057
「マリアよ!まずは 言っておくが その考えでは 誰も救われない」
王は 開口一番 マリアに言い放つ。
マリアも 父が 自分の考えを 正確に見透かしているのだろうと思った。
「・・・・・お父様」
「これでも お前の父親だ。考えていることくらいは 分かる。お前が死ねば 誰より 勇者殿が 悲しむぞ。それで良いのか?」
「・・・・・・・・」
そんなことは 分かっている。でも だったら どうすれば良いというのだ!
――愛
この たったの一言が これ程 重いものだとは知らなかった。ナオキ様を 愛している自覚はある。ナオキ様と 繋がったサヤさんより 常にナオキ様の傍らに付き添っている シオンより ナオキ様を思う気持ちだけは 負けていないと 自負もあった。
現実を突きつけられた今 自分が思っている以上に ナオキ様を愛していることに 気付かされる。
ナオキ様と 離れるなど嫌だ!ナオキ様以外の男に嫁ぐなど 考えたくもない。
それだったら いっそ ナオキ様のために・・・・。
思考は 同じ所をグルグルと回り続けるだけで 父の言葉に 返すことができなかった。
「マリア・・・・聞きなさい。マキシムの言っていることは 正論だ。王家などと言って 偉そうにしているが 民が 血汗を流し得た糧を分けてもらい 生きている。ならば 王家の人間は 私情を捨ててでも 民のために尽くす義務がある。
分かるな?」
理解している。これは 幼い頃から言われ続けてきた父であり王の 教えだ。私は王女として生まれ 毎日 綺麗なドレスを着て 毎日 豪華な食事をし不自由なく 生きてきた。しかし 民の中には 着替える服も持たず ぼろ布の様な服を纏い その日の食事すらままならなず 盗みに手を染めるものも居る。そこまで 落ちなかったとしても 多くの者は幼い頃から 仕事をし家計を助けている。魔王軍との戦争が長くあったのだから尚更だ。
以前 ナオキ様が言っていたように 魔王が倒されたからと言って その様な状況が いきなり変わるわけでもない。みんな 生きていくだけで精一杯なのだ。
民からしてみれば 私の思いなど ただの我が儘でしかないのだろう。
「・・・・・お父様 私は・・・・」
「父は マキシムの言葉は正論だとは思うが正しいとは 思ってはいないのだ」
「・・・・・それは?」
「マリアよ、国は何でできているか 分かるか?」
「いえ・・・・」
「聞き方も漠然としすぎて 仕方ないか。国は 人でできているのだ」
「人?」
「そうだ。人が集まり 国となる。集まった者にはそれぞれの考えや思いがあり それを無視して 正論や合理性だけで 全てを決めることは できない。その様な事をすれば すぐに 人の心は離れていくだろう。かと言って 行動の全てに自由を認めれば それはそれで 国は 滅ぶだろうから 決められた法には従ってもらう必要はあるがな」
お父様は 一体何を仰っているのだろう?いえ 仰っている意味は 理解できるけど 私の我侭と国の将来を天秤にかければ どうしたって 国のために この身を捧げるほうに傾くはず。
「つまり 父が言いたいのは 王家の責務も『こうあるべき』と言うことであって 『こうでなければならない』と言うわけではないのだ。事 人と人との関係には 感情が入るのだから 杓子定規な対応では 上手くいくはずもないだろう」
「では、私はどうすれば?ダリーン王に 嫁げと仰っているようには 聞こえませんし・・・・」
「うむ、その様なことを言ってるつもりはないからな。仮に その案を前向きに検討するにしても お前に 『食えない男』と言わせるほどの者だ。嫁がせたお前を いいように使われ こちらが飲み込まれるやもしれん。
では、父として 王として 最良の策を授けるとしようか。父としては お前が 愛した男と結ばれるのなら これ以上の喜びはない。王としては お前に最強の戦力である勇者殿をタラクシャに繋ぎ止める鎖になってもらいたい。
一度 お前の勇者殿に対する気持ちを 正直に伝えてみてはどうだ?」
「ですが ナオキ様は もとの世界に 帰ることを望まれています」
「王家の秘密に関しても お前の裁量で 打ち明けても良い。愛する者に 秘密を持ち続けるのは辛かろう」
だけど それで楽になるのは 私だけだ・・・・。ナオキ様は 希望を打ち砕かれることになる。 ナオキ様は何故 そこまで帰還にこだわるのだろうか?この世界での役割を終えたのだから 家族やご友人達と再会したいという思いは分かる。だけど ナオキ様のその思いは 最早 固執や執念と言えるほどのものだ。
『ナオキ様が 魔王になる』
そのことと 何か関係が有るのかもしれない。
私の気持ちや 召喚の秘密を打ち明ける前に ちゃんと 話をしよう。今まで ナオキ様は そこに触れられたくなさそうだった。だから 私も シオンも サヤさんですら 眼を逸らしてきた。でも もうそれではいけないところまで 来ている様な気がする。
そう・・・・私はナオキ様を愛している。
だからこそ ちゃんと ナオキ様の全てと向き合おう。
その後 王とマリアは 約束通り リバーシの対戦を始める。ナオキの事を考え気も漫ろなマリアが 勝てるはずもなかったが 王である父と プライベートから国や政治の事まで これ程 長い時間に渡って語り合った事はなくマリアにとって後に忘れられない思い出となる。
「ナオキ様、マリア姫と 喧嘩でもされているのですか?」
ある日の朝 朝食を終え シオンさんが淹れてくれたお茶を堪能していると そのシオンさんが 少し怒った様子で聞いてきた。
「喧嘩なんかしてないよ。何で シオンさんが 怒ってるのさ?」
答えると 今度は アンナが 小声で聞いてくる。
「シオンさん 怒っているのですか?」
「ほら 目尻とか眉の角度が 怒っているときの角度だろ?」
「いつもと 同じようにしか 見えませんが・・・・。これが 愛のなせる技なのですね」
「な、何を言っているんだ!」
照れながら アンナに抗議するが それは シオンさんに火を着けてしまったようだ。
「ナオキ様!」
シオンさんは 怒ってなどいませんと言うが もうその声が怒っていると 心の中で呟く。さすがに 今度はアンナにも 声色に怒気が籠っているのを感じとり そそくさと 退散していった。
「どうだろう?怒らすような事もした覚えはないのだけどな」
「ナオキ様が 見境なしに 女性と仲良くするからではないのですか!双六の時も サヤさんと・・・・その 嬉しそうに ・・・・あの・・・ちゅ なさっていたから・・・・」
「イヤイヤイヤイヤ 結局 何だかんだで マリアにもシオンさんにも したじゃないか!」
俺が言ったように 双六で勝ったサヤと ちゅ した後 マリアとシオンさんに猛抗議され 2人にも することになったのだ。
まあ 俺は 役得だけど。
俺が そう反論すると 思い出したのか 真っ赤になり俯いてしまった。
シオンさん 超可愛い!
とは言え あまりおふざけをしている場合でもない。シオンさんが可愛いのは本当だけど。俺自身 少々不安になり 呟く。
「やっぱり 何か 怒らすようなことをしたのかな・・・・?シオンさん 心当たりはある?」
「いえ・・・・これと言って 心当たりはありません」
シオンさんは まだ 頬に赤みを残しつつも 顔を上げ 答える。
俺やシオンさんが 何故 不安になっているのか。それは マリアが 俺の部屋に来ないからだ。傲慢な言い方のようだが 魔王を倒し この城に戻ってきてから 毎日 マリアは俺の部屋に来てくれていたからだ。マリアも王女として公務もあり 忙しい身分であるが ほんの僅かな時間であったとしても 一度は 顔を出してくれていた。本当に 時間がなく 扉を開き 顔を出して 一言 挨拶をしまた出て行くなんてこともあったが そんな時間がないときですら 来てくれていたマリアが この5日ほど 俺の部屋に来てくれていない。それどころか 城内ですら顔を合わしていないのだ。病気になり 臥せっていると言う話も聞いていないので 故意に会わないようにしてるとしか 思えない。
そして 更に俺の不安を加速させたのは 城内での噂話だった。
「マリア姫は ダリーン王と婚約する」
「顔合わせのために 同盟調印に マリア姫が 行った」
「同盟強化のため 陛下も乗り気だ」
と言った類の噂だ。調印には 俺も同行していたのだから 婚約だとか 顔合わせだとかは 根も葉もない噂だと 分かってはいるのだが・・・・。
マリアも17歳になり この世界では 適齢期だ。マリアにはその気はないと思うが(俺が思いたいだけか?)陛下はどのように考えているのかは分からない。現代日本で育った俺には政略結婚などドラマの中の出来事でしかないが この世界では 珍しいことではないし マリアは王族なのだから 尚のことだ。
--そんなのは、嫌だ!
しかし、そもそも 俺自身が マリアとの結婚を断ったのだから 口出しする権利など持ち合わせているはずもない。
だけど・・・・。
誰も選ばなかったツケなのかもしれない。いや、俺は皆のためにも 元の世界に戻らなくてはならない。
・・・・それは 言い訳か
選ぶことをしなかった。帰ることを言い訳にして。たった数日 顔を見ていないだけで 根も葉もない噂を聞いただけで 心が軋むように痛む。たった これだけの事で分かることを 見ない振りをしてきた。
マリアを いや、それでけじゃない シオンさんやサヤの事も愛している。
だから 誰かを選び 誰かを悲しませることをしたくなかった。
だから このまま3人で 曖昧な関係で 楽しいだけの生活を続けたかった。
だから 自分の気持ちをはぐらかしてきた。
だから 帰ることを言い訳にした。
「ナオキ様」
「ナオキ様?」
「ナオキ様!」
シオンさんに呼ばれ意識は覚醒し現実に回帰する。
「ああ・・・・ごめん 考え事してた」
沈黙が続き 気まずくなった俺にできたのは 泣き言を呟くことだった。
「俺はどうすればよいのだろうね・・・・」
「ナオキ様はどうしたいのですか?」
「えっ?」
「私が 私たちが どうしたいか ご存じですか?」
「えっ?」
「私たちが ナオキ様に どうしてもらいたいか ご存じですか?」
「・・・・・・」
返す言葉もない。そうだ。俺は何も知らない。自分の気持ちすら・・・・。
「曖昧な関係をこのまま続けたい」
俺の気持ちであることには 間違いないが そうしたいと言うわけではない。ただ、どうしていいか分からず逃避している、消去法で残ったもの そんな感じなのだ。自分の望む事が 今はまだ はっきりとは分からないが それでも 曖昧な関係を望んでいるわけではないのは 分かる。
「シオンさん、俺は何も分かってなかったみたいだね。でも 分かっていないことは分かったけど それじゃあ どうしたら いいのかな?」
「はぁー」
シオンさんはあからさまな 溜め息を漏らし 呆れ顔で言う。
「だったら 聞けばよろしいのではないのですか?マリア様とサヤさんとよく話し合って その中でナオキ様のお気持ちも分かるかもしれません」
「そうだね・・・・そうなんだよね!
あれ?シオンさんとは 話さなくていいの?」
これが どう言った主旨の会話かはお互い理解していると思う。そして 今の質問は遠回しな告白とも取れる。自然に出た言葉であったが 急に気恥ずかしくなり シオンさんから目をそらした。
「はぁー まったく・・・・。ナオキ様!私はいつも 言っているではありませんか。ここに残るにしても 元の世界にお戻りになるにしても お側でお仕えし続けると。こんなに 頼りのない方を 御一人で 帰らせると 私は心配で 眠れなくなりそうですし」
いつもの 澄まし顔だけど 何処と無く 笑顔のようにも見えた。アンナの言うところの 愛の力なのか?
「ありがとう。シオンさんの気持ちは確かに受け取ったよ。返事はすぐにはできないけど 必ずするから」
「はい。気長にお待ちしておきます」
「ところで シオンさんは 仕えるだけでいいの?」
シオンさんが「仕える」と言っているのは 照れ隠しだと言うことくらい 俺にも分かっていたが そんな 健気でいじらしい姿を見て つい いじめたくなった。と言うか 俺は 俺で照れ隠し しているだけなのだ。
そんな事は 軽く見抜いているシオンさんは
「もうっ!ナオキ様なんか 知りません!」
と、言いながらも 今度は 誰が見ても つい見つめてしまいそうになる 眩しい笑顔をしていた。




