを要求できるだけのことをしてくれたのですよ」
「そんな・・・・人の命はそんなかるいものじゃない」
もし 魔王になるかもしれない事がなければ 人の命を使ってまで帰りたいとは思わない。魔王になることさえなければ・・・・。だけど 本当に魔王になってしまえば 多くの命をおれ自身が奪ってしまうかもしれない。それならば 誰か一人の命で・・・・。
いや、駄目だ!人の命はそんな算数で語るものではないはずだ。だけど・・・・。
マキシムは 俺が魔王になるかもしれないことは知らないようだが それでも出口のない迷宮に陥っているのを見抜いているようだ。
「勇者殿の言う通り 人の命は軽くない。では、勇者殿はどうなのですか?」
マキシムさんの言っていることを理解できない。その様子を見てマキシムは更に続ける。
「勇者殿の世界において 勇者殿は死んだも同然。その世界に存在しないのですから。勇者殿の思考で言えば いくら 魔王に滅ぼされそうであっても 無理に連れてくるのは 許されることではないはず。そして こちらはその無理を通したのだから 無理をしてでも帰すのは当然でしょう」
「俺は 死んだことに・・・・」
俺は呟きながら 思い返す。こっちに来てすぐの頃は 帰れないと聞かされ 元の世界に居る人たちを思い 涙したこともあった。しかし 戦いの中 3年の月日はそんな思いも薄れさせていった。マキシムさんの言葉は 心の蓋をこじ開けたのだ。
こまち 遥 みんなは今・・・・。
家族は今でも探してくれているかもしれない。
今でも 俺を思い涙 しているかもしれない。
魔王のことなんか どうでもいい!
帰りたい!
みんなにもう一度会いたい!
迷いが 思いが 頂点に達したとき マキシムはおもむろに声をかける。
「勇者殿!私があなたを送り届けてあげよう!」
「お、俺は・・・・」
思考が麻痺し 傾きかけたとき マリアの悲痛な叫びが部屋に広がった。
「ナオキ様!約束が少しばかり早くなりましたが お帰りになるなら 私の命を使ってお帰りください。マキシム、さあ!私を殺して ナオキ様をお送りしなさい!!」
マリアの叫びで 我に返る。何故だ?何故 人を犠牲にしてまで 帰りたいなどと 思ってしまったのか?その疑問は マキシムの次の台詞でようやく 分かった。
「姫様 それはできない相談ですね。あなたには 生きていてもらわないと 困ります。あなたは 私の妻になるのですから」
マキシムの言葉は 内容も然る事ながらその言葉自体に 僅かながらではあるが禍々しい魔力を感じる。つまり 「元の世界に帰りたい」と言う願望に乗じ 暗示をかけられていたのだ。「帰りたい」とは 願望でり 「他人の命を使ってまで帰りたいとは思わない」と 理性で抑え付けている。そこに付け込まれたのだろう。
マリアは マキシムの言葉に 猛然と答える。
「私は このようなことをする者と結婚などするわけがありません!」
しかし マキシムは 下卑た笑みを浮かべ 悠然と言う。
「いいえ、姫は私と結婚しますよ。そう それはもう 喜んで結婚してくれるでしょう。私なしでは 生きてはいけないほどにね」
「何を馬鹿なことを!」
「まあ 聞いてください。勇者殿は 元の世界に帰りたいあまり 陛下の命を奪い 姫を連れて帰ろうとする。しかし 姫は父殺しに付いていくはずもないが 勇者殿は無理矢理 連れて行こうとしたとき 私が 姫をお救いし 後に私と結婚する。どうですか?完璧な脚本でしょ?」
「それで どうして 私が お前を受け入れるのですか!?その様なことをすれば 私がお前を殺します!」
マリアは 怒りを露わにし 叫んだ。しかし マキシムは動じない。
「受け入れるのですよ。勇者殿のことを 父殺しの犯人と思い込み 勇者殿への愛情は 全て私への愛情へとすり替わる。とても 簡単なことですよ・・・・・これを使えばね!」
そう言いいながら 懐から取り出したものに 俺は見覚えがあった。
禍々しく 黒々とした光を放つ 玉・・・・
それは 操心の玉だった・・・・。




