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「ところで ナオキさん あなたが 元の世界に帰るのと マリア様や 私達と結婚するのは どういった関係があるのかしら?」
幸せな空気の中 不意に思い出したことを サヤはそのまま口にした。
命を救うことに使命を持っているサヤに この事を伝えるのは やはり 抵抗を感じずにはいられない。口ごもる俺を見て マリアが 代わりに答える。
「私の命を使って ナオキ様には 帰って頂きます」
聞いた途端に サヤどころか シオンさんの表情までも 険しくなるが マリアは構わず 続ける。
「と言っても 今すぐというわけではありません。ナオキ様は不老不死ですが 私達は違います。年老い 寿命が尽きれば死にます。その直前に 私の命を使い 帰ってもらうつもりです」
マリアの説明を聞いてもまだ サヤは納得できないようでいた。
「たとえ残り僅かでも 自ら命を絶つのは許されることではありません!」
「サヤさん 聞いてください。サヤさんもナオキ様と結婚し王室に入るのであれば 国や世界のために 自身の身を犠牲にする覚悟を持っていただけねばなりません。
陛下が私の気持ちを知っていてもなお 国のためにダリーン王に嫁げと言われれば 私は断らなかったでしょうし そもそも 断るという考えも 浮かばなかったでしょう。
王族は民に養ってもらっている以上 民の暮らしや安全に対して 責任と義務があるのです。
それが 自らの命に関わるとしても・・・・」
マリアの言っていることは正しい。だが、ただの平民 一般人であるサヤにそこまでの覚悟を求めるのは酷なことなのかもしれないが マリアは ここで 表情を緩め 更に続ける。
「ですが できればサヤさんには そのままの気持ちでいてもらいたいのです。王家の人間であっても やはり 命や 気持ち 感情を蔑ろにするのは 間違っていると思うのです。ですが 王家の血筋の中には 『王家の人間なのだから』と それらを軽視する傾向があるのも事実なのです。ですから 王家の中で命の尊さを理解できる方は必要だと考えています。
私は サヤさんが適任だと思っています。だからサヤさんは いつまでもそのままでいてもらいたいのです。
・・・・・・・・・
私は 言っていることが矛盾だらけですね・・・・。
実のところ もっと 楽観的に考えているのですよ。サヤさんが 一緒であれば 怪我や病気で死ぬことはなく 天寿を全うできるだろうと。そうすれば 何十年の月日をかけ研究を進めれば命を使わず 召還陣を起動させれるようになるかもしれないと」
「マリア様・・・・・」
その後 サヤは側室絡みのことは了承したが 俺の帰還方法に関しては 理解しても納得はしない 保留と言う形となった。シオンさんも同様の姿勢を示した。シオンさんは 王家に仕える者なのだから マリアの提案を理解し納得もできるはずなのだが それ以上に マリアへの思い 友情が そうさせなかったようだ。
一方 タラクシャ王城内では マリア姫が ダリーン王に 嫁ぐと言う噂を 塗り替える 新たな噂が急速に広まっていた。
--マリア様と ナオキ様が 結婚間近
と言うものだ。他国の王に嫁ぐと言うよりも 自国に居る 勇者との結婚のほうが 人気を博すのは道理だろう。
ちなみに この噂の出所は 名誉のため 明言すると アンナではない。実際は タラクシャ王とマリアが 夕食を共にし マリアの求婚を 前向きに考えると 返事をもらった などと話をしていたときに 給仕を担当していた 侍女から漏れたものなのだ。
侍女であれば 公のものにしろ私的なものにしろ 見聞きしたことを他者に喋ることなど あってはならないが その侍女にしてみれば 敬愛する姫と 救国どころか世界を救った勇者が結婚するかもしれないと言う話を 自分の胸の中だけに収めることができなかったし おめでたい話であることから つい 口が軽くなってしまったのだ。
また、王自身も 侍女を信頼してる面もあるが 仮に話が漏れてしまっても 勇者に断りにくくする意味合いからも 問題ないと判断した。
しかし この噂を面白く思わないものも居た。
マキシム騎士団団長だ。彼は 勇者から 大事なものを引き剥がすため マリア姫をダリーン王に嫁がせるよう 王に迫っていたのだから 自身の策略が裏目に出たことを歯がゆく思っていた。
だが、噂は噂。
実際は どうなっているのかを どのようにして確かめるか 思案していた。
『陛下に噂の真相を確かめるか・・・・だが・・・・』
彼は軍人であり 政治や 王家の問題に口を挟める立場ではなった。先日 姫をダリーン王へ嫁がせると言う提案も 越権行為であり 差し出口でしかなかったことを自覚している。大貴族の一員として 国のための提言はできたとしても なまじ国の中で 騎士団団長と言う 高い地位に在るため 職責を超え意見を述べるのは憚れたのだ。
そうこう考え 城内を歩き回っていると 丁度いい人物と巡り合った。と言うより寧ろ この人物を探していたのだ。
「久しいな 壮健でやっているかな?」
廊下を歩いていた少女は 窓から差し込む 日の光で 軽くカールした栗色の髪を煌めかせ振り向く。この国では珍しい褐色の肌 エメラルドのような深く引き込まれそうな 緑色の瞳を持つこの少女は 元お姫様と言う少し変わった経歴の侍女 アンナだ。
「お久しぶりです。マキシム様 同じ城の中かで働いていても 意外にお会いしないものですね」
クスッ と笑顔と共に答えた。
「それより 先日は 身をわきまえぬ 差し出口 申し訳ありませんでした」
笑みを消し 深々と頭を下げるアンナをキョトンとしてマキシムは見つめた。謝罪を受けるような事をされた記憶がないからだ。
「なんの事を言っているのだ?」
「ドラゴンが攻めてきたときに・・・・」
そこでようやく思い至った。陛下のことで 意見が別れた事を言っているのだろうが マキシムは 全く気にしていなかったため 思い出すのに時間を要した。
マキシムは 騎士団団長だけに 戦場の人なのだ。細かいことは気にしないと言う 器の大きさと 同時に 戦場で状況にあわせ 臨機応変に対応できる柔軟さを兼ね備えている。
つまりは 一つの物事に対しても 見る位置が違えば 見え方も違って来ることを理解している。
「気にすることはない。私は臣下として あなたは 王族としての立ち位置で意見を述べただけで 陛下を思う気持ちはどちらも 同じだったのだ。それに どちらが 正しかったかは 過ぎてみないと分からないのだから あの時点では どちらも正しかったと言うことだよ」
「マキシム様・・・・そう言っていただけると・・・・・ありがとうございます」
アンナは もう一度 深く頭を下げ 今度は感謝の気持ちを 伝えた。
アンナはマキシムに好感を持っていた。好意を抱くほど接点はないが 自分の出自を知ったうえで 応援の言葉をかけ 認めてくれた人なのだから 好感を抱いても無理はない。普通なら 王家の再興を断念したとしても 陛下の申し出を受け どこかで静かに暮らしていけば良いのにもかかわらず 侍女にまで身を落としている姿を 特に貴族達は 愚かしく思っていた。そして 彼女の出自を知る貴族達は 彼女を見ては その様な視線を送り 嘲笑し、アンナ自身もそのことに気付いているので 余計に マキシムの存在を快く思っていたのだ。
少しばかりの世間話の後 マキシムは切り出した。
「ところで ここ数日 城内で噂となっている 姫と勇者殿の結婚話について 何か知らぬか?」
アンナは困り顔で黙ってしまった。侍女にとって 主人の部屋で見聞きしたことを他人や家族にすら話ことはできない。
しかし、マキシムにとっては この反応で十分に真相を理解できたが更に言葉を重ねた。
「あなたに聞くのも酷と言うものだな。いや すまなかった。しかし 興味本位で聞いたのではないことは理解していただきたい。実のところ 勇者殿との噂の前にあった ダリーン王との結婚の噂だが ダリーン王との結婚を 陛下に進言したのは私なのだ。噂自体は私が進言する前からあったのだがな。私は 軍務大臣と共に国防を預かる身 その観点からダリーンとの関係強化は必須と考えて 噂に乗じて陛下に進言したのだよ」
「国防でしたら 何もダリーンと手を結ばなくともナオキ様がいらっしゃるではありませんか?」
「勇者殿は 帰還を望まれている。勇者殿が帰還されてから 軍備を整えていては 遅いのだよ。しかし 勇者殿が姫と結婚なさるのであれば タラクシャに骨を埋める覚悟ができたと言うことでしょう。であれば 国防に関する考え方も 変わってくる。立場上 準備もある故 できるだけ早く情報が欲しかったのだよ」
「そうなのですか・・・・私自身 結婚に関する話を聞いたわけではありませんが・・・・私見ではそう遠くはないかと思います」
躊躇いながらも 私見だと強調した上で マキシムに伝えた。
「いや・・・・私見で十分 あなたに迷惑がかかるようなことはしないと約束しよう」
マキシムは アンナと別れ団長室に戻り 執務椅子ではなく 皮張りのソファーに腰を下ろし 背もたれに体重を預け 天井を見上げる。一見すれば とてもリラックスしているようにも見えるが その実 脳は高速で回転していた。
勇者から色々な物を奪い 孤独感を与えまた 国に対しての猜疑心をも抱かせる。その上で 召喚の秘密を教え背を押してやれば 誰かの命を奪い 帰ってしまうと思ったのだかな・・・・
世の中 そう上手くはいかないものだ。
魔王の居なくなったこの世界には勇者など不要なのだ。魔王をも凌駕する力を持つ人間が 魔王より危険な存在だと何故 皆 気が付かない?魔族の精神構造がどうなのかは 知るよしもないが 人間の方が遥かに脆弱だろうに・・・・。当代の勇者は確かに 誠実だが 残念ながら人の世は誠実とは言い難い。もし勇者が黒く染まったり心が壊れたりすれば ・・・・。
姫と勇者が結婚してからでは 色々と手間も増えよう。できれば 結婚の発表を行う前に何とかしたいな。
「ふぅーー」
大きく息を吐きゆっくり目を閉じる。
今まで以上に頭を回転させ あるアイデアを思い付く。
この期に及んでは 多少 強引な手でも仕方あるまい。だが、これがうまくいけば 陛下に代わり 勇者に代わり俺がこの国の頂点に立てる。そうすれば この国も世界もより良い方向へ向くのは間違いない。
マキシム自身には 邪な気持ちなど一切なく 全ては人類社会のためと思い込んでいる。そもそも 勇者不要論も決して間違っているとはいえないのだから。
マキシムはこの時 胸の奥底から邪悪な思いが沸き上がるが その思いが脳に到達する頃には 『正義』と変換されていることに気付いていない。ただ その思いに忠実に 思考を重ね 勇者を この国を落としいれようと 作戦を立てていくのであった。




